ドラのいつどこでも ドラマ思想展開

 「おはよう~こんにちわ!こんばんわ!おやすなさい~」なチワワなドラ10年以上前くらいからCS(スカパー)でドラマ見てます。かなりの作品500タイトル以上観てきました。1960年代~70年代のドラマが特に好きです。

4大巨匠へ襲いかかるテレビドラマの荒波と砂嵐



テレビVS映画の図式が招いた悲劇の始まり


かつて『柔』、『続柔』、『柔道水滸伝』、『姿三四郎」などの柔道を題材としたテレビドラマが1960年代から1970年代の前半を中心に存在していました。映画界の巨匠・渡辺邦男がテレビドラマで監督や監修で制作へ参加した作品たちです。渡辺邦男がテレにドラマに進出した理由には”やむを得ない”部分が存在していました。



1960年代はテレビドラマの形成に大きな役割を成した時期でした。テレビドラマ自体は1950年代からも作られていましたが、1960年代の中盤くらいまでは映画に劣る分野という認識が大きかったと多くの映画関係者の証言から判断できます。そのため映画関係者から敬遠させていました。また、石原裕次郎は1970年代の前半の『太陽にほえろ!』に出演するまでは、テレビドラマが”やりたいことができる場”だとは考えていなかったといいます。


テレビVS映画という図式が1960年代には当然のように展開されていました。現代のテレビと映画はWin-Winの関係として定着していますが、当時はまだ互いが客を取り合うためのライバル的な存在が強かったのです。東映も他の映画会社と同時期に映画の観客動員や興行収入の低迷を打開するためにテレビ製作を本格的にさせました。東映はいち早く1960年からの児童向け時代劇『風小僧』や1961年からの刑事もの『特別機動捜査隊』などのテレビドラマを制作していましたが、映画で大きな実積を残した俳優や監督などのテレビ進出は少数でした。


*Win-Winの関係=互いに弱いところを補って良い結果や勝ちが得られる円滑な関係



4大巨匠へ襲い掛かるテレビドラマの荒波と嵐


1960年代の中盤になると東映映画で80作近い主演数を誇る大スターの大川橋蔵が本格的にテレビドラマへの進出を果たしました。このテレビ時代劇『銭形平次』(1966~1984)は全般的に若いスタッフが中心でしたが、時折は巨匠・佐々木康(ささきやすし)などの大ベテランも参加していました。このように映画の巨匠がテレビドラマに参加した経緯には、テレビドラマの製作に乗り出した映画会社や監督たちの苦渋の決断がありました。


1965年からの東映のテレビドラマ製作の本格的な始動は、映画の巨匠たちにある決断を迫りました。4名共が160作以上~270作の映画監督本数、映画の代表作が50作以上のマキノ雅弘佐々木康松田定次渡辺邦男は東映の事実上の4大巨匠でした。


*ほかにも内田吐夢(うちだとむ)や田坂具隆(たさかともたか)などの監督も巨匠がいましたが、この記事では上記の4名を4大巨匠として進行します。




映画プレスシート 大川橋蔵「銭形平次」
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佐々木康がのちに参加するテレビドラマ『銭形平次』の映画の情報が満載、レアものです。
橋蔵(大川橋蔵)、1960年代に青春スターとして人気を博した舟木(舟木一夫)の初顔合わせが目を引きます。



4大巨匠の明日の行方はどっちだ!


マキノ雅弘高倉健の『日本侠客伝』シリーズ(1964~)の200万人ほどのヒットなどによって、かろうじて監督として東映で映画を撮ることを許されました。1960年代になると観客動員とヒット作が減っていた佐々木康は東映のテレビドラマの製作への道を求められ、承諾したことで東映に残りました。一方、1950年代から1960年代にかけて1000万人ヒットを7作(日本歴代1位)も放った大巨匠の松田定次は、東映側と契約などのさまざまなことで揉めたと考えられますが、東映を離れて、最終的には外部の松竹などのドラマ制作の道へ向かうことになりました。松田定次佐々木康と同様に東映のテレドラマ制作を打診されていたのかもしれません。そして渡辺邦男の行方です。つづく



裏通りリンク⇒裏通り『4大巨匠へ襲い掛かるテレビドラマの荒波と砂嵐』
たった1年2年が運命を左右

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[ 2017/02/26 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

テレビドラマと映画のカンケイに遠山の金さんの桜吹雪がグランドクロスするとき

~テレビドラマと映画のカンケイに遠山の金さんの桜吹雪がグランドクロスするとき~

堀雄二といえば、息子が声優や俳優などの活動をしています。特に堀秀行は声優で代表作があり、テレビアニメの代表作と役柄が存在しています。わたくしドラはドラマ、映画はもちろんアニメファンでもあって視聴済みですが、「聖闘士星矢」のフェニックス一輝、「魁!!男塾」の剣桃太郎の二つは声で演じた代表的なキャラクターといえます。

