語る激レア動画「
田村正和 ー49歳」”テレビドラマ史最大スタァ”のプライベートインタビューに迫る!!
これほど長期と多くの題材でヒット作に主演したテレビドラマ俳優は誰もいません。
1970年代前半から2000年代中盤まで、実に30年強にわたって高視聴率ドラマに主演し、
その数は15本強、それが
田村正和です。
2022年のラストはテレビドラマ史を代表するスター俳優に関する記事です。
田村を含む偶然じゃない運命のキセキのスター、スタァたちが競演
前回記事
イッタイゼンタイ「どうーなってるの?!」偽善国賊おばけNHK打倒 整形芸能人批判の世界上位大女優オカダド正論 真木よう子と水原希子の国賊壺へんげ前回記事と今回記事のギャップは天と地か?
”田村正和 49歳|プライベートインタビュー”歴代最長かこれだけベラベラ自分を話すマサカズ観たことない
番組名は「
田村正和 ー49歳」です。
このドキュメンタリー&インタビュー形式の番組は、映画『
子連れ狼 その小さき手に』の公開の宣伝としても、制作されたものとみられ、番組最後の製作は関西テレビ放送とCAMEYOと表記され、関西テレビの製作者の名前も確認できます。
田村正和 田村正和 ー49歳 子連れ狼 その小さき手に 関西テレビ 関西テレビ放送 CAMEYO田村正和 49歳|プライベートインタビュー
人の宿命や人生というものを考えさえられます。
上記の動画に関しては下記の記事でさらに取り上げていきます。
田村正和 49歳|プライベートインタビュー 千恵蔵と正和の”生涯一度きりの共演”と聖地「嵯峨野」
動画によると、田村正和は9歳まで京都の「嵯峨野」に住んでいたという。この「嵯峨野」は日本映画や時代劇そのもの(映画、テレビなど)にとっても非常に重要な場所です。
田村は1972年放送の『
世なおし奉行』(東映制作のテレビ時代劇)で2クールの共演がある
片岡千恵蔵御大(2023年に生誕120年の事実上の日本ナンバーワン映画俳優、数多くの映画世界記録を保持)の千恵プロ(=
片岡千恵蔵プロダクションの略称、数十のヒットと20本以上の名作を残し、巨匠・稲垣浩いわく、ここまで活躍した映画俳優による会社は世界的に例をみない、世界的な伝説の映画製作会社)と共演しています。
片岡千恵蔵 稲垣浩 千恵プロ 片岡千恵蔵プロダクションこのテレビ時代劇、田村は準主役で千恵蔵の相手役の大役を務め、その後の多数の東映作品への出演へつながっています。個人的には佳作と失礼ながらイマイチな評価をしているテレビ時代劇です。
現代の時代劇や、大河ドラマなどのように細かいことばかりにこだわり、中身が狂い崩壊ような、話も構成、そんな理屈的な内容ばかり、リアリズムだけが時代劇ではない。
このドラマに魅力としては千恵蔵と田村の1度きりの2クールの共演です。これ以外に、一体、何があるでしょうか?日本を代表する映画とテレビを代表する2大俳優、この両名の俳優の競演ぶりを観る時代劇です。
『
世なおし奉行』は、千恵蔵の多くの当たり役の一つの映画「遠山の金さん」(現存含むと20本)から大胆に風刺し、同代表作題材の股旅要素と絡めたように考えられる内容です。ここに、レギュラー陣のチームワーク、裁き、悪党、事件、事理や人情、明朗要素などが絡んできます。スカパーなどのCS放送において、数度再放送されています。
世なおし奉行 千恵蔵御大 遠山の金さん 股旅その真の伝説俳優の映画制作会社や撮影所があった有名な場所が「嵯峨野」です。
映画の聖地の一つの「嵯峨野」は田村正和と千恵蔵のこの両名さえも結び付けていきます。
千恵プロ時代―
片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント (映画読本) 単行本 – 1997/7/1


田村も影響を受けていた。1920年代後の20代の
