チワワドラのテレビドラマ愛好世界

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『遠山の金さん』と『宮本武蔵』で再浮上 時代劇形成千両役者と長年続く奇妙因縁





テレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』に参加した稲垣浩、渡辺邦男、佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の中から今回は佐伯清監督に迫りたいと思います。彼の実積を知ることで低迷しているテレビドラマ界の再起や飛躍のヒントが隠されているかもしれません。

今回は『遠山の金さん』と『宮本武蔵』で再浮上 時代劇形成千両役者と長年続く奇妙因縁ち題して独自列車が走ります。




前回記事⇒テレビドラマで実現した通産43年の終着駅 主演俳優の苦悩苦闘の前に欧米人



名音楽家の牧野由多可とテレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』






東映チャンネルは2018年6月から7月にかけてテレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』をハイビジョン版で再放送をしています。チワワドラマはアニメも好きですが、特に東映時代劇のファンでもあり、東映チャンネルに長年加入しています。『旗本退屈男(1973)』は以前に時代劇専門チャンネルでCS初放送されたときにハイビジョン版で初めて録画していますが、今回も新たに2018録画版として再録画しています。

部分的に少し見直しましたが、『旗本退屈男(1973)』の牧野由多可は現在聴いても曲が良いですよね。彼は作曲を山田耕筰に師事して邦楽合奏も得意としており、手がけたテレビドラマ音楽にも独特な個性を残しています。ですが、テレビドラマの音楽の数がすごく少ない部分が難点です。


牧野由多可は『旗本退屈男(1973)』のほかに刑事ドラマの大ヒット作『特別機動捜査隊』の1961~1966年まで初代の音楽やテレビ時代劇『お命頂戴!』(1981)は印象的です。『特別機動捜査隊』も独特でセンスが良いわけですが、片岡孝夫(現在の片岡仁左衛門)が主演した秀作時代劇『お命頂戴!』のテーマ曲だけでなく、劇中曲の数々が作品の中で異彩な光を放っており、個人的に名曲です。邦楽の要素を映像音楽としてかみ合うように上手に仕上げ取り入れています。彼なりの和の表現が感じられ、ドラマの中で曲が聞けますが劇中曲のサントラがないのが非常に残念です。


現在の日本の音楽家も欧米音楽だけではなく、この邦楽の要素を映像音楽をぜひ行ってほしいものです。


牧野由多可 作曲 尺八譜 三曲 落葉松 (送料など込)
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テレビドラマ『旗本退屈男(1973)』に行き着くまで 佐伯清の存在





『旗本退屈男(1973)』の参加話数
佐伯清 9、10、22話



チワワドラは下記の内容をドラマブログで全面に出していいのか、正直悩みましたが、彼もテレビドラマでも監督を担当したため、映画のことも登場させています。佐伯清はテレビドラマの監督としても活動しましたが、9割が映画で活躍した人物だからです。

この『旗本退屈男(1973)』を独自な形で取り上げるためには重要なことだと考えて今回も挑戦させていただいています。





佐伯清 離れても引きつく磁石を白日の下に晒す 歴代超大物スターと長年続いた奇妙な因縁





佐伯清は片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ(時代劇形成貢献と戦後の黄金期を牽引した歴代映画スター片岡千恵蔵の映画製作会社、全体は戦前の時代劇映画の最王手の日活映画が配給)で、伊丹万作の代表作の2本、1935『戦国気譚 気まぐれ冠者』、1936『赤西蠣太』の助監督デビュー、その後、伊丹万作は東宝に引き抜かれてしまい、移籍に伴って佐伯清も東宝へ移籍、1938年『巨人伝』などの東宝の製作担当を経て、1940年代後半に監督デビュー、長谷川一夫の好評価の現代劇『ぼんぼん』を手がけ、同俳優の「銭形平次捕物控シリーズ」の事実上の1作目の1949年『銭形平次捕物控 平次八百八町』(配給・新東宝)を監督、のちの10作以上となるシリーズの形成に大きく貢献します。


その後は新東宝時代に1951年に片岡千恵蔵がトップスターとしてスタートの映画会社の東映の創立直後の千恵蔵の「ギャングシリーズ」&「にっぽんGメン」の3作目1951『にっぽんGメン 不敵なる逆襲』を手がけるも東映へ移籍せず、新東宝映画中心に、東宝で大河内傳次郎の最後の主演・大石内藏助の『四十八人目の男』(1952)を手掛け、ようやく1953年に東映へ正式移籍、東映映画1作目は山田五十鈴と大友柳太朗による1953『加賀騒動』でした。


赤西蠣太 [VHS]
赤西蠣太 [VHS]

MANSAKU ITAMIの英大文字が印象的、実は赤西蠣太や国士無双は近年に欧州で上映されて評価されています。当時、これを製作したことが凄い事です。


上記の画像の通りにっかつ名作映画館の扱いでリリースされていますが、製作は千恵プロ、配給は日活なので日活作品にも該当します。原作の文豪・志賀直哉が名作映画「赤西蠣太」の撮影中に片岡千恵蔵伊丹万作のエスコートとを受けて、千恵プロの撮影所を接対、案内されたというエピソードが残されています。「赤西蠣太」の助監督だった佐伯清もそこにいたのかも知れません。

志賀直哉は撮影所の経験が生涯嬉しかったようで、チワワドラはこの音源を聞いていますが、志賀直哉が存命中に出演したNHKのラジオ番組でこのエピソードを嬉しそうに語っています。志賀直哉の映画化作品はたとえば、映画200作の吉川英治などと大衆大作家などと比べると極端に少なく、この「赤西蠣太」だけ映画化作品の中でも”突き抜けて当たった”ことも本人が嬉しいがる部分に大きく影響していることでしょう。







『遠山の金さん』と『宮本武蔵』 時代劇形成千両役者との再びの再縁に恵まれる






佐伯清の東映時代は再び片岡千恵蔵との奇妙な因縁が再開します。千恵蔵の当たり役の一つ「遠山の金さんシリーズ」とオールスター要素の1955『勢ぞろい喧嘩若衆』を監督、東千代之介の初の現代劇映画主演作の1956『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』、東千代之介(佐々木小次郎役)と千恵蔵(宮本武蔵役)の2大スターによる1957『佐々木小次郎(1957)』、『佐々木小次郎 後篇』も実積、ここからさらに流れに乗っていきます。


片岡千恵蔵とは1935年に佐伯清が助監督時代に知り合い、1950年代からの移籍や東映時代の活躍の流れに導いたわけであり、監督の師匠の伊丹万作だけでなく、ある種の影の恩師だったともいえるかもしれません。片岡千恵蔵は歴代主演映画俳優の中で戦前からもっとも数多くの映画監督に幅広い良い影響を直接与えています。前回記事の丸根賛太郎も同様ですが、佐伯清も数多くの一人といえるでしょう。



夕日と拳銃 上巻 (角川文庫)
夕日と拳銃 上巻 (角川文庫)

1950年代を代表する時代劇映画スターの一人の東千代之介が現代劇の主演を務め、檀一雄の原作の「夕日と拳銃」を佐伯清が『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』として映画化しました。『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』はCS放送で再放送されており、個人的にも録画しています。




*今回の裏通り記事  ↓    ↓
名匠の霧の小次郎と昭和残侠伝 高倉健が片岡千恵蔵から引き受けた大影響

ウラの前回記事⇒当たり役と時代の荒波の飲み込まれてから10年後の奇跡


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[ 2018/06/28 07:25 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(7)

テレビドラマで実現した通産43年の終着駅 主演俳優の苦悩苦闘の前に欧米人





今回は『旗本退屈男(1973)』 連続テレビドラマ史希少の4巨匠1名匠の豪華布陣集結の「2大巨匠の稲垣浩渡辺邦男」部分で取り上げた稲垣浩渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の内、稲垣浩に関しては稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群稲垣浩パート2 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群などで取り上げていましたが、他の部分はまだでした、そのため今回はその続きに迫ります。





歴代大スターだからこそ実現す。稲垣浩、渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣






渡辺邦男に関しては以前に取り上げています。天皇の渡辺邦男と松本常保 映画とドラマと 時代と運命と【大進撃】映画界の天皇 渡辺邦男が参加した主なテレビドラマたちを公開で取り上げていましたが、新しく書いてしまったので別なものを投稿します。






その前に改めてテレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』に関する続きです。テレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』は稲垣浩、渡辺邦男、佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣で制作されました。そこに至るには長い、実に苦しい流れがありました。43年です。


当時の平均寿命が70歳ほどのときの43年はほんと長期間です。しかも映画時代は映画会社の専属制度なので負担も現代のような気軽さはなく、倍の締め付けがあり、10年のレべルで長期間活躍するだけでも、現在でいう30年以上に相当すると考えています。現在はある程度でも地位があれば長くやれてしまう時代ですが、当時は結果を出さないと常に切られる要素が今以上に激しく強い時代でした。改めてこの43年が今回のキーワードです。





