ドラのいつどこでも ドラマ思想展開

 「おはよう~こんにちわ!こんばんわ!おやすなさい~」なチワワなドラ10年以上前くらいからCS(スカパー)でドラマ見てます。かなりの作品500タイトル以上観てきました。1960年代~70年代のドラマが特に好きです。

【テレビドラマ貢献】松本常保と映画の通産42作とテレビドラマ22作の謎


今回は路線を前の流れに戻して日本電波映画松本常保にスポットを当てて行こうと考えています。

その前の流れ部分⇒有頂天天国から烙印の生き地獄 そして出会った「えくらん社」の男以前に松本常保が登場した記事



テレビと映画で活躍した名製作者の存在





松本常保日本電波映画を創立して『琴姫七変化』や『姿三四郎』、『柔(1964)』などのテレビドラマのヒット作を多く世に送り出しました。ですが、その影には映画とテレビの両方向の活動が存在しています。今回はその部分を取上げていきます。


日本電波映画はテレビドラマ(テレビ映画)の制作を行っていましたが、映画の製作も行っていました。その配給は松竹でした。今回も映画のことが登場してしまいますが、松本常保はテレビドラマの関係者でもあると同時に映画の関係者であっても大きなつながりがあるものと考えています。

松本常保はテレビドラマと映画のどちらの方が活躍の比重があったのかは重要です。トータルではテレビ関係者と考えています。
それは大きな制作の代表作のほとんどがテレビドラマ側であることが挙げられるからです。






偉大な実積 映画の通産42作とテレビドラマ22作





映画の制作と企画の本数は確認できるのみで通産42作です。ドラマブログのため、映画に関することは府変えたいところですが、松本常保は1960年代を中心としてテレビドラマに大きく貢献した人物であり、名製作者(プロデューサー)です。


映画の製作者としての主な代表作は1948年『明日は日本晴れ』から1987年『舞妓物語』までの39年間にわたって製作や企画などで映画に携わっていました。テレビドラマは1960年から1974年の期間で22作強(未放映は含まない)を制作しました。



<松本常保の携わった映画とテレビドラマの製作本数と年数>
映画      42作 39年間 1948~1987  (日本電波映画の制作は6作)
テレビドラマ 22作 15年間 1960~1974 (日本電波映画と社名変更後の大和企画)

*大和企画は『白獅子仮面』、『藍は愛ゆえに』など



テレビドラマのうちの21作のうちの18作が1960~1966年の7年間に集中しています。その後の7年間で4作のみしか製作していません。この前期の7年18作以上から後期の7年3作にまで減少した理由として、このとき映画制作に力を入れていたこともテレビドラマが減少した理由だと考えられます。つまり資金的な面でも大きな打撃があったことも同時に考えられます。

*現時点で18作は確認できるのみで構成

姿三四郎と富田常雄
日本電波映画のテレビドラマ『柔』や映画『明治の風雪 柔旋風』などの原作者としても知られる柔道小説の原作者の富田常雄





日本電波映画の最大のピークの1965年から1966年の12作の実態




日本電波映画は1965年から1966年まで通産で6作の映画を製作していました。この1965から1965年のテレビドラマは9作の放映がされていました。




<主な日本電波映画の製作本数的なピークとなった1965年と1966年のテレビドラマ>

1964~ 1965年 『里見八犬伝(1964)』  日本テレビ系
1964~ 1965年 『柔(1964)』  日本テレビ系
1964~ 1965年 『坊主拳法』  読売テレビ(日本テレビ)系
1965年      『柔一筋』   日本テレビ系
1965~ 1966年 『続 柔』  日本テレビ系
1965~ 1966年 『柔道水滸伝』  日本テレビ系
1965年      『人生劇場』  フジテレビ系
1966       『青雲五人の男』   日本テレビ系
1966~1967 『明治天皇』  読売テレビ(日本テレビ)系