片岡千恵蔵の写真、未だに高い支持と人気を誇り、2023年に生誕120年、没後40年を迎えます。盟友の伊丹万作や稲垣浩などを中心に、外部からマキノ雅弘(当時はマキノ正博)や伊藤大輔、山中貞雄などを招いても成功を収めた伝説の千恵プロ時代に主軸を置き、実に多くのエピソードが拾われています。
千恵プロ時代―片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント 伊丹万作 マキノ雅弘 マキノ正博 伊藤大輔 山中貞雄田村の父・阪東妻三郎(本名は田村傳吉、複数の映画歴代ベスト10入りの記録を持つ俳優)と千恵蔵は戦前の1920年代後半からの30年近い国民俳優のライバル、共にで時代劇六大スター、七剣聖、日活三大スター、大映四大スターともいわれ、複数の共演があった父の多くを知る人物、田村自身も父の面影を感じたはずです。彼は某番組(今後どこかで取り上げます)で片岡千恵蔵についても少し話しています。
阪東妻三郎 田村傳吉 時代劇六大スター 七剣聖 日活三大スター 大映四大スターこの時代劇そのものの形成や牽引、日本映画全体を牽引してきた超大物の両名がいなければ、戦後の市川雷蔵などによる眠狂四郎の映画版が存在せず、自身がテレビドラマで40年以上も演じた、時代劇最大の当たり役の「田村版の眠狂四郎」もありませんでした。
市川雷蔵 眠狂四郎の映画版 田村版の眠狂四郎ドキュメンタリー&インタビュー番組「田村正和 ー49歳」は、彼が出演した全番組の中でもっとも会話をしているように思えます。プライベートや阪東妻三郎こと阪妻(バンツマ)と呼ばれた国民俳優の息子として生まれた人生、
初の出演映画の松竹時代劇『旗本愚連隊』、妻や一人娘について、兄弟、映画舞台挨拶のファンの声援、仲代達矢などの共演者のコメントで構成されています。
しかも、32分付近から28年前の若き日の井上昭が出演しています。
阪妻 バンツマ 国民俳優 旗本愚連隊 仲代達矢超貴重ドキュメンタリー&インタビュー番組「田村正和 ー49歳」の時系列
田村自身のドキュメンタリー&インタビュー番組「田村正和 ー49歳」の出演時の時系列としては、1993年10月スタートの『
カミさんの悪口』(第1シリーズ)(平均視聴率19.9%、最高視聴率23.7%のヒット)と1994年4月スタートの『
警部補・古畑任三郎』 (第1期)(だんだんと評判が上昇し、のちのスペシャル版シリーズが30%を連発)の前の時期に位置し、
カミさんの悪口 警部補・古畑任三郎 古畑任三郎小泉今日子とダブル主演した1991年4月スタートの『パパとなっちゃん』(最高視聴率は連続ドラマの年間ベスト10入りの21.1%を記録)後の時期に「田村正和 ー49歳」に」出演、映画『
子連れ狼 その小さき手に』へ主演しました。
パパとなっちゃん 小泉今日子ちなみに田村正和の映画の遺作は2007年公開の『ラストラブ』です。これは1993年2月の『
子連れ狼 その小さき手に』以来、約14年ぶりに出演した映画です。
田村正和の映画の遺作 ラストラブF6640邦画ポスター
子連れ狼 その小さき手に田村正和古手川祐子荘田優志仲代達矢松竹映画


他派はほぼ売り切れか、貴重なポスター
「田村正和 ー49歳」を含んだ田村正和の映像出演の時系列
テレビドラマ 1993年10月『カミさんの悪口』(第1シリーズ) *高視聴率
↓ ↓
テレビ番組 「田村正和 ー49歳」
映画作品 『子連れ狼 その小さき手に』 *興行は失敗
↓ ↓
テレビドラマ 1994年4月『警部補・古畑任三郎』 (第1期) *高視聴率テレビ番組「田村正和 ー49歳」と映画作品と、『子連れ狼 その小さき手に』はほぼほぼ同時期と考えられ、「田村正和 ー49歳」はこの映画の告知、宣伝と田村の半生と人物像などにも迫ったドキュメンタリー番組です。
