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チワワドラのテレビドラマ愛好世界

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大スター鶴田浩二の新選組ドラマの初の事情 最大ライバル三船敏郎を絡めた全時代劇映画45作のミステリー





今回は約1年前の2018年9月25日に公開した新撰組テレビドラマ珍々競演 3名製作者 3役映画巨匠の分岐点に戻って、異なる方向で展開していきます。

その記事では佐伯清と鶴田浩二のテレビドラマにおける関りを取り上げていました。



前回記事⇒伝説力士の雷電為右衛門から関八州のスーパーヒーロー国定忠治 名製作者と重なる父子鷹




稀代の最大ライバル鶴田浩二三船敏郎の数字における差の現実 映画からテレビへ





鶴田浩二は日本映画を代表するスター俳優の一人、戦後を代表する映画スターの一人で通産主演映画数は170本弱、出演映画数260本ほどを記録しています。戦後のみの主演映画本数は歴代1位を記録、ほぼ同期デビューの年齢も近いライバルの三船敏郎の通産主演数が80本弱(戦後のみの20位近く)、映画出演数150作弱のため、2倍ほどの主演本数や代表作本数の差、出演数も110本強の差を記録しました。もちろん数字や記録だけで評価の全てが決まるわけではありませんが、これは明確な評価の対象となります。

ヒットや中ヒット本数自体は鶴田のほうがダントツに多いが、年間1位のような大ヒットのみは三船敏郎のほうが多い、通産の観客動員は鶴田のほうが完全に凌駕しています。この2人の関係は非常に不思議です。



互いに主演10本を越えるような大きな当たり役はありませんでしたが、三船敏郎は5作以上のシリーズさえゼロ、具体的に代表的な主演の役だと宮本武蔵3部作の宮本武蔵の3本が最多(三船の助演含む宮本武蔵役は『佐々木小次郎』(監督・稲垣浩)の総集編もあるため通算5度、千恵蔵、錦之助に次ぐ歴代3位)、鶴田浩二は「博徒シリーズ」と「博奕打ちシリーズ」と2つの10作を越すシリーズ、役柄は「人生劇場シリーズ」の主演の飛車角と清水次郎長の4度が最多に恵まれました。

三船敏郎鶴田浩二はテレビドラマでもある程度の活躍をしました。三船敏郎の出演のテレビ代表作はほぼ時代劇でしたが、鶴田浩二は取り上げると長くなるわけですが、時代劇と現代劇の幅広い題材やテーマのテレビドラマに出演しました。



新選組[東宝DVD名作セレクション]
新選組[東宝DVD名作セレクション]


三船敏郎の主演で観客動員1位を獲得した1969年の新選組題材の東宝オールスター映画『新選組(1969)』です。製作は三船敏郎と巨匠で稲垣浩の盟友が同時に名を連ねている部分がポイントです。

巨匠・沢島忠の唯一の年間観客動員1位です。1位といっても残念ながらこの映画のときの日本映画事態は低迷期に入っているため、動員人数はかなり少なめです。10年以上前に作られてヒットしている1950年代の千恵蔵の最大ヒットの新選組1作のほうが観客動員は上だったと考えられます。俳優陣もいうまでもありませんが千恵蔵側のほうが格上です。

さらに『新選組(1969)』はオールスターといっても主演100作の映画の真の大スターは中村錦之助のみでした。映画主演50以上は主演順だと110作の中村錦之助、70本台の小林桂樹、三國連太郎、三船敏郎のみの4名に留まる、舞台だと名優の中村翫右衛門、その息子で映画との縁は薄いのテレビで活躍した中村梅之助、2019時点で現役の名優の中村嘉葎雄(中村賀津雄)や北大路欣也、司葉子もいますが、全体は映画スターとしてある程度、小粒の俳優が多いというのが現実です。