*すべてテレビ映画として製作



<主な日本電波映画の製作、松竹の配給の映画>
    『タイトル』          監督×主演        ジャンルの要素
1965 『明治の風雪 柔旋風』   渡辺邦男×平井昌一   柔道・青春
1965 『暴力の港 虎と狼』     土居通芳×丹波哲郎   やくざ・アクション
1965 『柔施風・怒涛の対決』   西山正輝×和崎俊哉   柔道・青春
1965 『続・柔旋風 四天王誕生』 西山正輝×倉丘伸太朗と平井昌一   柔道・青春
1966 『ド根性大将』         土居通芳×長門裕之   将棋・勝負
1966『男の顔は切り札』      マキノ雅弘×安藤昇    仁侠・アクション





上記の二つのように主な日本電波映画の製作本数的なピークとなったテレビドラマの9作と主な日本電波映画の製作の映画の6作は1965年と1966年の2年間に作られていました。テレビドラマと映画を含めて15作です。1970年代にテレビドラマ、テレビアニメと映画を同時に数多くヒットさせていた東映のように大手ではないため、日本電波映画の15作は2年間の本数としては膨大な数といえるでしょう。


CafePress – Small柔道ポスター – 16
アートと共鳴した柔道の一コマ 投げ技の瞬間は見る人を惹き付けます。 




裏側の青春と精神の清さを描いた柔道映画群  ↓  ↓
若者たちの青き春と精神の清さを描いた柔道映画群

姉妹の映画ブログ⇒8.18山中貞雄×大河内傳次郎 短命の大活躍の草間に恩師の顔

8.4⇒映画歴代対決没発 「七つの顔の男」と7番勝負



にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへにほんブログ村人気ブログランキングへ
励みのポチヨロシク↑→
  

関連タグ : 日本電波映画, 松本常保, 琴姫七変化, 姿三四郎, 松竹, 富田常雄, 柔(1964), 渡辺邦男, 「明治の風雪, 柔旋風」,

[ 2017/08/27 00:03 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

ドラマスター松山容子の○もの正体 幻のテレビドラマの霧に埋もれた姫君


ドラマスター松山容子の○もの正体 幻のテレビドラマの霧に埋もれた姫君



日本電波映画株式会社は映画も作っていましたが全体的にはテレビドラマが中心の会社でした。


多くの作品群の中でも『琴姫七変化』(1960年~1962年)や『宇宙Gメン』(1964~1965年)、『柔(1964)』(1964~1965年)が主なヒット作でした。今回は海江田譲二の部分から脱して、まだ取上げ足りない部分に迫っていけたらと考えています。取り上げていない部分が松山容子に関してです。松山容子のテレビドラマに残した知られざる実積へ迫ります。







幻のテレビドラマの霧に埋もれた姫君




松竹の映画出身の女優の松山容子を主演に起用した『琴姫七変化』がテレビドラマ初期の大ヒット作の一つになりその後もタイトルに姫が含まれ、姫君が主役の30分枠のドラマが作られました。全て日本テレビ系列の放送でした。CMへもつながったことが考えられますが、姫君が困難に立ち向かって乗り越えていく姿は清楚で勇敢な印象をお茶の間に定着させました。松山容子の姫ものドラマシリーズが3作作られたこともそのヒットを示すものです。



松山容子の姫ものドラマの主演作
・タイトル・放送年数          ・主演
琴姫七変化』(1960年~1962年) 松山容子
月姫峠』(1963年)          松山容子
霧姫さま』(1963年~1965年)   松山容子




琴姫七変化』や『月姫峠』は松竹のCSチャンネルのホームドラマチャンネルにて何度か放送されたことがありますが、残念ながら『霧姫さま』は見たことがありません。商品かもされていませんし、1度も再放送もされていないようです。それなので見たくても主張が叶いません。素人にはどうにもならない生き地獄です。


東映の1960年代の近衛十四郎の『柳生武芸帳』(1965)や中野誠也の『次郎長三国志』(1968)など、テレビ時代劇も現在観ることができずに同様なことがいえますが、事実上の著作がある松竹関連や放送した日本テレビの関連にフィルムが存在していないのかもしれません。