映画の子連れ狼は残念ながらヒットはしていません。彼自身がテレビドラマ俳優として定着してしまい、彼はテレビで観るものだというイメージがこの映画の成功を阻んだ要因の一つと言えますが、口コミとしても、映画自体の評価としてもイマイチでした。
田村は映画デビューから活動をスタートさせていますが、助演では名作に数えるほど、主演においてはほぼ成功できませんでした。
子連れ狼 その小さき手に [VHS]


残念ながらDVDやブルーレイ版は発売されていないようです。
井上昭と「田村正和 ー49歳」 眠狂四郎があってこそ実現した子連れ狼
井上昭監督と田村正和のテレビドラマだと個人的に印象が強いのが、田村正和主演のテレビドラマ『眠狂四郎(1972)』の1話にみられるダークな雰囲気つくり、井上昭は田村正和主演の東映時代劇の『眠狂四郎(1972)』のなどのチーフ監督も務め、その後の「スペシャルドラマ版の眠狂四郎」の監督も複数手掛けています。
井上昭期間は空きつつも、足掛け20年以上、二人の関わりの印象のほぼ大半が眠狂四郎といっても良いでしょう。
井上監督にとって田村を主演に起用した1993年2月に公開した『子連れ狼 その小さき手に』は1969年の安田道代(現・大楠道代)主演の『関東おんなド根性』以来となる約24年ぶりの、27本目の映画作品です。この24年の間は年数ほど多くの本数はこなしていませんが、テレビドラマ監督を主軸としています。
安田道代 大楠道代 関東おんなド根性彼は1965~2021(殺すなをテレビドラマとした場合)まで、約56年間に及ぶ、通算がテレビドラマ監督だといえます。
田村正和は、萬屋錦之介(テレビドラマシリーズ)や若山富三郎(映画シリーズ)がそれぞれ自身上位の代表的な役の一つにしている主演の拝一刀役を演じています。
萬屋錦之介 若山富三郎 拝一刀田村正和写真集 子連れ狼 その小さな手に


実はアマゾンのほうでは残念なことになっていますが、
こちらで購入可能です。
「田村正和 写真集」の商品一覧田村正和写真集 子連れ狼 その小さな手に『カミさんの悪口』 夫婦とコメディとビジネスの3要素 時に男たちの××
上記で登場した田村正和の代表作の上位10選に含まれる『
カミさんの悪口』について取り上げます。
『
カミさんの悪口』は夫婦コメディ、ホームドラマに位置する作品で、数夫婦が登場し、田村と篠ひろ子の演じる夫婦を軸として展開します。何度となく、夫は妻から追い詰められ、「男はつらいよ」状態へ追い込まれます。好評を得て、続編も制作、さらに1998年には姉妹作的な『カミさんなんかこわくない』も放送されました。
カミさんの悪口 篠ひろ子 カミさんなんかこわくない『カミさんの悪口』はこちらで視聴可能です、ん、現在視聴できない?!のか
カミさんの悪口【TBSオンデマンド】チワワドラと『カミさんの悪口』の関しての部分としては、放送当時も視聴していましたが、当時は録画できず、のちのCS放送TBSチャンネルにて再放送されたものを録画しています。最近も部分的に観直しました。
平成(1989~)初期の1993年10月から全11話の1クール放送され、平均視聴率19.9%、最高視聴率はラスト前の10話の23.7%のヒットを記録、当時としては最高視聴率は年間上を記録していた30パーセントの大ヒットとまで届かずに中規模ヒットといえる作品です。第二シリーズは1995年1月からの『カミさんの悪口2』であり、平均視聴率20.3%、最高視聴率は10話の22.1%(香港ロケの後編、ロケ前編もほぼ僅差で下回る高視聴率を記録)しています。
カミさんのわるくち1-1
ビデオカメラで撮影したからOKかもしれない『カミさんの悪口』の劇中からの動画、画質はもちろん悪く、カメラは全体ではなく、チャンネル名は伏せるように撮影されています。TBSチャンネルの再放送の録画か?