不思議なことに、この「聖闘士星矢」「魁!!男塾」は2作とも父親である堀雄二が「警視庁物語シリーズ」などの多数の映画で世話になった、東映の制作によるテレビアニメです。言うまでもなく、これは偶然であり必然(クロス1)です。

今回もドラマと映画の関係で進行していこうと思います。”なぜドラマブログで映画の話なのか”と思われる方もいらっしゃると思われますが、日本のテレビドラマの黄金期は、映画の黄金期の影響が絶大からです。俳優や製作者、特に東映は映画の流れをテレビドラマに受け流した要素が多数存在しています。だから日本の黄金期のドラマのことをちゃんと話すと映画とのつながり(クロス2)を絶つことは難しくなります。

テレビドラマの忠臣蔵、水戸黄門も大岡越前、遠山の金さん、新撰組、探偵、刑事の題材は東映の映画時代の流れや影響などが、大きな関わりがあります。東映の映画からテレビドラマにつながったところが大きい特徴が存在しています。特に水戸黄門(戦後は14作の月形龍之介)も大岡越前(戦後は市川右太衛門、月形龍之介などが東映で数度)、旗本退屈男(市川右太衛門のみで東映で21作)、特に片岡千恵蔵の存在は絶大といえます。

忠臣蔵(出演23作以上で歴代最長の35年の主演・片岡千恵蔵、戦後11で東映で10作)、遠山の金さん(歴代最多・通算19作、東映で18作・片岡千恵蔵)、新撰組(東映で戦後最多7作の主演・片岡千恵蔵)、探偵(金田一、多羅尾伴内であわせて22作ほどの探偵最多・片岡千恵蔵)、刑事(戦後初めてヒットした刑事映画シリーズのにっぽんGメン、地獄シリーズで片岡千恵蔵

千恵蔵の新撰組⇒「近藤勇が現代によみがえる」大俳優はそれも背負い続けた。

遠山の金さん~火の玉奉行~ [VHS]千恵蔵の「火の玉奉行」は遠山金四郎役の通算では14作目、東映版のいれずみ判官(遠山金四郎)シリーズでは、通算13作目に該当します。千恵蔵の遠山は、CSでは10作ほどが放送されており、個人的にはブルーレイディスクに全て録画しています。VHSの魅力もありますが、DVDは残念ながら発売されていません。個人的には遠山といえば、映画は千恵蔵、ドラマは中村梅之助で、2番手は杉良太郎という判断をしています。

2016年5月上旬のCS放送の時代劇専門チャンネルにさだまさしが出演していました。さだまさしの進行による「遠山の金さん」の特番で、片岡千恵蔵の話を取り上げていました。遠山の金さんこと遠山金四郎が裁きで桜吹雪の刺青を見せるシーンは、片岡千恵蔵が映画の見せ場として自らが考えたと話していました。

この映画の名シーンは、テレビドラマの「遠山の金さん」の題材にも長年にわたって引き継がれています。(クロス3)片岡千恵蔵の遠山の金さん役の映画は戦前から戦後にかけて、1938年の「弥次喜多道中記」から1962年の「さくら判官」まで、通算24年間で19作の主演作が作られています。

ちょっとというか、「特別機動捜査隊」からはだいぶそれましたが、大切な映画とドラマがクロスする部分です。残念ながら、堀雄二という名優は現在においては、ちゃんと評価されていない部分がある人物です。映画「警視庁物語シリーズ」とテレビドラマ「七人の刑事シリーズ」は日本の刑事作品を代表する作品であり、紛れもない出演の代表作となる2つです。

映画「警視庁物語シリーズ」は、のちに作られるテレビドラマ「特別機動捜査隊」や「七人の刑事シリーズ」など多数の日本の刑事ドラマに結果的にも含めて影響を与えているからです。堀雄二に関しても上記の”なぜドラマブログで映画の話なのか”とも関わりがあります。映画からテレビドラマへの流れを知ることでドラマの新しい魅力にもつながるはずです。

実説・遠山の金さん―名町奉行 遠山左衛門尉景元の生涯
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ちなみに片岡千恵蔵と堀雄二は東映の時代劇と現代劇の映画と東映のテレビドラマの「大岡越前」の1~2部でも共演(クロス4)しています。

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[ 2016/05/26 20:53 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

THE刑事俳優の存在と「特別機動捜査隊」「七人の刑事」への激震影響

映画「警視庁物語シリーズ」には長田刑事という役名の刑事が作品には登場しています。この役柄を全24作を通してシリーズを兼任した俳優が堀雄二です。「警視庁物語シリーズ」の出演を特に大きな代表作にしている名優です。全24作に唯一出演していますが、3作目から昇進によって長田部長刑事に役柄が変わります。