事実上の世界歴代3位の映画スター





旗本退屈男市川右太衛門の最大の当たり役で、数多くの役を演じた中でも突き抜けたイメージが定着した役柄(今で言うキャラクター)でした。市川右太衛門の主演映画300作強、この数字はサイレントのみで活躍した日本最初の映像大スター尾上松之助、市川右太衛門のライバルの一人でもあり、戦後は映画会社東映の重役兼同僚の時期もあった最大のライバルの片岡千恵蔵に次ぐ、世界歴代3位です。現代や過去のハリウッドスターやそれ以外の地域俳優が一生懸命にやっても圧倒的に及ぶことがない異次元の金字塔に到達、彼や彼らはまさに世界を代表する映画界や映画スターを代表する一人といえるでしょう。


市川右太衛門の自分の映画会社の通称・右太プロで『旗本退屈男(1930)』として製作がスタートし、舞踊をモチーフにしたとされる独自に追求したといわれる華やかな立ち回りや独自なしゃべりと言い回し(スタート時はサイレント映画)、キメ台詞、知識に問わず分かりやすい内容などで大きく評判になりましたが、右太プロを畳んで松竹傘下の新興映画に移籍したときの通算9作目の1938年『宝の山に入る退屈男』で製作がストップしてしまいます。







佐々木味津三 イッパツ屋じゃない真実の大原作者に迫れ



旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男
小説家の佐々木味津三(ささきみつぞう)は旗本退屈男の原作者です。

佐々木味津三の代表作は「旗本退屈男シリーズ」だけでなく、「右門捕物帖シリーズ」の原作者としても知られています。この二つは死後も数多く作られ、生涯の2大代表作となりましたし、両方のシリーズが戦前から戦後にかけて同時期に国民的な作品となりました。つまり現代も漫画などで原作者が一つのシリーズだけが突き抜けている人は数多くいますが、それは最低限、佐々木味津三はそれを余裕で上回る二つの国民的作品の原作者だったわけです。

同時期に国民的な作品になったこともものすごいことなのですが、二つの国民的作品の原作者として高く評価すべき点でしょう。所詮一つくらいの代表作は他にも大勢いるある程度レベルなのです。今後も日本でも海外でも一つくらいの国民的作品を生み出す人物は数多く出てくることでしょうが、二つは極端に人数が減少します。突き抜けた代表作が一つだけではなく二つあることの凄さ、これぞ本物です。


テレビドラマでも1950年代後半から2000年代前半にかけて「右門捕物帖」は6度の機会、「旗本退屈男」は5度の機会で何度も映像化されました。つまり二つをあわせると映画とドラマで1920年代後半から2000年代まで70年強にわたって「右門捕物帖」と「旗本退屈男」の2大代表作は繰り返し映像化されているのです。これは嘘ではなく真実です。これも十分に世界レベルの大記録でしょう。







主演俳優の試練 変貌を求められた苦闘の日々





戦後の1950年まで約13年を待つことなり、最低でも2000万人以上、個人的には最低でも3000万人は動員したと考えています。1950『旗本退屈男捕物控 七人の花嫁』で再スタートしたものに、まだアメリカに敗戦後の日本はGHQ統制下であり、自由な作品が作れない状況でした。まさに予期せぬとおせんぼ、欧米人の圧力というどうしようもない到来の嵐に屈するしかない状況が初演俳優を襲ったのです。



正確にはただ娯楽映画を作りたいだけだったわけですが、アメリカ側の勘違いですが、過激や反抗を煽ると考えられていた剣戟シーンまでも封じられ、剣戟を取り入れ成敗を魅力とする部分が集団劇、裁きや捕物要素を持つ作品へ一時的に変貌、しかし1952年にGHQ統制が解除され、本来の旗本退屈男の魅力が戦後風に戻っていくこことなりました。



その中でも1956年の年間観客動員第5位に『旗本退屈男 謎の幽霊船』(監督は巨匠・松田定次)がランクインしました。この『旗本退屈男 謎の幽霊船』は通算20作目&カラー1作目です。カラーを魅力を活かし、色彩の華やかさを全面に作品に押し出し、当時に話題を呼んで観客動員がシリーズ最多を記録したのだと考えられます。これまでにない新しい旗本退屈男を観客に提示したわけです。





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GHQの日本洗脳を説いた書籍 表上は開放されたことになっていますが、何代をふてもその呪縛はとかれることがなく、今喪何らかの支配が続いているのかもしれません、



テレビドラマというよりも映画が多めですがさらに裏側に続く
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当たり役と時代の荒波の飲み込まれてから10年後の奇跡


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「嘘と誠」西城秀樹の死真実 マスコミ報道がまたやらかした嘘




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[ 2018/05/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(9)

3世代でなく3時代オヤジドラマ集結 田村正和の引退を巡る3大オヤジたち




ドラマ界も世の中と同様に目まぐるしくならぬ、もめまぐるしく動いています。今回は田村正和の引退情報をモチーフに独自展開をしていきます。題して「3世代でなく3時代オヤジドラマ集結 田村正和の引退を巡る3大オヤジたち」として公開させていただきます。



前回の記事テレビドラマ界のシークレット厳守 東宝と東映の公武合体の証拠を紐解くからすると大きな落差を展開させていただいております。




田村正和の引退激写公開 関してのマメ公開『オヤジぃ。』とオヤジたち





田村正和が事実上の引退宣言を行ったようで、録画の2018年4月24日分のミヤネ屋を見ました。彼は映画でデビューしましたが、あまり活躍できずにドラマ中心の活動に身を移し、特に1980年代から多くの現代劇ヒットドラマに主演してきました。2000年代の前半くらい『オヤジぃ。』というテレビドラマに主演して以降からヒット作への出演が切れてしまいましたから、ある種の潮時なのかもしれませんね。


*『オヤジぃ。』 最高視聴率28.0%(最終回) 平均視聴率24.2%(全11話のすべて20パーセント越え) 放送はTBS系列
オヤジぃ。 DVD BOX
オヤジぃ。 DVD BOX
画質が荒すぎる写真が残念です。
オヤジぃ。』は娘役の広末涼子との父と娘の微妙な関係に重点を置いていたところが印象に残ります。




映画で活躍できなかったことは心残りだとは思いますが、特に1980年代の中盤くらいから2000年までは日本のテレビドラマ界の一翼を代表しました。このドラマは田村正和風な頑固親父を演じた点は印象に残りました。

色々あるんですが、多くの中でも個人的には『うちの子にかぎって…』というドラマが印象に残りますね。このドラマから田村正和はコメディやその要素の路線の流れに入ったのではないかと考えています。またの機会に詳しく迫ることがあるでしょう。

*『うちの子にかぎって…』(TBS系列)は1984~1987年で製作され、連続は2シリーズ、単発長篇(スペシャルドラマ)が3作作られました。

実は父の阪東妻三郎も現代劇の代表作のひとつ、後の巨匠の木下恵介監督『破れ太鼓』(1949)で頑固おやじを演じています。映画やドラマ好きはやっていますが、見比べてみるとさらに面白い部分が発見できます。さらに『破れ太鼓』は『おやじ太鼓』として内容をモチーフにして東映映画で大活躍した名優の進藤英太郎主演で30分のテレビドラマが作られています。こちらも木下恵介が製作などで関与していますが良いドラマでした。



田村正和風な頑固親父を語る上で価値がある比較作品群




映画『破れ太鼓』       1949年 阪東妻三郎 松竹
テレビドラマ『おやじ太鼓』  1968~1969年 進藤英太郎 TBS系列
テレビドラマ『オヤジぃ。』   2000年 田村正和 TBS系列

*『破れ太鼓』は映画ですが一応のちへのドラマ要素があるので含めてみました。







『オヤジぃ。』のオヤジ登場 『オヤジぃ。』はこのオヤジがいなければ存在せず





木下惠介生誕100年 「破れ太鼓」 [DVD]
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*映画『破れ太鼓』1949年 阪東妻三郎 
阪妻と同時に写っているのはおそらくは森雅之と桂木洋子??でしょう。個人的な見解では小林トシ子ではないようです。


長男は、東宝で異色名役柄でひどい男や情けない男を演じて独特な印象を残した名優の森雅之、次男は木下惠介の弟であり、映画やドラマで数多くの名作の音楽を担当した日本を代表する大音楽家の木下忠司、三男は喜劇人であり俳優の大泉滉、長女役の小林トシ子と次女の桂木洋子は松竹の現代劇でヒロイン女優として1950年代を中心に活動、同じ若手スターの佐田啓二や鶴田浩二(東映前の松竹時代)、高橋貞二などと共演しました。