鶴田浩二が新撰組のテレビドラマに出演した理由には、ライバル三船敏郎でヒットした『新選組(1969)』も影響していたのかもしれません。







『新選組(1973)』と近藤勇 ラスト前の衝撃 事実上の打ち切りと削減






個人的に鶴田浩二の現在も視聴可能なテレビ時代劇の中では、この『新選組(1973)』(全19回)がもっとも好きかもしれません。上記の記事冒頭のリンク先の記事もありますが、東映とNETによるテレビ時代劇の『次郎長三国志(1974)』(全23回)も気になる作品で、これは残念ながら再放送されていません。なのでこの『次郎長三国志(1974)』が『新選組(1973)』と比べてどれほどの出来であるのか気になるところです。

年数的にもお分かりだと思いますが、『新選組(1973)』の後に『次郎長三国志(1974)』が作られ、両方とも戦前から戦後と数多くの映画が作られてきた歴史と伝統のある国民的な有名題材であり、『新選組(1973)』(全19回)と少なめでしたが、この2本ともいわゆる半年ほどの連続ドラマの2クールで作られています。鶴田浩二の通産実積というとやはり映画時代の部分が9割ほどだと個人的に考えていますが、テレビドラマにおいても絶大な信頼があったということになります。


全19話が残されており、個人的にはラスト前の18話の印象が強く、田村高廣(田村高広)の演じる京都会津の上役と鶴田浩二の近藤勇とある理由から無言の対峙、上役の部下の島田順司と共に印象に残る終盤の流れが濃厚で熾烈、複雑さと運命が強烈でした。侠客、任侠ものを経た独自な鶴田流の男らしさの体現が、このドラマの近藤勇なのではないでしょうか。

観ていない方は気になる部分ですが、今後再放送されることがあるかもしれないCS放送を観て頂きたいところです。


最初から全19話の予定で作られていたことではなさそうです。『新選組(1973)』の評判はそこそこでしたが、やはり視聴率が低く、当初は完全な2クールの26話前後を予定していたと考えられますが、事実上の打ち切り的にエピソードの幾つかは省かれ、話数を減らして19話で終了したと考えるのが普通でしょう。評判はそこそこでも、当時は今以上に視聴率に厳しく、現代はたった数パーセントのアニメが数十年も続く非常事態、当時はばっさりの打ち切りや打ち切り的に話数を減らして完結というケースも多数ありました。そのためでしょうか、最終回の最後のシーンはちょっと違和感を感じるように感じるような場面で終了しています。

ラスト前18話と最終回19話は大映映画の母物シリーズなどで知られる名女優の三益愛子のおばあさん役が出ていた印象に残ります。シーンとは上手く絡んでいるとはいけませんでしたが、存在感は突き抜けたものがあります。

全体を通すと近藤勇の鶴田浩二、土方歳三の栗塚旭(東映の連続テレビドラマで3度目の土方歳三)、沖田総司の有川博の主要の上位3名の全話出演も印象的です。



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いわゆる大映の母物シリーズ、三益愛子は世界の歴代女優で最多の30作を越す単一シリーズの主演数を記録しました。三益愛子版が当たり、東映などの外部や大映内部でも別の母物の派生作が数多く作られました。『巣鴨の母』は三益愛子主演シリーズの1本です。テレビや映画の泣きじゃくり演技は彼女の悲哀の代名詞でお家芸です。



新選組 鶴田浩二 三船敏郎 片岡千恵蔵 三益愛子 近藤勇 清水次郎長 遠山の金さん 沢村訥升 宮本武蔵 母物シリーズ



鶴田浩二と千恵蔵御大 日本映画最大の黄金期が影響した新撰組の主演のミステリー





テレビドラマにも関わることなのでそこそこな量になってしまいましたが、映画のことも触れます。鶴田浩二は下記の全時代劇映画出演数を見ていただくと直ぐにわかると思いますが、新選組題材は主演も出演の両方が1作もありませんでした。

新選組題材といえば映画スターで東映時代の大先輩である千恵蔵御大こと片岡千恵蔵は、1950年代から1960年代にかけての日本映画黄金期に歴代最多の7作の映画に主演しています。事実上のこの題材を国民的な題材にするために大きく貢献、観客動員ベスト10はありませんが、500万人でも年間ベスト10に入らないもっとも高い競争力の時期、通算7作でかなりの総観客動員を記録したと考えられていますこの影響を鶴田浩二がテレビドラマで受けていると考えられます。