霧姫さま』は第1シリーズ(1963年~1964)と第2シリーズ(1964年~1965年)があったと考えられています。『琴姫七変化』や『月姫峠』は視聴が可能なため、詳細を確認することが可能ですが、『霧姫さま』のスタッフは不明です。『霧姫さま』の制作スタッフは、事実上の前作『月姫峠』のスタッフが中心であったものと考えられます。



俺は用心棒(9) [VHS]
栗塚旭の代表作シリーズの用心棒シリーズの1作目の『俺は用心棒』、松山容子は上記写真の9巻の18話にゲスト出演しています。
また、主演の栗塚旭とはこの作品の他にも助演同士でいくつかの共演作がありました。
『俺は用心棒』はDVD化されていないのは残念なところですが、個人的には再放送の全話数を録画しています。






1960年代を代表するテレビドラマの名女優「松山容子」の代表作たち





松山容子は1960年代を代表するテレビドラマの女優でした。1960年代の前半は映画俳優がテレビドラマに出演する時代ではなく、映画で成功できなかった俳優や大きくピークを越した俳優、、新しい活動場所を求めて挑戦する俳優が出演している傾向がありました。松山容子は芸名が松山清子の時代に映画『紅蝙蝠(1958)』などへ出演しましたが、映画で活躍できなかった女優の1人でした。


松山容子は主演作の大きな代表作は『琴姫七変化』(1960~1962)のみでしたが、主演作は『月姫峠』(1963)、『霧姫さま』(1963~1965)、『旅がらすくれないお仙』(1968~1969)、『めくらのお市(テレビドラマ版』(1971)など代表作な作品群がありました。その中でも『めくらのお市』は映画も松山容子の主演で4作が制作され、ドラマと映画を通じた代表作の一つとも考えられます。『めくらのお市(テレビドラマ版』は1971年で1970年代ですが、トータルの活躍は1960年代でした。




『めくらのお市』映画は前々回記事にあり↓
テレビドラマの松田定次、海江田譲二、松山容子 豪華3競演録実現




松山容子の助演の代表作は1964~1965の倉丘伸太郎(のちの倉岡伸太朗)の『里見八犬伝』や柔道ブームを巻き起こした1964~1965の『柔』、『柔一筋』(1965)、『柔道水滸伝』(1965~1966)、『続 柔』(1965~1966)への事実上の柔道シリーズの助演でも知られています。




松山容子や倉丘伸太郎に関する今回の裏記事↓
2大ドラマスター倉丘伸太郎の波乱の芸能人生と松山容子の女○○の正体
波乱の芸能人生と女○○の正体


甦るヒーローライブラリー 第10集 ~ヒロイン編~ 月姫峠 HDリマスターDVD-BOX
TCエンタテインメント (2014-11-28)
売り上げランキング: 75,914

刀を持つ松山容子の姿、クリアな画質でモノクロ作品が見られます。
やっぱり時代劇はテレビドラマも映画も含めてモノクロにもよさがあり、
現代に見るとすごく新鮮な世界です。現在では美貌の女剣士役が様になるような女優はなかなかいません。



映画の姉妹ブログ⇒【ハリウッド不可能】石原裕次郎と大河内傳次郎と片岡千恵蔵 時代超越 日活3大激突


その裏側⇒NHKの『日本人が最も愛した男・石原裕次郎』過剰な煽り番組は問題だらけ


にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへにほんブログ村人気ブログランキングへ
励みのポチヨロシク↑→
  

関連タグ : 松山容子, 倉丘伸太郎, 日本電波映画株式会社, 琴姫七変化, 柔(1964), 月姫峠, 霧姫さま, 近衛十四郎, 柳生武芸帳, 栗塚旭,

[ 2017/07/27 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

伝説のテレビドラマ『琴姫七変化』で活躍した男女の真相





1959年の日本電波映画株式会社と日本映画界の黄金期の逆強



日本電波映画株式会社が創立したこの1959年は日本映画界が最大の黄金期といわれる7年連続、観客動員が8億人以上の真っ只中でした。また3度目の10億人を記録した年でした。両御大を中心とした若手スターの活躍で時代劇の東映が1956年から4年連続で1位、現代劇の若者路線の日活が初の2位を獲得しました。