木下忠司は映画400作以上の音楽を担当する世界記録を残しています。



少しそれますが、阪東妻三郎は言うまでも無く数多くの実積を残していますが、現存版などを含めて180作ほどの主演映画が存在しています。片岡千恵蔵にように多くの世界記録はありませんし、確認している限りではゼロですが、日本映画歴代ベスト10にランクインする主演映画記録を残しています。ちなみに片岡千恵蔵の主演映画数は現存版などを含めて350作を越しています。






トリは『オヤジぃ。』のオヤジではないオヤジの登場




木下恵介生誕100年 木下恵介アワー「おやじ太鼓」DVD-BOX<8枚組>
木下恵介生誕100年 木下恵介アワー「おやじ太鼓」DVD-BOX<8枚組>
*テレビドラマ『おやじ太鼓』  1968~1969年 進藤英太郎
進藤英太郎と同時に移りこんでいるのは母親役女優としても有名な風見章子です。彼女は多くのテレビドラマで母親役を演じ、印象を定着されました。



今回取り上げました映画『破れ太鼓』、テレビドラマ『おやじ太鼓』、テレビドラマ『オヤジぃ。』 の3つを比べてみると田村正和の『オヤジぃ。』に関しても面白さが倍増できるかと思います。





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【生涯無職映画監督伝説】無職を生涯貫く行き生き天国 森紅

*生涯無職映画監督伝説と書いていますが、リスペクトしていますw

映画240作の歴代大脚本家の八住利雄の知られざる扉を取り払う

*日本映画歴代3位と考えられる240作を越す映画の大脚本家はドラマへの影響も






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[ 2018/04/25 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

テレビドラマ界のシークレット厳守 東宝と東映の公武合体の証拠を紐解く



1960年代のテレビドラマに形成や確立にはライバル会社同士の交わりが存在していました。今回はその部分にもスポットを当てていこうと考えています。「テレビドラマ界のシークレット厳守 東宝と東映の公武合体の証拠を紐解く」スタートです。



前々回⇒【三船プロ秘録】金の種亡き父親にすがる息子 野武士に稲垣ドラマの全真相の3見出し目の「野武士とこの製作プロダクション 今も金の種の亡き父親にすがる息子の姿」の部分に関連した記事です。




五人の野武士』に秘められた東宝と東映の公武合体 その証拠を暴く





三船プロダクションが製作に関与したテレビ時代劇『五人の野武士』の監督は、東映の時代劇映画の黄金期に貢献した映像化の名手の萩原遼(A)内出好吉(B)が事実上のチーフ的役割を果たしている作品でした。この二人の参加担当話数は通算14回であり、二人だけで全26話の半分を越しています。萩原遼はもっとも重要な基礎となる1、2話などを担当し、内出好吉は最終回を含む10話を担当しました。さらに大映出身で東映やユニオン映画のテレビドラマに多く参加した西山正輝、東宝や三船プロ(配給は東宝)で助監督で東宝映画に参加した経験がある丸輝夫が中心で参加していました。全体は東映の印象です。



(A)萩原遼=特に戦後に活躍したほぼ娯楽時代劇映画の名匠の一人、名プログラムピクチャーでもあり、数多くのヒット作を量産した。特に映画俳優は片岡千恵蔵との16作、中村錦之助との19作、東千代之介と11作の名コンビで知られる。




さらに萩原遼に関しては長くなるのでコチラのウラブログ ↓  ↓
超豪華製作陣営 東宝関連のテレビドラマに東映の2名匠が困窮




(B)内出好吉=時代劇の大巨匠の伊藤大輔のヒット作『おぼろ駕籠』(1951)で助監督を経て、松竹で監督デビューするが大きな成果は挙げられず、数年で東映へ移籍、その後の上位から数番手扱いの映像化監督として定着


更なる内出好吉に関してウラブログ  ↓   ↓
超豪華製作陣営 東宝関連のテレビドラマに東映の2名匠が困窮




新諸国物語 「笛吹童子」 [DVD]
新諸国物語 「笛吹童子」 [DVD]
映画監督やテレビドラマ監督の萩原遼は上記の『新諸国物語 笛吹童子』3部作(映画)も代表作です。



金正日 隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く (文春文庫)
金正日 隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く (文春文庫)
この↑の萩原遼とは別人です。この人は映画監督やテレビドラマ監督のではなく作家であり、同姓同名なだけです。




五人の野武士』 脚本の全体は東宝関連





脚本も全体は東宝関連でした。1950年代の東宝映画の最大の黄金期を支えた大脚本家の笠原良三(C)が1,2話を含む、3回を担当、東宝を中心に東映でも活躍した娯楽脚本家の松浦健郎(D)が最終話を含んだ4話、今回全体で取り上げている藤木弓(稲垣浩の脚本家の名義)が3回、さらに名映画監督の岡本喜八、大脚本家の八住利雄(E)も東宝で活動した人物です。脚本牡中心は完全に東宝メンバーで彩られています。



(C)笠原良三=「社長シリーズ」、「サザエさんシリーズ」、「大番シリーズ」、映画版「お父さんはお人好しシリーズ」など多数のシリーズ代表作、東宝の戦後の娯楽路線の映画黄金期を支えた大脚本家、1950年代中盤から1960年代にかけての東宝の東映に次ぐ全体の2位に大きく貢献 大ヒットよりはスマッシュヒットが多く、脚本数は日本映画の長編映画で歴代2位の260作ほど、現在でも知る人は知る人物です。長編映画の脚本数で世界歴代1位は時代劇映画のトップ脚本家の八尋不二です。

*「お父さんはお人好し」はラジオが爆発的にヒットしたことで有名であり、ラジオの大ヒットを受けて、映画化されました。



(D)松浦健郎=日本映画黄金期の1950年代から1960年代を中心に東宝、東映、日活を中心に名作、大ヒット作を現代劇と時代劇を問わずに多く手掛け、短期間に大活躍した娯楽脚本家の大名手です。通産映画脚本数150強。

松浦健郎は、片岡千恵蔵の『無法街の野郎ども』や『ギャング忠臣蔵』などの通称「千恵蔵のギャングシリーズ」、『地獄の底までつき合うぜ』の「千恵蔵のギャングシリーズ」の内部編ともいえる「地獄シリーズ」、「千恵蔵の遠山の金さんシリーズ」の『さいころ奉行』、鶴田浩二の『弥太郎笠 前後篇』や『ハワイの夜』、マキノ雅弘監督の東宝の「次郎長三国志シリーズ」の1~7作目、稲垣浩監督の『佐々木小次郎』の3部作と『佐々木小次郎(総集編)』、石原裕次郎の『風速40米』、『天下を取る』、『喧嘩太郎』、高倉健の初期の代表的「大学の石松シリーズ」、三船敏郎の『新選組(1969)』が主な代表作です。


松浦健郎の名前は当時の大活躍ほど現代に知られていないため、今回は多めに取り上げました。


新選組[東宝DVD名作セレクション]
新選組[東宝DVD名作セレクション]
豪華キャストか集結した三船敏郎の『新選組(1969)』。監督の沢島忠はとある大俳優などの起用などを巡って東映と揉めて飛び出したとも言われますが、本人は東映のレジェンドトークという番組でこのことを否定していました。どちらにしても東映をフリーとなり、東宝で監督したことは事実です。その沢島忠監督は2018年に入って91歳で永眠されました。また沢島忠に関してもどこかで取り上げたいと思います。




東宝歴代トップの大脚本家の八住利雄 文芸映画と娯楽映画の無双の活躍





(E)八住利雄=映画脚本数通産240強、東宝の1930年代の初期から戦後の1960年代前半までの最大の黄金期にかけて大活躍、戦後は笠原良三とともに東宝の2大脚本家として知られる。


*(E)は見出し「『五人の野武士』 脚本の全体は東宝関連」の部分からです。



さらに続きはキーワードが多すぎるため続きはこちらへ移動公開
   ↓   ↓ 4月5日公開
映画240作の歴代大脚本家の八住利雄の知られざる扉を取り払う



五人の野武士』の監督と脚本家たちは現代では考えられない俳優以上に豪華メンバー






五人の野武士』の監督と脚本家たちは現代では考えられないレベルの実積の持ち主たちでであり、俳優以上に豪華メンバーが揃ったことがわかります。


『五人の野武士』の豪華監督と脚本家たち
監督 萩原遼、内出好吉
脚本 笠原良三松浦健郎、藤木弓(巨匠・稲垣浩の脚本家の名義)、岡本喜八、八住利雄


俳優と脚本家は東宝が中心、監督は東映の印象が強く、東宝強めの共同制作のような印象を残します。『五人の野武士』は貧しい人々を描いたあらくれものたちにスポットを当てたテレビ時代劇でもあり、映画『七人の侍』(黒澤明)のデフォルメや映画『戦国無頼』、『戦国群盗伝』(両方とも監督は稲垣浩)などの要素を感じさせてくれます。聞こえが悪いですが三船プロによる真似の要素もあります。この辺の作品からヒントを得たことでしょう。稲垣浩が脚本で『五人の野武士』に参加したのは以前の自分の監督作品の要素が存在しているからかもしれません。