鶴田浩二の全時代劇映画出演数 出演45 主演26 助演19


時代劇の主演と(脇も含む助演のトータル 確認できるもののみ 鶴田は有名な役のみを表記
脇役1948『遊侠の群れ』  松竹(京都)  主演=長谷川一夫  天保水滸伝題材、遠山の金さん要素 8番低下脇役
助演1949『影法師 寛永坂の決闘』  松竹(京都)  主演=阪東妻三郎 6番手 寿々喜多呂九平から派生の影法師物
助演1950『続影法師 龍虎相搏つ』  松竹(京都)  主演=阪東妻三郎 6番手 別題に『影法師(1950)』 ともある
助演1950『悲恋草』  松竹(京都)  主演=水谷八重子(舞台大女優)、阪東寿三郎(歌舞伎大名優) 文芸 別『悲恋華』
主演1951『怪塔伝』  松竹(京都)  鶴田の時代劇唯一の3役、侍物
主演1952『弥太郎笠 前後篇』  新東宝=新生プロ  りゃんこの弥太郎  股旅
助演1953『花の生涯 彦根篇 江戸篇』  松竹(京都) 主演=松本幸四郎(初代松本白鸚) 、幕末物
主演1954『やくざ囃子』  東京映画=滝村プロ(配給は東宝) 股旅
主演1954『此村大吉(1954)』  大映(京都)  此村大吉  今は知名度が落ちている有名な此村大吉題材
助演1954『忠臣蔵 花の巻、雪の巻』(忠臣蔵(1954))  松竹(京都)  毛利小平太   主演=松本幸四郎、高田浩吉
10
主演1955『獄門帳』  松竹(京都) 文芸的
助演1955『続宮本武蔵 一乗寺決闘』  東宝  佐々木小次郎  主演=三船敏郎
助演1955『応仁絵巻 吉野の盗族』  松竹(京都) 主演=高田浩吉
主演1956『あばれ行燈(1956)』  新東宝  股旅
助演1956『宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島』(決闘巌流島)  東宝  佐々木小次郎   主演=三船敏郎 
主演1956『眠狂四郎無頼控』  東宝  眠狂四郎(初代) 眠狂四郎の初の映像化
主演1957『眠狂四郎無頼控 第二話 円月殺法』  東宝  眠狂四郎
主演1957『柳生武芸帳(1957)』  東宝  三船敏郎とダブル主演 柳生もの柳生武芸帳
主演1957『おしどり喧嘩笠』  新芸術プロ(配給は東宝)  美空ひばりがヒロイン 股旅  ☆通産時代劇映画主演10
主演1957『地獄花』  大映(京都) 文芸的
20
主演1958『柳生武芸帳 双龍秘剣』  東宝  三船敏郎とダブル主演 柳生もの柳生武芸帳
助演1958『忠臣蔵(1958)』  大映(京都)  岡野金右衛門  事実上の出番は劇中2番手 主演=長谷川一夫 助演のみ10
主演1958『天竜しぶき笠』  大映(京都)  股旅
助演1958『天保水滸伝(1958)』  松竹(京都)  平手造酒   主演=高田浩吉 天保水滸伝題材
主演1958『旅姿鼠小僧』  東宝  鼠小僧次郎吉
主演1959『戦国群盗伝(1959)』  東宝   三船敏郎とダブル主演 
主演1958『眠狂四郎無頼控 魔剣地獄』  東宝   眠狂四郎 3作の完結編
助演1958『弥次喜多道中記夫婦篇 弥次喜多道中双六』(弥次喜多道中記) 東宝
助演1959『森の石松幽霊道中』  宝塚映画(東宝の配給) 追分三五郎(2番手)   主演=加東大介 
助演1959『暴れん坊森の石松』  宝塚映画(東宝の配給)  追分三五郎(2番手) 主演=加東大介
30
助演1959『日本誕生』  東宝  主演=三船敏郎 紀元前舞台
助演1960『半七捕物帖 三つの謎』  東映(京都)  主演=片岡千恵蔵
助演1960『森の石松鬼より怖い』  東映(京都)  小松村七五郎 主演=中村錦之助 時代劇と現代劇のミックス
主演1960『狐剣は折れず 月影一刀流』  東映(京都)
主演1961『鳴門秘帖(1961)』  東映(京都)  法月弦之丞
主演1961『鳴門秘帖 完結篇』  東映(京都)  法月弦之丞
主演1961『白馬城の花嫁』  東映(京都)  美空ひばりとダブル主演 ☆通産時代劇映画主演20 明朗歌謡物
主演1961『幽霊島の掟』  東映(京都) 主演=大川橋蔵 両御大なしのオールスター
助演1962『さくら判官』  東映(京都)  2番手的役柄    主演=片岡千恵蔵 遠山の金さんシリーズ
主演1963『次郎長三国志(1963)』  東映(京都)  清水次郎長
40
主演1963『続・次郎長三国志』  東映(京都)  清水次郎長
主演1964『次郎長三国志 第三部』  東映(京都)  清水次郎長
主演1965『いれずみ判官』  東映(京都) 遠山金四郎(遠山の金さん)
主演1965『次郎長三国志 甲州路殴り込み』  東映(京都) 清水次郎長 4作目の完結編   ☆通産時代劇映画主演26
助演1969『賞金稼ぎ(1969)』  東映(京都)  徳川家重   主演=若山富三郎  助演のみ19
45