日活はこのときの2位が最高順位でした。その後は1960年代の全般は東映と東宝が首位争いを繰り広げていきますが、松本常保日本電波映画株式会社は1959年の時点、映画界からするとテレビドラマは陽の目を受けることがあまりない状況であり、大きな逆強の中で歩み出したのです。


映画黄金期の思い出―私の交友録
田中絹代、高峰三枝子や清水宏は誰が知るほどの有名な人物ですが、ほかはかなりの通心をくすぐる名前がずらりの中、
佐々木啓祐があり、彼は松竹の知る人ぞ知る監督です。




わかりやすいえくらん社の枝分かれの流れ


                
えくらん社(映画製作の会社 1949年) 
        
   ↓  ↓1959年に枝分かれ、1と2の2つに分れる
1、日本電波映画(テレビ・映画製作の会社)
2、エクラン社(俳優が所属するエクラン演技集団)

松本常保によるえくらん社は1949年に創立し、日本電波映画とエクラン社に枝分れしました。
その後、松本常保日本電波映画でテレビドラマを製作していきました。


*当時はテレビドラマをテレビ映画とも言う




日本のテレビドラマの初期を代表する作品の一つ 琴姫七変化


日本電波映画の多くのテレビドラマは日本テレビ系で放送されている作品が大半を占めていた部分も特徴です。日本電波映画といえば、美空ひばりの主題歌でも知られる同名曲の柔は、『柔(1964)』(1964~1965)の主題歌で使用されたことでも有名作ですが、日本電波映画のテレビドラマ制作の草分けとして流れを切り開いた作品『琴姫七変化』(1960~1961)は重要なテレビドラマでした。


柔 (MEG-CD)
当時のバージョンが一番説、わたくしこと、ドラも唱えていたりします。




琴姫七変化』はテレビドラマがスタートした初期の代表作の一つであり、時代劇ドラマでした。放送当時は1958年の『月光仮面』などと含めて、初期のテレビドラマのヒット作の一つに数えられる作品であり、松本常保の日本電波映画株式会社が製作していました。

ドラは『琴姫七変化』もほとんど見たことがあり、全105話の全話数が現存していたものと記憶しています。CS放送で放送された2000年代の前半に放送された全話数をビデオに録画していました。日本電波映画は松竹と関わりがある会社であり、著作権は松竹が所有している作品のようです。その証拠の一つとして、2000年代前半に『琴姫七変化』が放送されたホームドラマチャンネルは松竹のCSチャンネルの一つです。




琴姫を演じた松山容子と相手役で出演した松本錦四郎



主役の琴姫を演じた松山容子という女優がこの作品で知られ、ある種のスターとなって、有名なボンカレーのCMなどで起用されました。デビュー当時は松竹映画で松山清子の名義で活動していました。

ですが、その後の女優としても活動をしていきますが大きな代表作にはあまり恵まれずに、出世作の『琴姫七変化』が生涯の最大の代表作となってしまいました。


『琴姫七変化』は松本錦四郎という俳優も相手役で出演していました。松本錦四郎は松竹映画を中心に活動&売り出していた若手俳優でしたが、映画ではあまりブレイクせずにテレビドラマへ新しい活躍の場を移してきた俳優です。松本錦四郎の出演映画はここ数年で数作を視聴していますが、演技や癖に特徴がなく、残念ながら若い以外の部分に個性や魅力を見出すことはできませんでした。