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取り上げているドラマがあまり商品化されていないので、多くは映画関連になってしまうのは致し方ないとして、最後はテレビドラマ『五人の野武士』です。これでようやく結び目が締まりました。



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[ 2018/03/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

【パクリ疑惑】隠れた秀作『剣と風と子守唄』と有名作『子連れ狼』の交差点


【パクリ疑惑】隠れた秀作『剣と風と子守唄』と有名作『子連れ狼』の交差点と題して今回は展開していきます。どんな作品でも影響はある、それが真似になるのかの判断もさまざまです。テレビドラマに関してはどこからどの範囲からがパクリ含まれるのでしょうか。




ナンバーワンが『剣と風と子守唄』で『大忠臣蔵(1971)』じゃないワケ




チワワドラとしては三船敏郎のドラマの中では『剣と風と子守唄』が一番かもしれません。『大忠臣蔵(1971)』は豪華キャスト、内容的にも部分的には良いのですが、話数ごとの良し悪しのムラが激しい、無駄な話数も多いと感じてしまい、バランスの悪さも評価できず、個人的にはトップには挙げられません。ちなみに『大忠臣蔵(1971)』は民放初の大河形式のテレビドラマではありません。とある再放送をしていたBSの放送局が嘘をついていて衝撃を受けました。ドラマのことを理解できていない方々なのでしょう。

ちなみに『大忠臣蔵』は戦後の松竹時代劇映画のトップ巨匠の大曾根辰夫により、1957年の松竹映画のオールスターなどの同タイトルが作られており、『大忠臣蔵(1957)』、『大忠臣蔵(1971)』のように年数で区別化しています。


*大曾根辰夫(別名は大曾根辰保)は、1934~1962にかけて、100作近い映画を監督し、特に戦後は多額な制作費を投じた松竹の時代劇映画で多くのオールスター映画を監督したことでも知られています。




  ↓  映画のことが多いので別リンク  ↓
【映画残念物語】テレビが無視する松竹時代劇映画の巨匠たちの秘め蜜をつっつけ
・現在ではきちんとメディアが伝えていないため、忘れさられた時代劇映画の巨匠・大曾根辰夫が登場






剣と風と子守唄』と『子連れ狼』それから『長崎犯科帳』の奇跡のトリプル




剣と風と子守唄』は三船プロの製作のテレビドラマの中ではどちらかといえば知名度は低めなワケですが、三船敏郎の映画時代のライバルであり、東映映画の大スター萬屋錦之介のテレビドラマの最大の代表作とされることが多い『子連れ狼』の影響を受けた子役をレギュラーで登場させる設定も印象に残ります。萬屋錦之介というと『子連れ狼』のほうが作品全体としては優れているとは考えていますが、俳優としては1976『長崎犯科帳』のほうが萬屋錦之介の明朗さや活発さ、時々見せる異常な凄みのギャップなど、個性と魅力が十分に出ている気がして好きだったりします。


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【パクリ疑惑】隠れた秀作『剣と風と子守唄』と有名作『子連れ狼』の交差点





<両作の放送順>
・『子連れ狼』 テレビドラマの最初の萬屋錦之介版は1973年から1976年まで全3シリーズに分けて放送
・『剣と風と子守唄』 1975年に放送


『子連れ狼』は男の子でしたが、『剣と風と子守唄』は女の子、1970年代に子役で輝いた斉藤こずえを起用、子供のことは大切に考えながらも自分の生き方を模索する男性的な無骨で無口、破天荒な父親と、幼いながら健気に父親を一番に気遣う少女とのギャップの引き立ても魅力の一つでした。『子連れ狼』は父と子が一緒なことが全体的に多いですが、『剣と風と子守唄』はバラバラに旅をしていることも多いのが特徴でもあり、中村敦夫の演じる三船敏郎のお庭番時代の元部下が事実上の子守りをしているのも特徴的です。

三船敏郎の公儀を裏切って旅を続ける姿勢に疑問を持ちながらも、共感を持って付いて行く、矛盾のある互いの関係もありました。
また、毎話のように三船敏郎の父と子が再会することも特徴です。


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このドラマ『人魚亭異聞 無法街の素浪人』も昔視聴しています。いわゆる三船敏郎の主演のテレビドラマの代表作といわれる『荒野の素浪人』からスタートした「素浪人シリーズ」に含まれる一つです。西部劇要素を取り入れ、主人公と張り合いながらも協力することが多い拳銃を使うガンマンの若林豪とヒロイン的存在の踊り子の小川真由美、喜劇演技を求められた大村崑などが出演。チワワドラは10年ほど前にCS放送で全話視聴しています。



『剣と風と子守唄』の3名優の共演 三船敏郎と伊藤雄之助沢村貞子






『剣と風と子守唄』のゲストでは三船敏郎の映画時代に共演の多く、怪優ともいわれる個性的な演技を追求した伊藤雄之助と歴代助演女優の代表作の沢村貞子が夫婦役で出演していた話数は特に印象の残ります。三船敏郎と伊藤雄之助沢村貞子の3名優の共演シーンは映像は迫力の厚みがありました。

他のテレビドラマにも多くあることですが、内容が良いのみの話数は忘れてしまうことが多いですが、ゲストで覚えていることは多いものです。モノクロの『月影兵庫』や初期の『大岡越前』、第1~第2シリーズの『非情のライセンス』の初期も印象に残るゲストで覚えていることがあります。(第3は大きなゲストはいない)



『剣と風と子守唄』の最終回のゲストの志村喬はそれまでも登場していますが、セミレギュラーほどの登場回数ではなく、ゲストと考えて良いと思います。この志村喬は三船敏郎の”元上司と元部下の関係”であり、現在は対立関係の”命を狙われる側と狙う側”設定も印象の残る部分です。この志村喬と三船敏郎の共演というのは映画時代でも多く共演している盟友同士でもあり、東宝映画の先輩と後輩、それも回想しながらこの『剣と風と子守唄』の互いが視聴できます。



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『剣と風と子守唄』はCSで何度か再放送され、チワワドラはDVDに全話数を録画しています。残安ながら商品化されていないようです。ですが、小林亜星・TVサントラ・アンソロジーで聴くことができ、雰囲気をすることが可能です。



今回の裏通り⇒『剣と風と子守唄』と『子連れ狼』を彩るハードボイルドと純真さの大ギャップ




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[ 2018/02/28 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

【三船プロ秘録】金の種亡き父親にすがる息子 野武士に稲垣ドラマの全真相



ようやく、テレビドラマに関して取り上げることができますが、稲垣浩は藤木弓名義でテレビドラマに参加していました。それは戦後の三船敏郎との縁が招いたテレビドラマの関与でした。




大河ドラマの『西郷どん』(せごどん)がスタートしました。チワワドラマとりあえずは視聴しました。
詳しくは裏側で⇒大河ドラマの『西郷どん』に稲垣浩が貢献していた真実



前回記事⇒稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群




大巨匠のテレビドラマ参加の履歴をまさぐる




・主な稲垣浩のテレビドラマ参加の履歴

・ドラマタイトル  (放送期間と話数の範囲)        主演               
    *稲垣浩の作品への関わり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・桃太郎侍(1967~1968 2クール範囲)          尾上菊之助(現在の尾上菊五郎)  
   *稲垣浩で監修と藤木弓の名義で脚本
・昔三九郎(1968、1クール強)                林与一   
   *稲垣浩で監修と藤木弓の名義で原作と脚本、主題歌の作詞 
五人の野武士(1968~1969 2クール)           宝田明など複数 
   *稲垣浩で監修と藤木弓の名義で脚本
・長谷川伸シリーズの旅の風来坊(1972 全体は2クール)    片岡千恵蔵 
   *稲垣浩は監督、藤木弓の名義で脚本
・旗本退屈男(1973~1974 2クール)            市川右太衛門  
   *稲垣浩は監督2回で参加
女・その愛のシリーズの滝の白糸(1973 全体は2クール)  岡田茉莉子、田村 正和 
   *稲垣浩は監督のみ