*ここではしていませんが『影法師(1950)』 を1本扱いとする場合は助演と出連数が1本増えます。さらに『森の石松鬼より怖い』は千恵蔵×マキノ雅弘の黄金コンビ名作の『続清水港』のリメイクで、小松村七五郎は(劇中では小松村の七五郎)ですが、小松村七五郎が多く、森の石松の地元の兄貴分で作中の重要な役柄です。今では映像化が減少し、あまり知られていませんが、小松村七五郎は歴代の多くの名優が演じている有名な役柄です。



鶴田浩二は戦後のみとした場合の主演スターとしては日本映画でもっとも映画に出演しました。戦前含むと300作以上に主演スターで出演した片岡千恵蔵や市川右太衛門、長谷川一夫がベスト3で上位、ここでは嵐寛寿郎は助演と脇役メイン時代が膨大110本を越すので上に含んでいません。

鶴田浩二の260作ほどの映画出演で、215作の(時代物の江戸時代以降を含む)現代劇、45作の時代劇映画に出演、26作の主演で助演は19作でした。一世を風靡した1960年代から1970年代前半の東映時代は主に任侠物、やくざ物、戦争物、1940年代後半から50年代前半の初期の松竹時代は若者や青春物にも主演出演しました。現代劇映画のほうがメインとはなりますが、時代劇でも十分に大活躍しました。


鶴田浩二は大先輩俳優、大先輩の映画スターでもあるわけですが長谷川一夫の1948『遊侠の群れ』 で初めて時代劇映画に出演しました。その次に阪東妻三郎とも共演、時代劇を学び、俳優としての幅を大きく広げることになったといえるでしょう。その後、現実の師といわれる高田浩吉、ライバルの三船敏郎と共演やダブル主演、美空ひばりなどと共演、

実は片岡千恵蔵に次ぐ、御大ともいわれた市川右太衛門との共演の時代劇映画は1作もありませんでした。これは以外といえば以外かもしれません。映画やドラマファンとしては見たい共演でした。忠臣蔵、清水次郎長、遠山金四郎、股旅物、宮本武蔵、眠狂四郎、鼠小僧次郎吉、鳴門秘帖、天保水滸伝、いわゆる柳生物など幅広くの有名題材出演、主演の大活躍しました。


『新選組(1973)』(東映の製作)は、東映映画時代の大先輩の片岡千恵蔵が歴代最多の7作の映画に主演、定着させたことも大きく影響していると考えられ、鶴田浩二という大スターがいまだ有名題材に大スターが出演、主演していないことからテレビドラマの制作につながりました。東映つながりでもあるわけです。