24作についてはこちらをご覧ください⇒ 大ヒット作「特別機動捜査隊」と東映の歴代最多の刑事映画や奥深き脇役俳優の良縁

堀雄二は映画時代は新東宝でデビューして、一時的に大映に在籍していましたが、1954年に東映に移籍して、ついに大きな代表作や役柄に恵まれます。「警視庁物語シリーズ」などの刑事役です。堀雄二東映の映画だけでも、ドラの確認では最低でも30作ほどの刑事役(主演、助演)を演じており、歴代の東映の映画では最多数といえます。ドラが確認してる限りでは”堀雄二が歴代の日本映画の中で、一番多くの刑事役を演じている”ものと考えています。(*端役は除く)

堀雄二は映画に関していえば、数を多く演じているという意味ではTHE刑事俳優ともいえるでしょう。

堀雄二は映画だけではなく、テレビドラマでも刑事と縁がありました。「七人の刑事」シリーズの赤木係長を演じ、芦田伸介と共に長年にわたって出演し、テレビドラマの代表作にしています。また、時代劇ドラマでは「大岡越前」の初期シリーズの1部と2部に大岡忠相(大岡越前)の妻となる、雪絵の父親役・吉本作左ヱ門で出演しており、これも印象に残っています。

東映・NET(現テレビ朝日)の制作の「特別機動捜査隊」とTBSの制作の「七人の刑事」シリーズは、1961年から70年代にかけて10年以上の期間で同時期に放送されていた刑事ドラマのライバル同士でした。堀雄二は映画時代に世話になった東映に背を向けて彼は、TBS制作の「七人の刑事」シリーズに出演を続けました。ある意味、ライバルがライバルを育てた部分もあったのではないでしょうか。

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堀雄二を見ることができる、数少ない商品化されているドラマ

この二作は互いに高視聴率を獲得した刑事ドラマですが、「特別機動捜査隊」の出演者やスタッフは、「七人の刑事」の出演者やスタッフを意識して、より良いものを作ろうと尽力した。「七人の刑事」側も「特別機動捜査隊」を意識して、長くなるのでここでは説明は避けますが、、さまざまな内容的な違いを工夫した刑事ドラマに仕上げていきました。

つまり堀雄二は、刑事映画「警視庁物語シリーズ」で刑事ドラマ特別機動捜査隊」への流れに関与しただけではなく、刑事ドラマ七人の刑事」シリーズに出演して、ライバルとして、「特別機動捜査隊」も影響を与え続けたということもいえるかと考えられます。ダブルで「特別機動捜査隊」の形成に関与していた事実が判明しています。
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[ 2016/04/27 18:59 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

大ヒット作「特別機動捜査隊」と東映の歴代最多の刑事映画や奥深き脇役俳優の良縁

特別機動捜査隊」は最盛期には30パーセント以上の視聴率を何度も記録した作品といわれていますが、このテレビドラマは主役という概念が薄めである点も特徴です。

特別機動捜査隊」は映画「警視庁物語シリーズ」の影響を作風に色濃く残しています。カラー制作や放送になってからはモノクロの頃よりはその影響は薄れつつありますが、300話付近までのモノクロの時期の「特別機動捜査隊」に影響を与えたのが東映が映画の全盛時代に製作したのが「警視庁物語シリーズ」です。

警視庁物語シリーズ」は1950年代にスマシュヒットして、話題となり1956年から1964年までの8年間で通算24作が制作されています。”同じ俳優が出演している東映の歴代映画の中の実写作の最多数”です。同じ俳優とは堀雄二のことです。戦後の10年以内における最多公開本数がこのシリーズであり、「警視庁物語シリーズ」は小さめな記録ですが世界記録を持っています。

警視庁物語シリーズ」(全24作・1956~1964年)
1956「警視庁物語 逃亡五分前」
1956「警視庁物語 魔の最終列車」
1956「警視庁物語 追跡七十三時間」
1957「警視庁物語 白昼魔」
1957「警視庁物語 上野発五時三十五分」
5
1957「警視庁物語 夜の野獣」
1958「警視庁物語 七人の追跡者」
1958「警視庁物語 魔の伝言板」
1959「警視庁物語 顔のない女」
1959「警視庁物語 一〇八号車」
10
1959「警視庁物語 遺留品なし」
1960「警視庁物語 深夜の130列車」
1960「警視庁物語 血液型の秘密」
1960「警視庁物語 聞き込み」
1961「警視庁物語 不在証明」
15
1961「警視庁物語 十五才の女」
1961「警視庁物語 十二人の刑事」
1962「警視庁物語 謎の赤電話」
1962「警視庁物語 19号埋立地」
1963「警視庁物語 ウラ付け捜査」
20
1963「警視庁物語 全国縦断捜査」
1963「警視庁物語 十代の足どり」
1964「警視庁物語 自供」
1964「警視庁物語 行方不明」
24