松本錦四郎は松竹の時代劇映画でデビューしたため、歌舞伎俳優を思わせる芸名であるだけで、歌舞伎俳優の松本幸四郎とは別人です。

甦るヒーローライブラリー 第7集 ~ヒロイン編~ 琴姫七変化 HDリマスターDVD-BOX  Part1
TCエンタテインメント (2014-02-28)
売り上げランキング: 62,077
『琴姫七変化』はドラマファンなら観ておきたいタイトルです。



裏通りも公開しました。↓↓ ・エクラン演技集団4人衆と時代劇の未来について裏展開
エクラン演技集団4人衆と海外にも誇れる文化 時代劇の未来のため

姉妹サイト↓ ↓テレビが伝えない芸能や映画に迫る、こちらもよければご覧ください。
国民栄誉賞は過大評価!! 日本映画最大の黄金期の片岡千恵蔵VS長谷川一夫の7ラウンド勝負

高倉健が10年連続主演×作に到達しなかった原因 そびえ立つ大山脈
にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへにほんブログ村人気ブログランキングへ
励みのポチヨロシク↑→
  

関連タグ : えくらん社, 柔(1964), 月光仮面, 松本常保, 日本電波映画, , 琴姫七変化, 松本錦四郎, 松本幸四郎, 松山清子,

[ 2017/04/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

美空ひばりの大ヒット曲・柔のドラマと名作ドラマ・天皇の世紀をつなぐ丹下左膳



丹下左膳の時代劇を手がけたテレビドラマに参加した映画の名匠たち>

前回のことで監督のこともなんとなく知っていただくことも大切だと考えて監督のことも取り上げていきます。
下記の監督群の中で、渡辺邦男は柔道ドラマ「柔(1964)」など、マキノ雅弘は「長谷川伸シリーズ」など、山本薩夫は「天皇の世紀」など、三隅研次は”必殺シリーズ”などのテレビドラマへの参加経験がありました。個人的にもこの15年ほどで見られるものはすべて眼を通しています。なので、大河内伝次郎丹下左膳と大岡越前守だけではなく、テレビドラマにも関連が存在しています。また、伊藤大輔は直接にテレビドラマの監督をした記録はありませんが、時代劇形成の功労者であり、テレビ時代劇への多大な影響があります。

柔道ドラマ「柔(1964)」の主題歌は美空ひばりの100万枚を記録した「柔」であり、その主題歌のドラマとしても知られています。当時ヒットしたドラマであり、現在も商品化されていません。個人的には「柔(1964)」は10年ほど前にCS放送で視聴したことがあります。


柔/しのぶ
柔/しのぶ
posted with amazlet at 16.12.24
美空ひばり
日本コロムビア (1992-08-21)
売り上げランキング: 299,367
現在「アイドルマスター」シリーズで声優・アニメファンに人気の日本コロンビアは、あの女王・美空ひばりがかつて所属していた老舗のレコード会社です。「アイドルマスター」シリーズの歌は2016年にオリコン1位を記録しました。