1961年東映作品しおり 半七捕物帖 三つの謎 B5サイズ・2つ折りタイプ 片岡千恵蔵 鶴田浩二 東千代之介 映画パンフレット・兼用

『半七捕物帖 三つの謎』は片岡千恵蔵と鶴田浩二の時代劇の初共演作にして、半七捕物帖題材の捕物時代劇映画です。三大スター片岡千恵蔵(主演の半七役、現代劇でいうと刑事の職務)、鶴田浩二(主要)、東千代之介(主要)は直ぐにわかる方が多いと思いますが、4人目(主要)は誰でしょうか。

4人目は沢村訥升(さわむらとっしょう)のちの歌舞伎俳優の九代澤村宗十郎です。彼は俳優の勉強に一時的に東映映画の時代劇スターとして活動していました。約3年後に歌舞伎俳優の専門に戻りました。この映画のプロデューサーは玉木潤一郎、監督は巨匠佐々木康です。





鶴田版の『新選組(1973)』が作られる流れには、有名題材がまだという理由、大先輩の新選組映画7作による題材の通産最多観客動員、さらに最大のライバルのヒットの存在がありました。



今回の裏記事 裏側で独自展開中 歴代大社長さえも尊敬するGメン形成男一代からハロプロ含む歴史70年 Gメン令和元年


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[ 2019/09/24 23:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(5)

テレビドラマ歴代上位功労者の飯島敏宏と時代劇革命的名作たち




今回はテレビドラマ歴代上位功労者の飯島敏宏と時代劇革命的名作たちと題してスタートします。





前回記事⇒松竹テレビ時代劇の曰く付き名作「風」に大巨匠ぷらす視聴率70パーセント俳優





日本のテレビドラマを代表するプロデューサー飯島敏宏の意外な初期活動








飯島敏宏は日本のテレビドラマを代表するプロデューサーの一人です。前回記事でも取り上げている『風(1967)』では監督の一人に過ぎませんでしたが、その後、プロデューサーと演出としてTBSのドラマを中心に活躍していきます。

TBSの演出家を経て、全体的にプロデューサーの「木下恵介・人間の歌シリーズ」、プロデューサーと演出の「金曜日の妻たちへシリーズ」、企画は『毎度おさわがせします』などの代表作を残しています。





飯島敏宏は特に初期ですが、時代劇ドラマとも大きな関わりがありました。これはあまり知られていない部分かもしれません。作品が現存していないためがもっとも大きな部分ですが、彼ののちの現代劇ドラマの成功の裏には時代劇ドラマの経験が強くあったのではないでしょうか。

初期の1960年代までの主なものとして1959年から『鳴門秘帖』、『朝焼け富士』、東芝日曜劇場内の1961年『赤西蠣太』、1967年に『風(1967)』などを演出しています。






国民作家の吉川英治の世界的に知られる「宮本武蔵」に次ぐ代表作






鳴門秘帖」は国民的、さらに世界的に知られる有名小説「宮本武蔵」に次ぐ、国民作家の吉川英治の上位代表作の一つで戦前から市川右太衛門、嵐寛寿郎(前芸名の嵐長三郎名義も含む)、長谷川一夫など時代劇映画を代表する俳優たちで映画は21作が作られた有名小説です。『朝焼け富士』は市川右太衛門の主演で東映の1953年に前後作が映画公開され、監督は松田定次です。偶然です。

飯島敏宏がのちの『風(1967)』で同作品に監督として参加する、あの巨匠松田定次の映画監督時代の作品をテレビドラマで演出していたことになり、『風(1967)』の監督同士で関与することはこの時点で必然でした。


鳴門秘帖 DVDBOX

NHKのBS時代劇で全10話放送された『鳴門秘帖(2018)』のテレビドラマです。数多くの映画スターが演じてきた主人公の法月弦之丞を2004年のNHK大河ドラマ『新選組!』の土方歳三役の印象が強い山本耕史が演じました。1955年代からこのドラマの2018年時点で63年を越す、時代劇歴長期間の大ベテラン中村嘉葎雄も出演しています。