23作が東映東京の製作であり、17作目のみがニュー東映東京が製作。ドラは24作のうちのほとんどの作品を録画していますが、24作のうち数作がCS放送が行われずに映画ファンでもあるドラとしては悩みの種です。

「警視庁物語シリーズ」は中篇映画(約1時間ほどの上映時間の映画)です。今は中編という”編”の漢字を活用しますが、当時はまだ中篇も”篇”と書いているのが基本でした。当時の映画やドラマを見ているといくつかの漢字が時代の経過によって変化してきたことも知ることができます。

映画の「警視庁物語シリーズ」は2作ごとに監督が変更されています。これは2作を続けて撮影しているからであり、2作ごとに出演している刑事やゲストが交代する場合があります。たとえば、初期は今井俊二(のちの今井健二)が序盤のみ、千葉真一が終盤のシリーズのみに出演していたりなど、刑事ドラマの刑事が一定の話数から話数まで出演するという概念に関しても、「警視庁物語シリーズ」から「特別機動捜査隊」に引き継がれています。その後の東映の数多くの刑事ドラマにや他の刑事ドラマなどのも引き継がれていきます。



特別機動捜査隊」には同じゲスト俳優が何度も出演しています。東映だけではなく当時の多くの1話完結ドラマの全般的な特徴ですが、たとえば、林寛という俳優が300話に出演したとしたら、315話にも出演するなどです。ローテーション的な要素があります。1度出演していると比較的に近くの話数で、もう一度出演するというケースが存在しており、2話数分を同期間に撮影していることも考えられます。林寛は「特別機動捜査隊」に何度も出演しておりここでは例に挙げています。

林寛(はやしひろし)は戦前から活動はしていますが戦後の印象が強く、1950年代から1960年代前半の日本映画黄金期の日活、松竹、東宝、大映、東映の大手5社(左から創立順)に次ぐ、6社目の映画会社といわれた新東宝という映画会社で活躍した脇役が中心の名俳優でした。

新東宝時代はスターもの、娯楽映画の巨匠・渡辺邦男、時代劇・怪談映画の中川信夫やアクション、異色映画などの石井輝男などの監督作、丸根賛太郎や並木鏡太郎などの時代劇映画が中心の名監督の作品にも出演しています。映画出演本数はそれほど多くはなく60本ほどが確認できます。出演数以上に異色作が多く、異様に濃い印象を残しています。

巨匠・渡辺邦男に関して、興味ある方はご覧ください⇒歴代映画8大スターと10作以上のコンビを組み、多大な貢献した稀代の娯楽の巨匠

林寛という名俳優は「特別機動捜査隊」では脇役で多く出演しています。映画の実積を知って、脇役目線で視聴する刑事ドラマは別な面白さを生み出してくれます。
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[ 2016/03/27 22:11 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

盟友と消え行く捜査一主任。消えた謎と新ダブル体制


鈴木志郎が姿を消した原因には「特別機動捜査隊」は500話台に突入し、オープニングもカラーになった直後以来に変更されたことも関連があります。これと同時に出演者にも大幅な変更がありました。伊沢一郎は評価を得ていることも多少は影響しているのでしょう。伊沢一郎は500話以降も継続して出演していますが、畑野刑事・宗方勝己や水木刑事・水木襄などの刑事も登場して出演者も全体的に若返りました。

立石主任・波島進と藤島主任・中山昭二のダブル体制から三船主任・青木義朗や高倉主任・里見浩太朗の新ダブル体制になった500話台の本作には鈴木志郎の姿はありません。

鈴木志郎波島進中山昭二と同時期に「特別機動捜査隊」を卒業しています。消えた理由は作品の卒業です。作品を去りました。少しそれますが、気になるのは新しいダブル体制の主任の名前です。三船主任は三船敏郎から高倉主任は高倉健から名前をとったのではないかと推測しています。三船、高倉の二人は映画で何度か刑事を演じています。青木義朗三船敏郎をイメージして、里見浩太朗は東映の先輩の高倉健をイメージして主任刑事役を演じていた部分もあったのか、名前だけかもしれないです。

鈴木志郎はWikipediaが存在していない俳優です。「特別機動捜査隊」に出演する前は、高倉健が主演し、監督・石井輝男のニュー東映(東映の子会社)の映画「花と嵐とギャング」(1961)に出演履歴が残されています。この頃の高倉健は評価はされていましたが、まだ脇役が多い頃でもあり、1964年に主演として大ブレイクする前の時期です。その後の鈴木志郎は1964年の「夜の魔性」という成人映画にも出演履歴が残されています。1970年代前半の「特別機動捜査隊」の卒業以後は、消息が不明な謎の俳優となっています。

「特別機動捜査隊」物語の検証 1961‐1977

特別機動捜査隊」は1961年(昭和36年)10月11日にスタートしています。「花と嵐とギャング」の公開は1961年の6月23日とされています。”鈴木志郎の演じる西本捜一主任”は27話から出演がスタートしています。この時期は1962年の1月過ぎと考えられます。映画「花と嵐とギャング」の公開から半年が経過しており、東映による抜擢が行われています。

