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 「おはよう~こんにちわ!こんばんわ!おやすなさい~」なチワワなドラ10年以上前くらいからCS(スカパー)でドラマ見てます。かなりの作品500タイトル以上観てきました。1960年代~70年代のドラマが特に好きです。

【テレビドラマ貢献】松本常保と映画の通産42作とテレビドラマ22作の謎


今回は路線を前の流れに戻して日本電波映画松本常保にスポットを当てて行こうと考えています。

その前の流れ部分⇒有頂天天国から烙印の生き地獄 そして出会った「えくらん社」の男以前に松本常保が登場した記事



テレビと映画で活躍した名製作者の存在





松本常保日本電波映画を創立して『琴姫七変化』や『姿三四郎』、『柔(1964)』などのテレビドラマのヒット作を多く世に送り出しました。ですが、その影には映画とテレビの両方向の活動が存在しています。今回はその部分を取上げていきます。


日本電波映画はテレビドラマ(テレビ映画)の制作を行っていましたが、映画の製作も行っていました。その配給は松竹でした。今回も映画のことが登場してしまいますが、松本常保はテレビドラマの関係者でもあると同時に映画の関係者であっても大きなつながりがあるものと考えています。

松本常保はテレビドラマと映画のどちらの方が活躍の比重があったのかは重要です。トータルではテレビ関係者と考えています。
それは大きな制作の代表作がテレビドラマである部分が上げられます。






松本常保と映画の通産42作とテレビドラマ22作





映画の制作と企画の本数は確認できるのみで通産42作です。ドラマブログのため、映画に関することは府変えたいところですが、松本常保という人物は1960年代を中心としてテレビドラマに大きく貢献した人物であり、名製作者(プロデューサー)です。


映画の製作者としての主な代表作は1948年『明日は日本晴れ』から1987年『舞妓物語』までの39年間にわたって製作や企画などで映画に携わっていました。テレビドラマは1960年から1974年の期間で22作強(未放映は含まない)を制作しました。



<松本常保の携わった映画とテレビドラマの製作本数と年数>
映画 42作 39年間 1948~1987  (日本電波映画の制作は6作)
テレビドラマ 22作 15年間 1960~1974 (日本電波映画と社名変更後の大和企画)

*大和企画は『白獅子仮面』、『藍は愛ゆえに』など



テレビドラマのうちの21作のうちの18作が1960~1966年の7年間に集中しています。その後の7年間で4作のみしか製作していません。この前期の7年18作以上から後期の7年3作にまで減少した理由として、このとき映画制作に力を入れていたこともテレビドラマが減少した理由だと考えられます。つまり資金的な面でも大きな打撃があったことも同時に考えられます。

*現時点で18作は確認できるのみで構成

姿三四郎と富田常雄
日本電波映画のテレビドラマ『柔』や映画『明治の風雪 柔旋風』などの原作者としても知られる柔道小説の原作者の富田常雄





日本電波映画の最大のピークの1965年から1966年の12作の実態




日本電波映画は1965年から1966年まで通産で6作の映画を製作していました。この1965から1965年のテレビドラマは9作の放映がされていました。




<主な日本電波映画の製作本数的なピークとなった1965年と1966年のテレビドラマ>

1964~ 1965年 『里見八犬伝(1964)』
1964~ 1965年 『柔(1964)』  日本テレビ系
1964~ 1965年 『坊主拳法』  読売テレビ(日本テレビ)系
1965年      『柔一筋』   日本テレビ系
1965~ 1966年 『続 柔』  日本テレビ系
1965~ 1966年 『柔道水滸伝』  日本テレビ系
1965年 『人生劇場』  フジテレビ系
1966       『青雲五人の男』   日本テレビ系
1966~1967 『明治天皇』  読売テレビ(日本テレビ)系




*すべてテレビ映画として製作



<主な日本電波映画の製作、松竹の配給の映画>
    『タイトル』          監督×主演        ジャンルの要素
1965 『明治の風雪 柔旋風』   渡辺邦男×平井昌一   柔道・青春
1965 『暴力の港 虎と狼』     土居通芳×丹波哲郎   やくさ・アクション
1965 『柔施風・怒涛の対決』   西山正輝×和崎俊哉 柔道・青春
1965 『続・柔旋風 四天王誕生』 西山正輝×倉丘伸太朗と平井昌一   柔道・青春
1966 『ド根性大将』         土居通芳×長門裕之   将棋・勝負
1966『男の顔は切り札』      マキノ雅弘×安藤昇    仁侠・アクション