時代劇革命を巻き起こした『赤西蠣太』の映画とテレビドラマ






赤西蠣太』は1936年に映画主演350作級の歴代大スター片岡千恵蔵(赤西蛎太と原田甲斐の2役)と巨匠の伊丹万作の名コンビで千恵プロ時代に映画化された代表作の一つのドラマ版で、原作は文豪の志賀直哉、3度のドラマ化されています。

最初がTBS系東芝日曜劇場の228話、映画主演100作の名優の水島道太郎が主演の1961年版、石井ふく子がプロデユーサーで演出が飯島敏宏、脚本はオリジナルの伊丹万作、2度目がANNことテレビ朝日系のMBS、「テレビ文学館-名作に見る日本人-」の第3回として放送され、名古屋章が赤西蠣太を演じたと考えられ、脚本の茂木草介と演出の信太正行はほぼ一般的に無名な人物です。

3度目が巨匠の市川崑と名優の北大路欣也のコンビで1999年にテレビ東京系で2時間枠の長編ドラマが作られています。脚本はオリジナルの伊丹万作赤西蠣太(赤西蛎太の表記もあり)、戦後直後から大映映画の全盛期に美術で活躍、その後は美術の活動も継続しながら映画プロデューサーとしても5作強の代表作を残し、日本映画界の功労者の西岡善信がプロデユーサーと美術で参加、

市川崑伊丹万作を深く尊敬し、大きな代表作の「赤西蠣太」と「国士無双」に自分の映画監督感の影響を受けたのは有名な話です。のちの千恵蔵が初代の「金田一耕助シリーズ」の石坂版をいくつか監督しているので事実上の片岡千恵蔵の影響も同時に深く受けています。


「赤西蠣太」と「国士無双」の幅広い影響は、その後の日本映画に多大な影響を与え、喜劇俳優の榎本健一や古川ロッパなどの東宝の喜劇時代劇映画やわたしも彼の名前ばかり出すのは大嫌なのですが、戦後の黒澤明の西部劇と時代劇を掛け合わせた『七人の侍』、『用心棒』のありえない血しぶきなどの斬新な時代劇映画や現在のアニメにつながるまで構想、発想にも大きな影響を与えています。





赤西蠣太(赤西蛎太)の主な映像化作品
1936年の映画   主演=片岡千恵蔵 監督と脚本=伊丹万作
1961年のドラマ  主演=水島道太郎 演出=飯島敏宏  脚本=オリジナルの伊丹万作
1968年のドラマ  主演=名古屋章 演出=信太正行  脚本=茂木草介
1999年のドラマ  主演=北大路欣也 監督=市川崑  脚本=オリジナルの伊丹万作





市川崑は以前から敬愛する先輩監督の赤西蠣太を自分が監督してみたい作品だったことでしょうし、本当は映画で赤西蠣太をやりたかったでしょうが、残念ながら映画ではなくテレビドラマになってしまいました。

ですが再び赤西蠣太を映像化することに成功、その伊丹版の主演の千恵蔵と縁がある北大路の主演を実現させました。北大路欣也は大スター市川右太衛門の実子ですが、俳優としては父のライバルの一人だった片岡千恵蔵のほうが大きいと考えています。

影響、例えば忠臣蔵映画1959「忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻」で千恵蔵が演じる大石内蔵助の息子役の大石主税を演じているなどもありますが、この作品で赤西蠣太を演じているだけではなく、テレビドラマを含めた通産で演じた役柄もありますが、時代劇だけでなく現代劇にも強く進出し、両方で大きな功績をあげるなど、多彩に活躍した片岡千恵蔵の影響のほうが大きく、市川右太衛門は多彩な挑戦を控えて、時代劇の一方向の演技や同方向性を最後まで貫いた系の俳優でもあるからです。

ユーチューブなどにあるかもしれませんが、北大路欣也はまだ全員だったときのTOKIOのフジテレビの深夜バラエティ番組に出た際に片岡千恵蔵市川右太衛門の両御大ことや影響、偉大過ぎる先輩への尊敬の想いに関しても少し話しています。






赤西蠣太の映画3バージョンと北大路欣也×市川崑のドラマバージョンの商品化?