当時のテレビドラマは今ほど市民権が得られていない時代でした。まだまだ映画に権力があった時代です。当時の映画俳優たちの多くはテレビドラマという安っぽいものに出演することを敬遠しています。当時はまだ根付いていない分野であり、安っぽいものという考え方がありました。「特別機動捜査隊」の放送開始の当初(1961年)の時点で波島進は映画でそこそこ活躍していたスターですが、全般的な意味で映画活躍した俳優はまだテレビドラマに出演していない時期でした。そのため、ほぼ無名な俳優たちにもチャンスがあり、鈴木志郎の抜擢も可能だったのでしょう。
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[ 2016/01/27 19:52 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

二人の長さんと消えた捜査一主任の行方


伊沢一郎は「特別機動捜査隊」の劇中では一番ベテランの年長からだと思われますが、”長さん”と呼ばれています。1972年に開始の「太陽にほえろ!」において、下川辰平が演じた野崎刑事も”長さん”と呼ばれていますが、伊沢一郎の関根部長刑事が”長さん”と呼ばれているのは1960年代後半からなので、下川辰平よりも先になります。

伊沢一郎は1930年代にデビューしているので、「特別機動捜査隊」の事実上の主役に該当する刑事の立石主任役・波島進と藤島主任役・中山昭二よりも20年近く先輩になります。1950年代に東映でデビューした波島進や新東宝でデビューした中山昭二よりもかなりベテランです。ドラマの作風は全然違いますが、「太陽にほえろ!」でいえば、風貌や雰囲気は違いがありますが、役柄の作品に対する機能は下川辰平のような存在に位置しています。1972年のスタートの「太陽にほえろ!」も1961年のスタートの「特別機動捜査隊」の影響は少なからずの内容に受けているのです。

作ってしまったので映画の部分も取り上げます。ちょっとドラマと関与しています。
伊沢一郎の映画時代の主なスター共演者(共演順)
・戦前(1930年代~1945年)
山本嘉一、花井蘭子、轟夕起子、原節子、
滝口新太郎、岡譲二、入江たか子、花柳小菊、
小杉勇、江川宇礼雄、片岡千恵蔵、阪東妻三郎、
嵐寛寿郎、月形龍之介

・戦後(1945年~1960年代)
三益愛子、長谷川一夫、勝新太郎、市川雷蔵、
折原啓子 、若原雅夫、片岡千恵蔵、美空ひばり、
大川橋蔵、鶴田浩二、高倉健


伊沢一郎は映画時代には、年数では片岡千恵蔵とは約20年にわたって共演していますが、数では市川雷蔵が一番になっています。ドラも詳しいほうですが、映画時代の芸能は激動の時代でした。つっこみどころ満載ですが主演系だけでもそうそうたる共演者です。この共演した基本的にスター以上の俳優の中で、滝口新太郎という俳優は知らない方が多いと思います。1930年代に現代劇を中心にで人気を得て、数は100作も出ていませんが、人気はそこそこあったといわれています。

片岡千恵蔵の1938年「人生劇場 残侠篇」(人生劇場の初の映画化)や同年の日活オールスターキャストの「忠臣蔵 地の巻」、「忠臣蔵 天の巻」、「忠臣蔵 天の巻地の巻(総集編)」などの有名作にも出演しています。これらの映画より前の1932年・松竹の「忠臣蔵 前篇 赤穂京の巻」、「忠臣蔵 後篇 江戸の巻」にも出演。大石内蔵之助の息子・大石主税を表記した映画で通産5度も演じています。これは誇れることでしょう。

大物俳優ではなかったため、1943年に徴兵されて満州からシベリア抑留となって、戦後には戦前に活躍した映画スターだった岡田嘉子とロシア(当時・ソ連)で結婚しています。滝口新太郎の死後、岡田嘉子は日本に帰国後して「太陽にほえろ!」のゲストや「東芝日曜劇場」などの単発テレビドラマにもちょくちょく出演しているのを確認しています。岡田嘉子は驚いたはずです。日本に帰国して活動したら映画時代は終了してドラマ時代になっていたわけです。



伊沢一郎のほかにも「特別機動捜査隊」を彩る俳優たちがいます。鈴木志郎という俳優も出演しています。アナウンサーの鈴木史朗とは別人です。素人らしいベテランさが他にない雰囲気がある俳優で、西本捜査一主任役をドラマ初期のころから演じています。各班に捜査などの指示を出す仕事の役柄です。