<7名匠・伊藤大輔、山中貞雄、渡辺邦男山本薩夫
中川信夫、マキノ雅弘、三隅研次>



大河内伝次郎は通産で16度の”丹下左膳”と同時に演じた7度の”大岡越前守”
作数、公開年  タイトル        ・大河内の役名     監督
1、 1928 「新版大岡政談 第一篇」  ・丹下左膳、大岡越前守① ・伊藤大輔
2、 1928 「新版大岡政談 第二篇」  ・丹下左膳、大岡越前守② ・伊藤大輔
3、 1928 「新版大岡政談 第三篇 解決篇」  ・丹下左膳、大岡越前守③ ・伊藤大輔
4、 1933 「丹下左膳 第一篇 丹下左膳」  ・丹下左膳 ・伊藤大輔
5、 1934 「丹下左膳 剣戟の巻」   ・丹下左膳、大岡越前守④ ・伊藤大輔
6、 1935 「丹下左膳余話 百万両の壺」   ・丹下左膳 ・山中貞雄
7、 1936 「丹下左膳 日光の巻」    ・丹下左膳、大岡越前守⑤ ・渡辺邦男
8、1937 「丹下左膳 愛憎魔剣篇」   ・丹下左膳、大岡越前守⑥ ・渡辺邦男
9、1937 「丹下左膳 完結咆吼篇」   ・丹下左膳、大岡越前守⑦ ・渡辺邦男
10、1938 「新篇 丹下左膳 妖刀篇」   ・丹下左膳、千葉周作 ・渡辺邦男
11、1939 「新篇 丹下左膳 隻手篇」   ・丹下左膳、千葉周作 ・山本薩夫
12、1939 「新篇 丹下左膳 隻眼の巻」    ・丹下左膳 ・ 中川信夫
13、1940 「新篇 丹下左膳 恋車の巻」    ・丹下左膳  ・中川信夫
14、1953 「丹下左膳(1953)」  ・丹下左膳   ・マキノ雅弘
15、1953 「続丹下左膳」  ・丹下左膳   ・マキノ雅弘
16、1954 「丹下左膳 こけ猿の壺」 ・丹下左膳  ・ 三隅研次


伊藤大輔
大河内が1926~1950年の24年間で、復元版など足すと31作34編でコンビ、
大河内が主演俳優時代にもっともコンビを組んだ監督。脚本家としても代表作が多数
世界歴代で唯一の一般映画で監督数100、脚本数200作へ到達。反骨、傾向映画の形成など、
それまでの剣戟映画から物語の定着や移動撮影などを確立させた中心人物として、時代劇の父。

山中貞雄
大河内が11作でコンビ、脚本が高く評価され、監督としても才能が認められていたが
戦地で死去、将来の巨匠と期待されていた。丹下左膳のほかでも
大河内と「盤嶽の一生」や「鼠小僧次郎吉」などでもコンビを組む。

渡辺邦男
伝説的早撮りの大名手、娯楽の巨匠などといわれ、多くの映画スター俳優と関わる。
大河内を含む、歴代で唯一の片岡千恵蔵や長谷川一夫、市川右太衛門、
美空ひばり、榎本健一、岡譲二の7大スターと10作以上のコンビを形成、
スマシュヒットを量産、大ヒットも有。戦後だけで143作の映画を監督、
世界最多の一般映画の監督数を達成(比べると黒澤明は28作、山田洋次が85作ほど)

山本薩夫
戦争や社会派映画の名手といわれ、戦争に関連した映画を多く残す。
「新篇 丹下左膳 隻手篇」(1939)は山本にとって時代劇映画の初監督作であり、
のちの市川雷蔵の「忍びの者シリーズ」(1962、63)の最初の2作へ、
この丹下左膳の監督経験が活かされていると考えられます。

中川信夫
新東宝で有名な怪談映画を数作手がけたことから、和製ホラーの形成者的存在、
100作ほどの映画を手がけた。日本のホラー映画に大きな影響を与えています。

マキノ雅弘
通産監督数270作は戦前と戦後を通じて活躍した監督としては世界で圧倒的トップ、
戦後の一般映画の監督数は渡辺邦男に次ぐ、世界で2位、通産は世界歴代3位の監督数
時代劇6大スターをはじめ、戦前と戦後を通じて数十名の数多くの映画スターに関与や貢献。
戦前は片岡千恵蔵と1930~40年代に名コンビを形成で多彩な代表作、他にも大きな活躍。
戦後は森繁久弥、鶴田浩二、中村錦之助(萬屋錦之介)、高倉健、藤純子(現・富司純子)などの
飛躍や俳優形成に大きく貢献、戦前、戦後の生涯通して数十のヒット作を残す。

三隅研次
市川雷蔵「眠狂四郎」シリーズ、「大菩薩峠」3部作、「剣 」3部作 、勝新太郎「座頭市」シリーズ、若山富三郎「子連れ狼」シリーズへ参加、コンビを組み、1950年代から1970年代にかけて、3名と代表作を5作以上残す。監督数は70作弱だが大映の時代劇映画の代表的な名手。剣 3部作の2作目は現代劇です。