*桃太郎侍、昔三九郎、五人の野武士は東宝の関係者が製作側、俳優などを含めて多く参加
*東宝の製作協力は昔三九郎と五人の野武士
三船プロ製作は桃太郎侍、昔三九郎、五人の野武士の3作です。
*東映の制作は長谷川伸シリーズの旅の風来坊、旗本退屈男、女 その愛のシリーズの滝の白糸
*長谷川伸シリーズは全30話のオムニバス時代劇、股旅もの
女・その愛のシリーズは全26話で13エピソードの前後編、文学時代もの
女・その愛のシリーズの滝の白糸は名脚本家の依田義賢とのコンビ


上記の通り、稲垣浩は監修と監督の参加、藤木弓の名義で脚本と原作の参加で6つのテレビドラマに関りました。桃太郎侍、昔三九郎、五人の野武士の3作で稲垣浩の名義で監修、藤木弓の名義で脚本3つの中では昔三九郎のみで原作
長谷川伸シリーズの旅の風来坊に稲垣浩名義で監督と藤木弓の名義で脚本、旗本退屈男(1973)と女・その愛のシリーズの滝の白糸で稲垣浩名義の』2度の監督参加を果たしました。


チワワドラの個人情報ですが、『桃太郎侍』、『五人の野武士』、『長谷川伸シリーズ』、『旗本退屈男』、『女・その愛のシリーズ』は再放送されており、視聴と録画済です。ドラマは現存しています。『昔三九郎』は放送され、見た記憶が薄々ありますが録画できていません。そこは残念な限りです。



映画チラシ 大殺陣 イメージフォーラム 夢野京太郎・監督 マキノ雅弘・稲垣浩・監修

斬新な「大殺陣 にっぽん剣優列伝」のポスターです。マキノ雅弘と稲垣浩の時代劇2大巨匠による共同監修とあります。いわゆる独立プロによる映画ということがいえそうです。ナレーションは西村晃とあります。戦前の数多くの映画の時代劇俳優の場面場面をまとめたものだと確認できます。

併映は戦前の時代劇映画で活躍した名脚本家・山上伊太郎の名前が確認できます。







関与した黄金期はオムニバスのドラマが充実





この頃のテレビドラマは今以上に多彩で幅の広さがありました。オムニバスドラマが充実していたからです。今はスポンサーに左右される部分が強く規制が強しぎてしまい面白みや幅の広さに欠けています。

現代のオムニバスドラマが時代劇と現代劇を含めてほとんど存在していない状況です。なのでテレビドラマ黄金期にオムニバス方式のドラマが数多く作られていたことさえ知らないドラマ視聴者が存在しています。そのことを知っていただく、または再認識していただくためにもこの部分を少し取り上げました。



ほとんどが連続方式と設定を維持する1話完結方式のばかりなので視聴者が飽きてしまいます。稲垣浩は『長谷川伸シリーズ』と『女 その愛のシリーズ』に数回のみですが参加していました。『長谷川伸シリーズ』の旅の風来坊は日本映画の総明記と黄金期を牽引した大スターで、盟友の片岡千恵蔵と稲垣浩の映画時代から続く、映像作品の最後のコンビ作品としても知られています。映画で50作以上の名コンビの最後はテレビドラマです。



稲垣浩が片岡千恵蔵の映画会社千恵プロで監督デビューしてから1928年からこの『長谷川伸シリーズ』の旅の風来坊の1973年まで約46年間の縁がありました。1970年代前半は現在のように高齢化が進んでいない時期であり、当時ではもっとも長いコンビ、互いの大きな功績の一つです。このこともきちんと伝えるべきことです。




監督と俳優―三船プロ、石原プロ、東映で五百本の作品を監督!宮越澄直筆のドラマツルギー
宮越澄、なつかしい名前です。チワワドラらもこれを見つけるまではこの人の存在を忘れていました。この人は参加本数は多いですが、作品への機能としてあまり印象に残らない人物だからです。何故ならチーフの役割はほとんどありません。重要な話数の担当は少なく、主な参加作、事実上の代表作は『大江戸捜査網』や『西部警察』シリーズ、『特捜最前線』、『はぐれ刑事純情派』が主です。


何故この人をここで登場させたのか、三船プロが『大江戸捜査網』に製作で関与していたときに宮越澄はドラマ監督で参加しているためです。ですが、稲垣浩がテレビドラマで関わった三船敏郎と関りはありますが、稲垣浩とは大きなつながりはないようです。






野武士とこの製作プロダクション 今も金の種の亡き父親にすがる息子の姿







稲垣浩がテレビドラマに参加した主な6作の中でも『五人の野武士』は少し異色度が高めであり、五人の野武士は話数に応じてメインキャストや主演が変わることがあるテレビ時代劇でした。三船プロのテレビ時代劇は本数の割にはあまり成功しませんでした。テレビや映画製作に行き詰まって倒産しています。

最近になって息子の三船史郎が仕事を求めて、父親の力を借りようと再び三船プロをスタートさせました。三船史郎は言うまでも無いですが俳優でぜんぜん成功できませんでした。






俳優は東宝の宝田明が中心としての主役でしたが、時々は三船敏郎が登場して主演の役割を悪く言ってしまうと奪ってしまうのです。彼の映像制作会社の三船プロが五人の野武士の製作に関与しているため、仕方ないことでしょう。三船敏郎は1話と最終話を含む重要な話数に登場しています。



東宝映画の中心俳優は宝田明、三船敏郎のほかにも東宝映画の脇役俳優として知られる人見明や堺左千夫もメインで出演しています。メインキャストでいうと中山仁は松竹関連の俳優でしたが、全体的なメインは東宝系でした。各話のゲストは松竹、東映、東宝やそれ以外など比較的にバラバラです。





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『五人の野武士』なので影は5人のはずですが、なぜ上記には7人のものを選んだのでしょうか。やはり映画の影響があるといいたいのでしょうか。そんなパッケージです。




テレビが無視 ウラの裏に迫る⇒戦後の稲垣浩と黒澤明の東宝のみの時代劇の監督数と電通の優遇証拠




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[ 2018/01/27 00:03 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群



今回は「稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群」と題して進んでいきます。

前回の裏通りで「テレビドラマに4大巨匠と1名匠の超豪華布陣が集結 『旗本退屈男(1973)』の謎」を公開しました。この関連を今回は掘り下げて取り上げていきます。もちろんドラマブログなので、テレビドラマに関連した部分も登場させる予定です。


前回記事⇒【2大衛門劇場】中村吉右衛門と市川右太衛門のターニングポイントドラマに肉迫




比較的に簡単に説明できる履歴の時点であまりたいしたことない人物





テレビドラマ『旗本退屈男(1973)』は2クールのつまり、半年間放送されたドラマとしては異例ともいえる豪華な監督陣でした。その証拠の一端をお届けいたします。


稲垣浩と渡辺邦男、佐々木康は実積が数多くある巨匠なのでおおまかな部分が中心になります。テレビなどは一分の人間だけを優遇するやり方が中心で、きちんと取り上げないので名前さえも知らない方がいるかと思います。ですが、テレビなどが優遇している人間よりも実積が上回る部分が数多く存在しています。


最初は稲垣浩です。彼と渡辺邦男がこの監督陣の中ではもっとも説明が困難な巨匠です。困難なことは基本的に実積が数多くあることを意味している場合が多いですし、俳優はこのブログでも常連の片岡千恵蔵や月形龍之介は多彩に数多くで実積があるため大変に困難です。それだけ現代への影響や貢献も最上級です。比較的に簡単に説明でき履歴の時点でそれほどたいした人物ではありません。これはどの分野でもある程度は通じています。


映画ポスター 監修:稲垣浩「大殺陣!大会」
映画ポスター 監修:稲垣浩「大殺陣!大会」

映画の上映のポスター。昭和51年6月21日(土)の渋谷公会堂とあり、昭和51は西暦で1976年です。さらに「キネマと舞台構成による 堂々六時間」と書かれており、これは映画と実演の殺陣を舞台上で披露したと考えられます。映画ポスターの監修が当時まだ存命だった稲垣浩だと残されており、色々と貴重な品です。




稲垣浩の映画界やテレビドラマ界 芸能界 現代への大きな貢献





・稲垣浩 13、15話  『旗本退屈男(1973)』の担当話数
時代劇4大巨匠に数えられ、時代劇の父の伊藤大輔に次ぐレベルで、時代劇や時代劇映画の形成に大きく貢献。通産の代表数では伊藤大輔を上回る。戦前から数十の代表作や後世への多大な影響力、1920年代後半から1930年代にかけて、主演330作以上の超大スター片岡千恵蔵と戦後の映画やテレビの娯楽時代劇や東映時代劇の基本となる”明朗時代劇の形成と牽引”、その後も多くの有名題材(宮本武蔵など)や股旅映画でも大成功。