西本は毎回登場するものの、出番がすごく少ない定められた出番だからこそ、一番の機能といえます。出番が少数に限られてることが味であり、作品にとって大事になっています。出番が無駄に多いようなでしゃばってはいけない、ましてや西本のプライベートが一際出てこないのがよいの部分です。出てきたら役柄の作品に対するイメージや空気を崩してしまいます。そんな西本捜査一主任は、とある出来事で「特別機動捜査隊」から消えてしまいます。 にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへにほんブログ村人気ブログランキングへ
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[ 2015/12/28 22:45 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

映画180作以上、芸歴60年近く、映画とドラマに身を沈めたある名優の生涯


前回の続きです。伊沢一郎という俳優、監督よりは多くの共演したスターに恵まれています。主演のスターとの共演で脇役としての自分の道を切り開き、長年の活動に結び付けたのではないでしょうか、そのように考えています。

前記事の伊沢一郎が脇役で出演している”三益愛子の母物シリーズ”の内訳は1948年の記念すべき第1作の「母(1948) 」1949年の「母燈台」1950年の「母椿」、「母(1958) 」、1958年の「母の旅路」の5作に出演しています。簡単な内容は母親の目線を中心にした家族話です。子供や娘や夫のことなど、さまざまなトラブルを交えて、母の情愛を描き長期のヒットシリーズとなりました。これにも貢献しています。

三益愛子は舞台でも長年活躍した女優ですが、映画では脇役でも活躍しています。主演の代表作の母物シリーズは30作を越しているので十分なスターだと判断しています。世界でも30作の映画シリーズと主演が女優は他に誰もいません。三益愛子はいわゆるスターらしいスターではなく、老け役も得意としていました。亡くなってだいぶ時間が経過していますが、個人的にも高く評価している名女優です。さまざまなテレビドラマでこの人だけの独自な名演を見かけていますが、記事が伊沢一郎なので、また別な機会にお話したいです。このころ松竹では、佐田啓二岸恵子による大ヒットを記録した悲恋映画1953年「君の名は」の1作目に出演しています。

また、映画の大映の時代劇に出演していた1958~1960年の約3年間では、戦前から活躍する大スター・長谷川一夫との共演が8作、市川雷蔵とは19作、勝新太郎と11作で共演(3名ともすべて助演)を果たす。映画時代にもっとも共演したスター俳優は市川雷蔵でになります。

巨匠・渡辺邦男による1958年の大映オールスターキャストの「忠臣蔵」と1959年の「次郎長富士」のオールスターキャスト作品と1960年の「大江山酒天童子」で長谷川・雷蔵・勝の3名と同時に共演を果たしています。この大映時代に自身の生涯において、時代劇映画への出演のほとんどを成しています。伊沢一郎の特徴的な履歴部分といえるでしょう。

渡辺邦男について、全体が映画のことなのでこちらに書いています。良ければご覧ください。②⇒歴代映画8大スターと10作以上のコンビを組み、多大な貢献した稀代の娯楽の巨匠⇒①ついにひらくヒロイン女優の大輪の花・原節子と”のちの3大巨匠たち”

1950年代に入ると、フリーと考えられる立場となり、上記の大映や戦前から縁のある日活や松竹などにも出演、1960年代に入ると専属といえるのだろうが東映の映画にのみ出演を開始しています。映画の東映時代には1962年「太平洋のGメン」で主演の片岡千恵蔵と”維新の曲”以来の20年ぶりの共演を果たす。戦後デビューの最大の映画スターの一人・鶴田浩二の東宝時代から続く”暗黒街シリーズ”の1963年「暗黒街の顔役 十一人のギャング」と同年の「暗黒街最大の決闘」にも出演し存在感を残していますが、この2作には高倉健と一緒に助演で出演しています。

映画の流れで東映の時代劇や現代劇への出演が続いていくと、博士役でテレビドラマの「キャプテンウルトラ」(1967)にムナトモ博士役で出演して、「キャプテンウルトラ(映画版)」(1967)にも出演を果たしています。「特別機動捜査隊」よりは劣ると考えられますが、これもテレビドラマの助演の代表作といえそうです。

←中央は中田博久。1960年に日活のニューフェイスとしてデビュー、期間を経て1965年に東映で再び活動、脇役で映画やテレビドラマで活動。このキャプテンウルトラには主演。国産初の本格スペースオペラ作品であり、TBSの「ウルトラシリーズ」第3弾と位置づけられています。宇宙人やロボットが出てきたりして、敵との戦い、アクション、SFや宇宙の要素もあり、バラエティに富んでいて明かい雰囲気で楽しい内容だった記憶がある30分テレビドラマ作品です。残念ながら最近は再放送さえされていません。

1961年からスタートしていた東映初の刑事ドラマにして大ヒット作の「特別機動捜査隊」に1968年の300話過ぎから関根部長刑事役で長年にわたり出演を果たして作品のヒットを長年にわたり支えています。確認している限りでは、話数が空くこともありますがまだ出演しています。