カミさんの悪口2また、劇中は夫婦関係を軸に仕事や職場の同僚や家族関係を添え、特に浮気の疑いが浮上するなど、人間関係は全体的には明るく、特に悲しいことがある構成、夫婦(家族)とコメディ、ビジネスの3要素が強め、時に夫婦関係に悩む男たちの悲観を感じさせます。複雑な要素を田村の主導の役割だからこそ、独特で上手にまとめています。
いわゆる夫婦を押し出した作品ですが、
小泉肇の田村正和と茂木修二郎の
橋爪功と片桐安男の
角野卓造の中年男3人のつるみから”カミさんの悪口”を言うパターン的なシーンがとても印象に残ります。タイトルの『カミさんの悪口』とはこうした場面を元にしているものと考えられます。
小泉肇 茂木修二郎 橋爪功 片桐安男 角野卓造 カミさんの悪口(1) [VHS]


プレミアム商品です。なんと、¥34,800です。
商品の説明
レビュー
『冠婚葬祭部長』『輝け隣太郎』に続く、日曜劇場シリーズのビデオ化第3弾。『古畑任三郎』でおなじみの田村正和が、女房を相手に闘う中年サラリーマンを好演。
-- 内容(「VIDEO INSIDER JAPAN」データベースより)
演出: 鴨下信一
原作: 村松友視
脚本: 山本清多
出演: 田村正和/篠ひろ子/橋爪功/角野卓造/岡本麗/松本明子/久本雅美
-- 内容(「CDジャーナル」データベースより)
1話はテレビの名演出家や名プロデューサーの鴨下信一です。TBSがテレビドラマのTBSだったころの牽引者の一人です。
鴨下信一中国や韓国とつながりが深く、政治と宗教がズブンズブンの創価学会(=公明党)の久本雅美も喜劇要員で出演しています。
日本のために、未来のために、自民党はさっさといちいち中国の味方をする公明党と連立を解消するべきだ。
日曜劇場 久本雅美 創価学会 公明党 自民党はさっさといちいち中国の味方をする公明党と連立を解消するべきだ『カミさんの悪口』の視聴率 当時としては中規模ヒット作
1993年10月~12月『カミさんの悪口』 平均視聴率19.9%、最高視聴率はラスト前の10話の23.7%、20パーセントは全11話中4話を記録
1995年1月~3月 『カミさんの悪口2』 平均視聴率20.3% 最高視聴率は10話の22.1%(香港ロケの後編) 20パーセントは第1シリーズを上回る全12話中6話を記録なぜ2022年時点ではありえない大ヒットいえる視聴率でありながら中規模ヒットなのかですが、1993年の年間の最高視聴率1位の『ひとつ屋根の下』が37.8%を記録するなど、計5本が30%を越していて、平均視聴率30%近くから25%付近の大ヒットテレビドラマが数本あったためです。
また、『カミさんの悪口』の23.7%は、1993年の連続テレビドラマの最高視聴率の年間10位付近だったと考えられます。
ひとつ屋根の下1993ChicaBoom "春夏秋冬・朝昼夜"PV。TBS系列「かみさんの悪口」テーマ曲。田村正和主演。
バブル崩壊後ではあるが、日本経済がまだまだイケイケだった雰囲気を感じさせる劇中とOP曲に仕上がっています。
春夏秋冬・朝昼夜 TBS系列「かみさんの悪口」テーマ曲引用~
1989年、日本社会は「昭和」から「平成」へと新しい元号に変わり、将来への期待もふ くらんだが、そこで進行していた資産価格や地価の上昇は、持続的なものではなかった。 1991年、バブルは崩壊し、日本経済は長期の経済停滞に陥り、雇用情勢は悪化を続けるこ ととなった。
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生誕90年の中村錦之助「マスコミ無視の東映歴代記録」 総勢7人「義経」が去来する造像を超えていく大スペクタクルひとりのファンと張本人 旅立つ最後の年の正月 田村正和と美空ひばりのただ一度きりの競演
最後の動画はやはりこれです。
1989年の正月に放送された『パパはニュースキャスターお正月スペシャル』からの動画、美空ひばりとの共演シーン、歴代トップの歌手兼女優とテレビドラマ事実上ナンバーワン俳優、芸能史に残る2大スタァ共演
美空ひばり パパはニュースキャスターお正月スペシャル田村正和 美空ひばりにサインねだる!
鏡竜太郎御大と共演以来の再来か、いうまでもないが千恵蔵の東映映画時代の後輩で、忠臣蔵映画や次郎長映画など1000万人のメガヒットの共演が複数あるひばり、千恵蔵らが形成してきた時代劇や現代劇題材の俳優の後輩の田村、
田村は1972年の『世直し奉行』で千恵蔵と共演から、1989年の『パパはニュースキャスター』でひばりと共演、ひばりは(特別ゲスト)表記です。
千恵蔵の後輩であるひばりと田村の初めてで最後の共演、ようやく偉大な先輩と大物の先輩同士の両名がつながったシーンでもあるわけです。非常に考え深さもあります。
美空ひばりは自分役で出演、田村正和演じる主人公の鏡竜太郎が、ひばりにサインをねだる。ドラマ通に有名な名場面です。田村との共演で最後の役目を果たした部分があるのでしょうか?
この年の1989年は、ひばりは舞い上がるように天国へ旅立った。
昭和64年と平成元年が共存する年となり、
昭和から平成へ元号が変わりました。
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