大河内伝次郎の丹下左膳で初時代劇映画を手がけた山本薩夫の「天皇の世紀」>




大河内伝次郎の1939年「新篇 丹下左膳 隻手篇」を手がけた山本薩夫は、のちの1971年に連続ドラマ「天皇の世紀」の作品にとってもっとも重要な1話の監督を務めます。ドキュメンタリー路線のテレビドラマとしてはドラマ史に残る作品となりました。原作は大佛次郎(現表記・大仏次郎)の歴史随筆・時代小説。

天皇の世紀 DVD-BOX  (4枚組)
紀伊國屋書店 (2010-12-22)
売り上げランキング: 135,459
山本薩夫は1話「黒船渡来」を担当、社会的空調がきちんと定着した重厚感が漂う1話でした。ドキュメンタリー要素も強く、ドラマファンは見る価値がある作品です。山本薩夫の他の監督には今井正、蔵原惟繕、三隅研次、篠田正浩、佐藤純彌、吉村公三郎と名匠7名が集結した、現在では実現不可能な豪華な監督陣でした。ギャラクシー賞も受賞した名作でもあり、全話数を通した名優・滝沢修によるナレーションが秀逸でした。

裏通りブログも公開中、現在↓ ↓
ようやく公開しました。坂本龍馬や近藤勇などの有名題材に挑んだ傷だらけの阪東妻三郎

「ウルトラマン」や「仮面ライダー」、「ゴジラ」のシリーズ路線確立と嵐寛寿郎 にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへにほんブログ村人気ブログランキングへ
励みのポチヨロシク↑→
  

関連タグ : 渡辺邦男, 柔(1964), 山本薩夫, 天皇の世紀, 必殺シリーズ, 大河内伝次郎, 丹下左膳, 伊藤大輔, 美空ひばり, アイドルマスター,

[ 2016/12/25 00:03 ] 時代劇解釈 | TB(0) | CM(1)
タグクラウド

過去ログ +
ドラのすべてを↓でご覧ください

2017年 09月 【1件】
2017年 08月 【1件】
2017年 07月 【1件】
2017年 06月 【1件】
2017年 05月 【1件】
2017年 04月 【1件】
2017年 03月 【1件】
2017年 02月 【1件】
2017年 01月 【1件】
2016年 12月 【1件】
2016年 11月 【1件】
2016年 10月 【1件】
2016年 09月 【1件】
2016年 08月 【1件】
2016年 07月 【1件】
2016年 06月 【1件】
2016年 05月 【1件】
2016年 04月 【1件】
2016年 03月 【1件】
2016年 02月 【1件】
2016年 01月 【1件】
2015年 12月 【1件】
2015年 11月 【1件】
2015年 10月 【2件】
2015年 09月 【1件】
2015年 08月 【1件】
2015年 07月 【1件】
2015年 06月 【1件】
2015年 05月 【1件】
2015年 04月 【1件】
2015年 03月 【1件】
2015年 02月 【1件】
2015年 01月 【1件】
2014年 12月 【2件】
2014年 11月 【1件】
2014年 10月 【1件】
2014年 09月 【2件】
2014年 08月 【2件】
2014年 07月 【2件】
2014年 06月 【1件】
2014年 05月 【1件】
2014年 04月 【1件】
2014年 03月 【3件】
2014年 02月 【1件】
2014年 01月 【2件】
2013年 12月 【3件】
2013年 11月 【1件】
2013年 10月 【2件】
2013年 09月 【2件】
2013年 08月 【2件】
2013年 07月 【2件】
2013年 06月 【1件】
2013年 05月 【3件】
2013年 04月 【4件】
2012年 02月 【1件】
2011年 12月 【7件】
2011年 11月 【29件】
2011年 10月 【32件】
2011年 09月 【32件】
2011年 08月 【32件】
2011年 07月 【32件】
2011年 06月 【27件】

ドラの最近記事
ドラの生き様(全記事)
旅立ち