他のテレビドラマでは1980年の時期までに東映の時代劇「水戸黄門」、話数を重ねると日活から三船プロになる「大江戸捜査網」に20度以上もゲストの出演をしています。現代劇ドラマにも数多く出演していますが、その中でも「特別機動捜査隊」はテレビドラマの出演・助演の代表作的な作品としています。映画やドラマで約60年近く活動し、名脇役といってよい俳優の一人といえそうです。

生涯の1931~1980年の通産では180作以上の映画に出演しています。内訳は現代劇映画130作ほど、時代劇映画は50作強であり、長きにわたって足跡を残しています。1995年に83歳で没しています。

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[ 2015/11/27 21:54 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

映画とドラマに身を沈めたある名優の生涯(映画時代編)


伊沢一郎という俳優。今回、「特別機動捜査隊」の流れがきっかけで、この俳優について自分なりの解釈も加えて製作してしまいましたのでご紹介したいと思います。こんな俳優もいるのだと思ってもらたら幸いです。映画ブログの「映画道を極める一直線女子」の方で公開しようか悩みました。なぜならドラマよりも映画のことについての方が多いからです。テレビでも活躍したため、ドラマブログの方で取り上げます。

1931年のサイレント時期に日活太奏で現代劇路線の映画でデビューするが、伊沢二郎の名義であるが数作目で伊沢一郎の名義に変更し、1934年に日活の系列である日活多摩川に移籍、スター俳優として売り出すが軌道に乗らず、1935年から1941年まで約12作ほどの主演映画あります。戦前の映画出演の60本ほどは大半は脇役です。

1942年から誕生したばかりの大映の脇役俳優として時代劇にも出演を始めてている。戦後もしばらくは大映の映画に出演する時期が1950年まで続き、この時期の主演は2作のみが確認できます。

1935年の「明治一代女」日活=入江プロの作品で時代もの作品に出演、戦前の映画スター女優・入江たか子の代表作の一つで弟役を務める。1938年の日活時代劇オールスターキャスト「続水戸黄門廻国記」で片岡千恵蔵阪東妻三郎などのトップスターと初共演し、時代劇初出演を果たす。1942年の大映1回作品のオールスターキャスト「維新の曲」で再び二人とも共演している。

維新の曲について、映画ブログの記事①⇒海外はゼロ!主演映画100作以上の4大スターが豪華競演を配役、戦時下のオールスターに集結す
維新の曲について、映画ブログの記事②⇒「激震の映画秘話」戦火に身を投じた現代劇の名匠と歴代1位のオールスター映画の交差

映画時代は、主演俳優としての明確な代表作に恵まれてはいないものに、戦前の日活多摩川に在籍していたのちの巨匠・内田吐夢の監督作の1936年「生命の冠」1940年「歴史 第一部」と「歴史 第二部、第三部」の3作に助演で出演。これも後からすればそこそこな痕跡になります。

くちづけ [DVD]↓で話に出している名女優・三益愛子と作家・川口松太郎との息子の川口浩伊沢一郎の共演作、のちの三益愛子の義理の娘となる野添ひとみとも共演しています。

1935~1948年の戦前から戦後にかけ、1935年「緑の地平線 (前後篇)」などで、原節子と8作にわたり映画で共演、また、戦後に身では三益愛子の映画の代表作シリーズであるいわゆる”大映・母物シリーズ”に1948~1958年にかけて計5作に出演して映画の脇役として評価される。このころ戦前から活動しているベテランスターになりつつあった現代劇スター俳優の若原雅夫と通算14作で共演しています。

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[ 2015/10/22 20:56 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

刑事ドラマで前人未到の記録の世界記録を持つ金字塔と目がゆくあの脇役


ドラマで金字塔を打ち立てることが難しい世の中になっています。テレビドラマというジャンルのテレビ業界における低迷が金字塔を生み出す可能性を阻んでいるのです。今回も金字塔が成し得ることができる風潮があったテレビドラマ全盛期のお話です。

前回に引き続き「特別機動捜査隊」について、進めていきます。このドラマは独自なパターンが成立しており、総合的には同じようなことやってるんですが、飽きそうで飽きない内容は時代劇ドラマと通じるのかもしれません。東映のヒットしたテレビドラマはこうしたさじ加減や違いをつける工夫などのやり口はホントにうまく、映画時代のノウハウもあるかと考えられますがバリエーションの引き出しも多い。

このドラマは、刑事ドラマの世界で1位の800話強が週間で連続で放送されていますが、個人的にいわせてもらえば、フィルムが現存する中では”まだ見ぬ最後の伝説の刑事ドラマ”なのです。週間をほぼ連続による800話以上は世界に2作しかありません。大川橋蔵の時代劇ドラマ「銭形平次」につ次ぐ世界2位であり、刑事ドラマでは世界で1位の金字塔の記録です。今後も破られることはまず厳しいでしょう。両方とも東映のテレビドラマです。