片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ(*1)を日本のアート監督=映画作家の草分けの巨匠の伊丹万作と共に映画スター会社のトップの大成功に導く、戦前の日本映画界に旋風を起こし、当時の映画の最大の評価の一つ、数多くのベストテン賞に千恵プロ作品のみで20作近くがランクイン(*2)、通産の千恵蔵との名コンビは主に30作の代表作とコンビ数は現存版を含めれば50作近くに及びます。



(*1)千恵プロ=片岡千恵蔵プロダクション=映画スター片岡千恵蔵の映画製作会社、伝説の映画会社、映画スターの映画会社として1920年代の終盤から1930年代にもっとも成功し、もっとも多くの代表作を残した。ライバルの阪東妻三郎や嵐寛寿郎、市川右太衛門などの映画会社の受賞数や評価においては少なくても圧倒しました。ですが、観客動員においては余り差がなかったことが考えられます。


(*2)現在の映画界でいうとこの数倍以上の映画賞の受賞数に該当します。


千恵プロ時代―片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント (映画読本)
千恵プロは大スターの片岡千恵蔵、伊丹万作、稲垣浩の3人ばかりはクローズアップされがちですが、時代劇映画を代表する大撮影者の石本秀雄の大ブレイクに導き、助監督で戦後に大活躍する名匠の佐伯清の発掘、長谷川一夫ともっともコンビを組んだ巨匠の衣笠貞之助の弟の衣笠十四三(きぬがさとしぞう)がデビュー、さらに千恵プロの映画製作などの数々の資金管理の役割の会計係を果たしたことなど、有名な曾我正史の存在も忘れてはなりません。千恵プロを主に影で支えていた人物です。




テレビドラマの製作にもつながるチームワークの形成と稲垣浩 そして正史





曾我正史(監督名義は振津嵐峡の読み=ふりつらんきょう、曾我は別字で曽我)は、千恵プロの伊丹万作や稲垣浩の代理監督や千恵プロの資金管理で大きく貢献した後、のちに日活の撮影所製作部長、大映京都撮影所の取締役所長などいくつかを経て、戦後にニッポンシネマコーポレーションの取締役会長などによる映画界に多くの貢献や発展に尽力しました。曾我正史の実積でもありますが、これも大人物の片岡千恵蔵がいなければ無かったことであり、彼の実積の一部にもなります。


千恵蔵はただの大映画スターではありませんでしたが、大河内傳次郎(別字で大河内伝次郎)は自分が会社を持つことがなく、自信なかったのか、才能がないと承知していたのか、タイミングを逃したのか、生涯自分の映画会社は持ちませんでした。
長谷川一夫は片岡千恵蔵などの影響を受けて戦後直後に自分の映画会社を作りましたが、成功できずに残念ながら失敗してしまいました。東宝も良い部分もあるのはあることはあるのですが、長谷川一夫が東宝の関係者だからでしょうか、マスコミはこれを都合良く無視します。今では映画会社の失敗事実が無かったことになっています。

しかし片岡千恵蔵は大成功、俳優だけではなく、リーダーやトップとしての才覚を持ち、千恵プロを真の伝説の映画会社に導きました。



曾我正史(監督名義は振津嵐峡)は千恵プロの伊丹万作や稲垣浩の代理の監督と書きましたが、伊丹万作や稲垣浩は体が強くなかったことでも有名です。なので片岡千恵蔵は二人の脚本や原作は使用しながら、映像化してくれる代理の監督を立てることがありました。体が弱い監督とわかりながらあえて自分の映画会社にこの二人を採用と起用し、しかもメイン監督として維持させたことも一つの驚異驚愕です。それだけこの二人の才能を買っていたし、人を見る能力にも優れていました。

あえて才能を秘めた毒を起用し、毒を上手く制することで他にはない花が開くわけです。1920年代の後半からこんなことができる人物は他にほぼ誰もいませんでした。当時ならなおさらですが、自分の大事な映画会社に体が弱い監督は才能があってもなかなか起用や採用は困難です。チワワドラは片岡千恵蔵の価値観にとらわれない所も高く評価しています。




稲垣浩のテレビドラマへの影響と超大スター片岡千恵蔵の存在の大きな貢献の一つ





鴛鴦旅日記 [DVD]
上記写真の片岡千恵蔵 時代劇に合うほんと良い表情をしています。


この『鴛鴦旅日記』(1929)も稲垣浩と片岡千恵蔵の現存版含むと50作を越す、日本映画で歴代上位の名コンビの数多い代表作の一つと考えられています。『鴛鴦旅日記』は残念ながら部分的に場面が欠落しているため、オリジナル版ではありません。オリジナルと現存版の2作があります。

鴛鴦旅日記』は大当たりした時代劇のジャンルの股旅時代劇映画です。男女の恋愛要素と千恵蔵の大きな魅力である明朗要素、さらに股旅要素を散りばめています。今でいうとアニメに近い部分もこの頃の時代劇映画の魅力です。

稲垣浩と片岡千恵蔵はこの股旅時代劇映画の形成の大きな貢献とその黄金期を支え、、戦後は映画界全体の数多くのスターの後輩による股旅時代劇映画、さらにのちの股旅要素のテレビ時代劇にも大きな影響を与えました。


なんとなく承知していましたが、大巨匠の稲垣浩の大まかなすごさでさえ、一記事では取り上げられませんでした。さらに最後はちょっと反れてしまいましたが、こうした千恵プロの脅威のチームワークものちのテレビ時代劇やテレビドラマのお手本になっていたことも事実なので取り上げてみました。映画は自主なら一人で作れても、基本のテレビドラマは一人では作れないからです。




この続き↓ まさかのあのハンフリー・ボガート、早川雪洲、三船敏郎の有名俳優の夢の共演のその真相は↓
稲垣浩パート2 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群


映画愛子の愛ある新ブログが始動 一直線女子の映画向上会↓ ↓
あの森繁久彌も片岡千恵蔵を大きく下回る現実を暴露投下 
                       最初はやはり歴代№1映像俳優千恵蔵なのか?


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[ 2017/12/29 00:02 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

【2大衛門劇場】中村吉右衛門と市川右太衛門のターニングポイントドラマに肉迫






【2大衛門劇場】中村吉右衛門市川右太衛門のターニングポイントドラマに肉迫と題して展開させていただきます。


前回記事の【大進撃】映画界の天皇 渡辺邦男が参加した主なテレビドラマたちを公開に登場した中村吉右衛門(2代目、2017年時点で存命)が主演したテレビドラマ『右門捕物帖(1969)』と、戦前と戦後で活躍した長期の映画スター市川右太衛門が主演したテレビドラマ『旗本退屈男(1973)』(映画で戦前と戦後を通じて30作に主演した旗本退屈男シリーズのテレビ版)は現在も全話が残されていますし、ファミリー劇場や時代劇専門チャンネルなどのCS放送で何度か再放送されています。



中村~門と市川~門の2大衛門劇場






中村吉右衛門のテレビドラマにおける活動に流れ




テレビドラマの当たり役の鬼平犯科帳の長谷川平蔵などを演じた中村吉右衛門(2代目)は、連続のテレビドラマ時代劇の主演はこの『右門捕物帖(1969)』が確認できる限りでは最初です。


中村萬之助の名義時代の1956年からテレビドラマに出演していますが、父の初代・鬼平犯科帳の長谷川平蔵を演じた父の松本幸四郎(最晩年の1981年に初代の松本白鸚を襲名、歌舞伎の名優、松竹映画でオールスターものに多く出演、長谷川平蔵を当たり役としてテレビドラマでも活躍)や2017時点で存命の実兄の現在の松本幸四郎(テレビドラマで多数の共演あった1950年代の中村萬之助の名義時代は市川染五郎の名義)との共演が多くありました。


その多くは単発の時代劇や現代劇のテレビドラマでした。この時期が1960年代の後半まで続いていきます。その後、中村吉右衛門は現代劇の代表作の『ながい坂』(全20話、1969年3月から7月にかけて放送)に主演して、続いて主演したのが『右門捕物帖(1969)』でした。


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中村吉右衛門のテレビドラマ『右門捕物帖(1969)』と映画の嵐寛寿郎版シリーズの流れ


右門捕物帖(1969)』の元となる映画「右門捕物帖シリーズ」は1930年代から1950年代にかけて製作され、戦前は評論家に支持を受けた作品がいくつか作られました。のちに数多く作られる捕物ジャンルの時代劇の源流ともいわれる右門捕物帖映画の大きくは嵐寛寿郎からの映像化の歴史があり、嵐寛寿郎の「右門捕物帖シリーズ」は「鞍馬天狗シリーズ」に次ぐ自身の最大の当たり役の一つでした。この流れや影響を大きく受けたのが中村吉右衛門の『右門捕物帖(1969)』となります。