赤西蠣太の映画は3バージョンが存在しています。

赤西蠣太は公開時のオリジナル88分版(制作=片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ、配給=日活)と現存78分版、現存77分版の3作があります。現在も残っているのは後者の2バージョンです。



片岡千恵蔵×伊丹万作の「赤西蠣太」 映画の3バージョン
1.赤西蠣太 公開時のオリジナル88分版
2.赤西蠣太 現存78分版
3.赤西蠣太 現存77分版(商品化版)




赤西蠣太 [VHS]
赤西蠣太 [VHS]
千恵プロの著作権を持つ日活が1995に発売したVHS版です。1936年に眉毛を異様にぶっとくしたことも斬新、現代なら売れていない若手俳優や脇役、B級俳優、アングラ系俳優ならまだわかる演出部分ですが、しかもそれを一級の国民的映画大スターが当時に演じたところにも大きな意味がありました。このことも大きな革命でした。

外れればただの滑稽(こっけい)な失敗作の可能性があった中で、千恵蔵以外の他のスター俳優なら断固拒否していたことでしょうが、上司でもあり主宰の千恵蔵は革新的、斬新な万作の映画案を驚異的ともいえる柔軟な考え方で受け容れ、この映画の個性の数々が実現しました。


主演=北大路欣也 監督=市川崑の1999年のドラマ「赤西蛎太」は商品化はされていませんが、CS放送の時代劇専門チャンネルでハイビジョン版として放送され、個人的に録画しています。そちらで視聴可能です。




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新神風とは、日本制作インド映画?? 将来名優とはいかに・・



裏記事は来週から再来週中を予定しています。
場所⇒偽者Gメンたちが本物Gメンたちを救う極瞬間 Gメン70周年と未来






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[ 2019/06/27 00:02 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(3)

「凶悪の望郷」の鍵と扉 平成最後はテレビドラマに多大影響を与えているアノ男が大トリを飾る



平成最後の冬、最後の年末、日本人にとってはかけがえなく大きく大切なものだとわたくしチワワドラは考えています。この時代に生きている、存在している、存在したことの証なのですから、そんな最後の12月の最後の記事、やはり日本の映画やテレビドラマにもっとも幅広く、深く数多く貢献した”あの男で大トリを飾る”ことになりました。



15年ぶりに視聴した『非情のライセンス』第1シリーズの40話「凶悪の望郷」は15年ぶりくらいに視聴しまたが実に素晴らしい回でした。ゲストの個性を最大限に活かし、見せたい部分をきちんと見せ、展開が読めても楽しめる、よけるからこそよい、清清しさ、今や展開の見えない視聴者への煽りやハラハラばかりで描くことのほうが安易で安っぽいからです。展開の引っぱり芸中心などアメリカの真似程度にほかなりません。



テレビドラマ1話分の44分ほどの内容(『非情のライセンス』第1シリーズ40話「凶悪の望郷」の劇中分数)で描けることには限度があります。だから多くの深みや重複製はこの短時間、1時間弱の劇中分数の中で大きな鍵となります。ドラマファンでなければただ視聴しただけ、一時的な娯楽として特色や重要な部分を見逃しがちだからです。

40話「凶悪の望郷」もやはりテレビドラマの黄金期の1970年代、テレビドラマ全体に名優がもっとも多く存在したコトが大きな鍵となっています。



<「凶悪の望郷」の鍵と扉 平成最後はテレビドラマに多大影響を与えているアノ男が大トリを飾る>の開店です。




前回記事⇒国民的2大探偵 金田一耕助俳優&明智小五郎俳優の秘蔵師弟関係






非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」 主演 天知茂





40 「凶悪の望郷」 
脚本=今村文人 監督=永野靖忠



<「凶悪の望郷」の全キャストクレジット表記順>

会田刑事=天知茂 竜巻太郎=左とん平 木村秋子、松井洋子=大川栄子 戸塚修=今井健二 沼本平吉=由利徹 歌手=内田あかり 上野=山岡徹也 桂=長谷川弘 岩田刑事=岩城力也 組員A=団厳 幹部=五野上力 大月優子 木村弓美 佐々木順子 今村昭信 松沢勇 松下昌司 鈴木義紀 擬斗=加賀麟太郎 マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 真中=加藤嘉 マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 真中=加藤嘉     松井良作=片岡千恵蔵(特別出演)