上記の二つのように主な日本電波映画の製作本数的なピークとなったテレビドラマの9作と主な日本電波映画の製作の映画の6作は1965年と1966年の2年間に作られていました。テレビドラマと映画を含めて15作です。1970年代にテレビドラマ、テレビアニメと映画を同時に数多くヒットさせていた東映などにように大手ではないため、日本電波映画の15作は2年間の本数としては膨大な数といえるでしょう。


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アートと共鳴した柔道の一コマ 投げ技の瞬間は見る人を惹き付けます。 




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若者たちの青き春と精神の清さを描いた柔道映画群

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[ 2017/08/27 00:03 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

伝説のテレビドラマ『琴姫七変化』で活躍した男女の真相





1959年の日本電波映画株式会社と日本映画界の黄金期の逆強



日本電波映画株式会社が創立したこの1959年は日本映画界が最大の黄金期といわれる7年連続、観客動員が8億人以上の真っ只中でした。また3度目の10億人を記録した年でした。両御大を中心とした若手スターの活躍で時代劇の東映が1956年から4年連続で1位、現代劇の若者路線の日活が初の2位を獲得しました。

日活はこのときの2位が最高順位でした。その後は1960年代の全般は東映と東宝が首位争いを繰り広げていきますが、松本常保日本電波映画株式会社は1959年の時点、映画界からするとテレビドラマは陽の目を受けることがあまりない状況であり、大きな逆強の中で歩み出したのです。


映画黄金期の思い出―私の交友録
田中絹代、高峰三枝子や清水宏は誰が知るほどの有名な人物ですが、ほかはかなりの通心をくすぐる名前がずらりの中、
佐々木啓祐があり、彼は松竹の知る人ぞ知る監督です。




わかりやすいえくらん社の枝分かれの流れ


                
えくらん社(映画製作の会社 1949年) 
        
   ↓  ↓1959年に枝分かれ、1と2の2つに分れる
1、日本電波映画(テレビ・映画製作の会社)
2、エクラン社(俳優が所属するエクラン演技集団)

松本常保によるえくらん社は1949年に創立し、日本電波映画とエクラン社に枝分れしました。
その後、松本常保日本電波映画でテレビドラマを製作していきました。


*当時はテレビドラマをテレビ映画とも言う




日本のテレビドラマの初期を代表する作品の一つ 琴姫七変化


日本電波映画の多くのテレビドラマは日本テレビ系で放送されている作品が大半を占めていた部分も特徴です。日本電波映画といえば、美空ひばりの主題歌でも知られる同名曲の柔は、『柔(1964)』(1964~1965)の主題歌で使用されたことでも有名作ですが、日本電波映画のテレビドラマ制作の草分けとして流れを切り開いた作品『琴姫七変化』(1960~1961)は重要なテレビドラマでした。


柔 (MEG-CD)
当時のバージョンが一番説、わたくしこと、ドラも唱えていたりします。




琴姫七変化』はテレビドラマがスタートした初期の代表作の一つであり、時代劇ドラマでした。放送当時は1958年の『月光仮面』などと含めて、初期のテレビドラマのヒット作の一つに数えられる作品であり、松本常保の日本電波映画株式会社が製作していました。

ドラは『琴姫七変化』もほとんど見たことがあり、全105話の全話数が現存していたものと記憶しています。CS放送で放送された2000年代の前半に放送された全話数をビデオに録画していました。日本電波映画は松竹と関わりがある会社であり、著作権は松竹が所有している作品のようです。その証拠の一つとして、2000年代前半に『琴姫七変化』が放送されたホームドラマチャンネルは松竹のCSチャンネルの一つです。




琴姫を演じた松山容子と相手役で出演した松本錦四郎



主役の琴姫を演じた松山容子という女優がこの作品で知られ、ある種のスターとなって、有名なボンカレーのCMなどで起用されました。デビュー当時は松竹映画で松山清子の名義で活動していました。

ですが、その後の女優としても活動をしていきますが大きな代表作にはあまり恵まれずに、出世作の『琴姫七変化』が生涯の最大の代表作となってしまいました。


『琴姫七変化』は松本錦四郎という俳優も相手役で出演していました。松本錦四郎は松竹映画を中心に活動&売り出していた若手俳優でしたが、映画ではあまりブレイクせずにテレビドラマへ新しい活躍の場を移してきた俳優です。松本錦四郎の出演映画はここ数年で数作を視聴していますが、演技や癖に特徴がなく、残念ながら若い以外の部分に個性や魅力を見出すことはできませんでした。

松本錦四郎は松竹の時代劇映画でデビューしたため、歌舞伎俳優を思わせる芸名であるだけで、歌舞伎俳優の松本幸四郎とは別人です。

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『琴姫七変化』はドラマファンなら観ておきたいタイトルです。



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[ 2017/04/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)
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