ドラは数多くの俳優バージョンの右門捕物帖を視聴していますが、基本的には主人公の近藤右門が無口だが正義感に熱く、信頼できる上司、個性的なライバルの同心や配下などと、十手と柔術を駆使して犯人を追い詰めるシンプルだが奥が深い作品が右門捕物帖でした。


『右門捕物帖(1969)』はCS放送で2000年代前半に放送されていましたが、そのときは現存する映像を尊重した標準画質でしたが、2010年代にハイビジョンマスター化の作業が行われました。下記部分の『旗本退屈男(1973)』と同様にハイビジョン画質版が放送され、ドラは録画、標準画質を中心に視聴しています。歌舞伎や時代劇のテレビドラマの名優、中村吉右衛門に関してもいずれ機会があれば詳しく迫れたらと感じています。


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残念ながら中村吉右衛門版は商品化されていません。これは杉良太郎版の右門捕物帖(1974~1975年の東映製作版)です。

杉良太郎版の第2シリーズがテレビ番組制作会社のユニオン映画と杉良太郎の制作会社・杉友プロダクションなどにより、1982~1983年に作られましたが、ドラは東映版のほうが圧倒的に好きです。主演は同様の杉良太郎でも、やはり時代劇の名門の東映の制作が娯楽、演技の型、バランス、システム、テンポ、音楽など総合的に群を抜いて上手かったです。いくら俳優が魅力が高くあってもある程度は周囲の制作のレベルは大切だと痛感させられました。




右太衛門と映画「旗本~」とテレビドラマ『旗本~(1973)』





旗本退屈男は映画とテレビドラマの基本は同様であり、旗本の主人公の早乙女主水之介が周囲のさまざまな個性の人々と協力して、闇にはびこる悪を成敗する明朗快活な雰囲気と誰でも理解できるあらすじで、視聴者の教養の有無に関係なく、子供からお年寄りまで世代を問わずに誰でも理解できる時代劇映画として人気を博しました。


旗本退屈男の映画の観客動員は戦後の東映中心シリーズだけでも最低2000万人以上、1度の年間観客動員ベスト10入りを果たし、個人的には3000万人ほどは記録していた可能性を指摘しておきます。実は当時の日本映画の観客動員はベスト10ももちろん重要ですが、ベスト10以下も大変に重要です。何故なら今よりも何倍も観客を動員している時代ですから、500万人級の大ヒットを記録してもベスト10にランクインしない時代が、7年連続8億人のときを最大黄金期でした。





市川右太衛門の映画出演300作記念として作られたシリーズ23作目の『旗本退屈男(1958)』の映画版、東映の映画黄金期を形成に導き、支えた左下に片岡千恵蔵、右下に市川右太衛門の両御大の顔が見られます。



裏通りはさらに深く深く掘り進めたい
      ↓     ↓
『旗本退屈男(1973)』 連続テレビドラマ史希少の4巨匠1名匠の豪華布陣集結




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[ 2017/11/28 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

天皇の渡辺邦男と松本常保 映画とドラマと 時代と運命と



今回は”天皇の渡辺邦男松本常保 映画とドラマと 時代と運命と”と題して展開していきます。テレビドラマ中心の映像制作会社の日本電波映画はその後、衰退の道をたどります。

関連の前回記事⇒【テレビドラマ貢献】松本常保と映画の通産42作とテレビドラマ22作の謎






天皇の渡辺と松本 映画とドラマと 時代と運命と




映画の製作者時代から渡辺邦男と縁があった松本常保は映画の『明治天皇と日露大戦争』をテレビドラマとして再映像化した『明治天皇』を映画と同様に多額の費用で製作し、これに苦しんだといわれています。1966年の第1期はテレビ映画として製作していましたが、第2期は当時のNHKや他の放送局が製作していたドラマのように比較的に予算が安く済むVTR撮影で製作するという路線変更を余儀なくされましたが、最終的に折り合わず打ち切られました。

時間をさかのぼりますが、渡辺邦男はテレビがあまり普及していない頃の1955年に『エノケン ホームラン王』というテレビドラマの単発作品の監督をしていますが、このときは本格的なテレビドラマの参加はそませんでした。本格的な参加は1963年の松本常保の日本電波映画のテレビドラマまで待つことになります。



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1948年に公開された新東宝とエノケンプロの制作による 『エノケンのホームラン王』は大喜劇人&映画スター榎本健一の商品化されたエノケン×渡辺邦男(監督)の名コンビの代表作の一つであり、サトウハチローが原作です。1955年に放送されたテレビドラマの『エノケン ホームラン王』もこの映画の 『エノケンのホームラン王』のリメイクの可能性が疑われます。







両雄のテレビドラマのために避けては通れない”映画の功績”





渡辺邦男松本常保はテレビドラマで関わりを持つ前の映画時代から縁がありました。そうです。渡辺邦男と松本常保の関係に迫る前に渡辺邦男の映画の大まかな功績に光を当てることが大切だと考えています。テレビドラマのブログですが、彼の映画の功績を取上げることでいかに功績がある人物がテレビドラマに挑戦したのかを少しでも知っていただくためです。

渡辺邦男はテレビドラマに進出する前には、娯楽映画の巨匠スター映画の巨匠早撮りの巨匠オールスター監督映画界の天皇などの異名を持っていました。当時、これだけの異名を持つ映画監督は彼だけでした。

渡辺邦男は日活映画の池田富保(戦前の最多オールスター監督数、娯楽時代劇の巨匠)の助監督を6作以上勤め、1928年に監督デビューし、通産で約230作、現存の縮濃版などを含めると240作ほどの映画作品を監督しました。しかもそのほとんどが長編映画です。


アメリカの映画監督はショートムービー(アメリカのサイレント時代に多い)を含めれば200作は何名か存在していますが、長編だけでは存在していません。代表作はいくつかの理由から東映のナンバーワン監督としても知られる松田定次とほぼ近い100作、またはそれ以上の本数が存在しています。

松田定次については以前の記事にも書いています。
テレビドラマの松田定次、海江田譲二、松山容子 豪華3競演録実現など

いずれは映画ブログの方で機会を設けて大々的に取上げたいと思いますが、松田定次と渡辺邦男の大きな違いの一つは戦前の代表作は渡辺邦男の方が多いところも挙げられるでしょう。また、小規模オールスターの本数は渡辺邦男の本数が上です。例えばオールスター映画は大と小があるという捉え方をすると大規模は松田定次といえますが、小規模のオールスター映画は渡辺邦男が世界で歴代でトップの本数を監督しています。さらにテレビドラマでも200本(作数ではない)以上の監督をこなした大人物です。



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上記は現存題『忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜』、公開時は『赤垣源蔵』の説も有り。渡辺邦男の師匠の池田富保は尾上松之助や山本嘉一、阪東妻三郎や片岡千恵蔵、大河内傳次郎(左から映画デビュー順)の歴代大スターが出演した日活映画を二桁10作以上も残しており、5大スターだけでも50作以上にのぼります。これも池田富保の功績を語る上で大きな実積の一つです。





渡辺邦男 公開順の戦前から戦後の主な代表作





渡辺邦男の戦前の主な代表的作品群(表ブログバージョン)

『さくら音頭(日活版)』  五月潤子、市川春代、夏川大二郎  現代劇 マキノ正博と共同監督  大ヒットと記録有
「丹下左膳」4作(1933~1938)  大河内傳次郎  時代劇  日活オールスターは内1作
『検事とその妹』(1937)  岡譲二と原節子 現代劇
『源九郎義経』(1937)  長谷川一夫(源義経)と大河内傳次郎(武蔵坊弁慶) 時代劇
「白蘭の歌」前後篇(1939)  長谷川一夫  現代劇 東宝オールスター2部作 大ヒットと記録有
5  9(前後や他含む)
「熱砂の誓ひ」前後篇(1940)  長谷川一夫、李香蘭  現代劇
6 10