他に週間で連続放送された刑事ドラマでは「特別機動捜査隊」は連続放送話数が1位の800話強となっていますが、刑事ドラマ2位は700話強の「太陽にほえろ!」となっています。「特別機動捜査隊」は比較的安定したな回が数度に一度あるような状態が続いています。「特別機動捜査隊」は視聴率の30パーセントを何度も記録したといわれていますが、以前の記事で取り上げたことがある「ザ・ガードマン」同様に詳しい回数などのデータは不明です。



主に藤島班の伊沢一郎がいい味を出しています。伊沢一郎は関根部長刑事役ですが、登場した当初
中山昭二が演じる藤島主任(関根の上司)の話数に主に登場していましたが、徐々に立石(波島進)班の捜査の話数にも登場しています。登場当初の主に藤島班は話数を積んでいくうえでだんだんと関係なくなっていきます。

戦前の日活の太奏で1931年にデビュー、1934年から日活の多摩川(今は消滅した映画撮影所)の現代劇で映画スターとして売り出したものの、人気はあまり出ずに早めに脇役へ完全転向、数多くの時代劇や現代劇の脇役として50作以上の映画に出演し戦後を迎えます。映画にも出演しながら1960年代にテレビ時代を迎え、この「特別機動捜査隊」に1960年代後半から出演、高度経済成長を象徴するようなサラリーマンの見た目でメガネで中年風に太ったおじさんのという風貌ですが、少ない出番で魅せる演技がやはりうまい。戦前の映画時代から荒波に揉まれている俳優は微妙な部分の年輪が違うものです。見てると忘れてしまいますが、記録ではこのドラマがカラーになって50話ほどの335話から登場しています。

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[ 2015/10/01 22:51 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

「ドラ特別機動捜査隊が直ちに現地へ急行した!」

ナレーター(島宇志夫)いわく、「ドラ特別機動捜査隊が直ちに現地へ急行した!」というように、この島さんがナレーターを担当しているドラマを取り上げます。わたくしドラがさながら事件捜査の主任刑事になったようです。

特別機動捜査隊」(1961~1977、全801話)という東映の名作といってもいい刑事ドラマを見ています。このドラマは東映とNET(現・テレビ朝日)の初のコンビによる制作の刑事ドラマです。「特捜最前線」や今でいう「相棒シリーズ」もこの流れを受けています。今のドラマよりも数段も面白い内容を連発していますが、今からすればリアルすぎないドラマの面白さを純粋に追求してるように感じられ、実に面白いドラマです。
再放送が東映チャンネルで放送されているのですが、現在500話台にさしかかろうとしています。4年ほど前に放送が始まり、450話付近で中断して1年近く、今年になってようやく450話くらいから再放送が再開しました。「待ちに待った」とはこのことを言うんだと実感しています。

500話近い時点での感想など思うことを書いて行きます。200話台後半までのモノクロのころはドキュメンタリーに近い手法で展開していました。そのころのオープニングの音楽の曲が好きですが、内容はカラーになってしばらくしてからの方(300話前半~現在500話近く)の方が大幅に充実しています。モノクロからカラーのなるにあたって、内容もリニューアルするためにカラーの内容の模索をしています。刑事の個性が出ない点はモノクロ時代から引き継いでいますが、今では考えられない個性があまり出ない点のよさがあります。毎回のゲスト同士によるドラマ性の向上や劇中曲の全般的リニューアル、流しなど劇中歌の多用、回想シーンの多発、さまざまな観光地やお祭りなどを記録したロケなど、一言でいえば”このドラマをみなければ味わえない独特な世界が構築されている”ということです。

中村錦之助(萬屋錦之介)主演「新諸国物語 七つの誓い」のエピソードですが、作品にドラマで活躍する前の東映・映画スター時代の波島進が脇役で出演しています。波島進は映画時代はあまりブレイクしませんでした。これ以外にも中村錦之助や東千代之介で新諸国物語シリーズは爆発的ヒットしたため、他にもいくつかのシリーズが作られています。

特別機動捜査隊」というドラマはひとことでいえば、刑事たちの捜査を描くテレビドラマです。波島進が演じる立石主任の班の話数、中山昭二が演じる藤島主任の班の話数が交互の”ように”展開して行きます。”ように”がポイントです。毎回交互ではありません。例えば、立石の班の捜査話数が3回連続で続いて、藤島の班の捜査話数が1回あるということもあります。また、数度しかありませんが立石の班がメインで藤島の班が脇で応援するという話数もありました。また、藤島班の刑事が立石班の回で応援するエピソードなど多種多彩にあります。3人目の主任の三船主任(青木義朗)も400話近くから登場してはいますがほとんど出番がありません。(500話近くまでで出演や捜査話数は数度のみ)立石班が勇退(波島進の引退)後に出番が増えてくるものと思われます。
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[ 2015/08/02 20:15 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)
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