渡辺邦男の戦後の主な代表的作品群

『麗人』(1946) 原節子  現代劇
「誰か夢なき」前後篇(1947)  藤田進  現代劇 大ヒットと記録有
エノケンのホームラン王』(1948)  榎本健一  現代劇
『向う三軒両隣り 白百合の巻』(1948)   柳家金語楼  現代劇 向う三軒両隣りの1作目
10  15
『続向う三軒両隣り スタコラ人生の巻』(1948) 柳家金語楼  現代劇 向う三軒両隣りの2作目
『いれずみ判官 桜花乱舞の巻』(1950)  片岡千恵蔵   時代劇 遠山の金さん1作目 東横オールスター
『いれずみ判官 落花対決の巻』(1950)  片岡千恵蔵   時代劇 遠山の金さん2作目 東横オールスター
『水戸黄門漫遊記 第一部 地獄の豪賊』(1952)  市川右太衛門 時代劇 東映オールスター
『水戸黄門漫遊記 第二部 伏魔殿の妖賊』(1952)  市川右太衛門 時代劇 東映オールスター
15  20
『飛びっちょ判官』(1952)  片岡千恵蔵 時代劇 遠山の金さん5作目  東映オールスター
『大菩薩峠』3部作(1953)  片岡千恵蔵 時代劇 東映オールスター3部作
『犬神家の謎 悪魔は踊る』(1954)   片岡千恵蔵 現代劇  片岡千恵蔵の金田一耕助5作目 東映オールスター *1
『はりきり社長』(1956)   森繁久彌  現代劇 森繁久彌の社長シリーズ3作目
明治天皇と日露大戦争』(1957)   嵐寛寿郎 時代劇 新東宝大オールスター 超大ヒットと記録有
20  27
『ひばりの三役 競艶雪之丞変化』前後篇(1957)  美空ひばり 時代劇 新東宝中心オールスター  大ヒットと記録有
『忠臣蔵(1958)』   長谷川一夫 時代劇  大映大オールスター 超大ヒットと記録有
『銭形平次捕物控 夜のえんま帖』(1961) 長谷川一夫  時代劇 銭形平次捕物控17作目
『水戸黄門海を渡る』(1961) 長谷川一夫  時代劇


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大手映像会社のKADOKAWA(大映映画の権利を持つ)は本当にハイスピードで商品化をしています。一方、東映はDVDの商品化があまり進んでいませんが大映作品は商品化が多い。渡辺邦男と長谷川一夫の10作を越す名コンビの晩年作『水戸黄門海を渡る』(1961)、この映画はもちろん豪華キャストですが、オールスターの判断はしていません。3大スター以外の出演俳優が弱めの作品だからです。


『ひばり民謡の旅 べらんめえ芸者佐渡へ行く』(1961)  美空ひばり  現代劇 べらんめえシリーズ7作目など *2
25  32
『べらんめえ芸者と大阪娘』 美空ひばり  現代劇 べらんめえシリーズ9作目など *3
『民謡の旅 桜島 おてもやん』 美空ひばり  現代劇 ひばりの民謡シリーズ3作目
『べらんめえ芸者と丁稚社長』(1963)  美空ひばり  現代劇  べらんめえシリーズ10作目 *4
『民謡の旅 秋田おばこ』(1963)   美空ひばり  現代劇  ひばりの民謡シリーズ4作目
『「明治の風雪」より 柔旋風』(1965) 倉丘伸太郎 現代劇
30  37



*1=片岡千恵蔵の金田一耕助5作目の『犬神家の謎 悪魔は踊る』は前後や総集編などを含めると10作目、再公開含めると13作目の説あり

*2=『ひばり民謡の旅 べらんめえ芸者佐渡へ行く』は、べらんめえ芸者シリーズ7作目、べらんめえ芸者シリーズ5作目、ひばりの民謡シリーズ1作目の3つに同時該当
*3=『べらんめえ芸者と大阪娘』は、べらんめえシリーズ9作目、べらんめえ芸者シリーズ6作目
*4=『べらんめえ芸者と丁稚社長』はべらんめえ芸者シリーズ10作目、べらんめえ芸者シリーズ7作目





上記の渡辺邦男の戦前から戦後にかけての作品群(表ブログバージョン)は厳選した代表的な部分のみを載せています。
下記のリンク先の裏ブログは他の映画タイトル(裏ブログバージョン)やこちらで公開できない要素も公開しています。

リンク⇒テレビドラマの形成に関与 大巨匠渡辺邦男の主な代表的作品群



後日談=今回は膨大な情報量のため映画が中心になってしまいましたが、これは必要なことだと考えて断行させていただきました。ドラマブログなのに申し訳ないところです。この流れはへ続く



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[ 2017/09/28 00:02 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

【テレビドラマ貢献】松本常保と映画の通産42作とテレビドラマ22作の謎


今回は路線を前の流れに戻して日本電波映画松本常保にスポットを当てて行こうと考えています。

その前の流れ部分⇒有頂天天国から烙印の生き地獄 そして出会った「えくらん社」の男以前に松本常保が登場した記事



テレビと映画で活躍した名製作者の存在





松本常保日本電波映画を創立して『琴姫七変化』や『姿三四郎』、『柔(1964)』などのテレビドラマのヒット作を多く世に送り出しました。ですが、その影には映画とテレビの両方向の活動が存在しています。今回はその部分を取上げていきます。


日本電波映画はテレビドラマ(テレビ映画)の制作を行っていましたが、映画の製作も行っていました。その配給は松竹でした。今回も映画のことが登場してしまいますが、松本常保はテレビドラマの関係者でもあると同時に映画の関係者であっても大きなつながりがあるものと考えています。

松本常保はテレビドラマと映画のどちらの方が活躍の比重があったのかは重要です。トータルではテレビ関係者と考えています。
それは大きな制作の代表作のほとんどがテレビドラマ側であることが挙げられるからです。






偉大な実積 映画の通産42作とテレビドラマ22作





映画の制作と企画の本数は確認できるのみで通産42作です。ドラマブログのため、映画に関することは府変えたいところですが、松本常保は1960年代を中心としてテレビドラマに大きく貢献した人物であり、名製作者(プロデューサー)です。


映画の製作者としての主な代表作は1948年『明日は日本晴れ』から1987年『舞妓物語』までの39年間にわたって製作や企画などで映画に携わっていました。テレビドラマは1960年から1974年の期間で22作強(未放映は含まない)を制作しました。



<松本常保の携わった映画とテレビドラマの製作本数と年数>
映画      42作 39年間 1948~1987  (日本電波映画の制作は6作)
テレビドラマ 22作 15年間 1960~1974 (日本電波映画と社名変更後の大和企画)

*大和企画は『白獅子仮面』、『藍は愛ゆえに』など



テレビドラマのうちの21作のうちの18作が1960~1966年の7年間に集中しています。その後の7年間で4作のみしか製作していません。この前期の7年18作以上から後期の7年3作にまで減少した理由として、このとき映画制作に力を入れていたこともテレビドラマが減少した理由だと考えられます。つまり資金的な面でも大きな打撃があったことも同時に考えられます。

*現時点で18作は確認できるのみで構成

姿三四郎と富田常雄
日本電波映画のテレビドラマ『柔』や映画『明治の風雪 柔旋風』などの原作者としても知られる柔道小説の原作者の富田常雄





日本電波映画の最大のピークの1965年から1966年の12作の実態




日本電波映画は1965年から1966年まで通産で6作の映画を製作していました。この1965から1965年のテレビドラマは9作の放映がされていました。




<主な日本電波映画の製作本数的なピークとなった1965年と1966年のテレビドラマ>

1964~ 1965年 『里見八犬伝(1964)』  日本テレビ系
1964~ 1965年 『柔(1964)』  日本テレビ系
1964~ 1965年 『坊主拳法』  読売テレビ(日本テレビ)系
1965年      『柔一筋』   日本テレビ系
1965~ 1966年 『続 柔』  日本テレビ系
1965~ 1966年 『柔道水滸伝』  日本テレビ系
1965年      『人生劇場』  フジテレビ系
1966       『青雲五人の男』   日本テレビ系
1966~1967 『明治天皇』  読売テレビ(日本テレビ)系




*すべてテレビ映画として製作



<主な日本電波映画の製作、松竹の配給の映画>
    『タイトル』          監督×主演        ジャンルの要素
1965 『明治の風雪 柔旋風』   渡辺邦男×平井昌一   柔道・青春
1965 『暴力の港 虎と狼』     土居通芳×丹波哲郎   やくざ・アクション
1965 『柔施風・怒涛の対決』   西山正輝×和崎俊哉   柔道・青春
1965 『続・柔旋風 四天王誕生』 西山正輝×倉丘伸太朗と平井昌一   柔道・青春
1966 『ド根性大将』         土居通芳×長門裕之   将棋・勝負
1966『男の顔は切り札』      マキノ雅弘×安藤昇    仁侠・アクション





上記の二つのように主な日本電波映画の製作本数的なピークとなったテレビドラマの9作と主な日本電波映画の製作の映画の6作は1965年と1966年の2年間に作られていました。テレビドラマと映画を含めて15作です。1970年代にテレビドラマ、テレビアニメと映画を同時に数多くヒットさせていた東映のように大手ではないため、日本電波映画の15作は2年間の本数としては膨大な数といえるでしょう。


CafePress – Small柔道ポスター – 16
アートと共鳴した柔道の一コマ 投げ技の瞬間は見る人を惹き付けます。 




裏側の青春と精神の清さを描いた柔道映画群  ↓  ↓
若者たちの青き春と精神の清さを描いた柔道映画群

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[ 2017/08/27 00:03 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)
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