<「凶悪の望郷」の全キャストクレジット表記順と内訳>


会田刑事=天知茂(主演)

竜巻太郎=左とん平(準レギュラー)

木村秋子、松井洋子(二役)=大川栄子(この話の事実上のヒロイン的扱い)

戸塚修=今井健二 沼本平吉=由利徹 歌手=内田あかり 上野=山岡徹也 桂=長谷川弘 
岩田刑事=岩城力也(準レギュラー) 組員A=団厳 幹部=五野上力 

大月優子 木村弓美 佐々木順子 今村昭信 松沢勇 松下昌司 鈴木義紀(役名の表記なし) 

擬斗=加賀麟太郎(現在だと擬闘表記が多い、もちろん擬斗なので出演はしていない)

マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 

真中=加藤嘉(かなりの名優のため単独表記)


松井良作=片岡千恵蔵(特別出演) もちろん単独表記、中央画面に主演の会田刑事=天知茂よりも画面に大きく表示の大トリ





非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」はゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演しています。この部分がこの話数の大きな特色です。



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ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 左とん平岩城力也パート






竜巻太郎=左とん平 岩田刑事=岩城力也の両名は『非情のライセンス』第1シリーズの準レギュラーです。この2人はあまり関係はありません。岩田刑事役の岩城力也は脇役俳優として活動し、俳優人生でほぼ目立つ作品がない人物でしたが、この『非情のライセンス』はセリフや出番が明確に認識できる準レギュラーとして存在感を部分的に放ち、最大の代表作としています。この40話でも一場面を任せられている箇所があります。


左とん平は主に喜劇俳優として活動し、1970年に映画やドラマに多く出演の自身の全盛期、いくつかのヒット作に助演、ほぼ脇役で出演、この『非情のライセンス』シリーズにおける出演も彼の代表的な出演の一つで、作中の扱いや役割は喜劇要因、第2シリーズでは刑事役で登場します。




ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 星美智子と倉岡伸太朗パート





星美智子は戦前から片岡千恵蔵の”千恵蔵映画”の大ファンだったことを明かし、東映時代劇中心の1950年代から1960年代にかけてに活躍した東映中心のヒロインや助演の女優です。実姉の星玲子は戦前の1930年代に日活現代劇中心に活躍したスター女優で、日活時代劇映画1939年『自来也』、別題『忍術三妖傳』(時代劇特撮と妖術=忍術的、仇討ち、明朗の要素を組み合わせた千恵蔵とマキノ雅弘のコンビの数多くある代表作の一つ)で片岡千恵蔵のヒロインを務めたことがあり、星美智子はこの頃からのファンのようです。


*”千恵蔵映画”=実際に千恵プロ時代の膨大な映画群にこのクレジットあり


片岡千恵蔵を恩師の一人としている2018年に死去した名女優の赤木春恵は、NHKのラジオインタビューの中でお通(千恵蔵の宮本武蔵のヒロイン、戦中版宮本武蔵の監督は時代劇映画の大巨匠の伊藤大輔)との別れのことを話していましたが、この別れのシーンは戦中の戦地へ死ににゆく男性を見送る女性の悲しみと連つけて、男女の別れが描かれました。片岡千恵蔵は戦前と戦中の大ヒット映画「宮本武蔵シリーズ」でも多くのファンを生んだようで、星美智子も視聴していたことでしょう。『非情のライセンス』第1シリーズ40話「凶悪の望郷」の星美智子の出演は、とあるバーのマダム役で千恵蔵の特に序盤のシーンに登場しています。


倉岡伸太朗(別名義・倉丘伸太朗)は片岡千恵蔵が目にかけていた俳優の一人とも言われています。彼は千恵蔵のテレビドラマ主演の代表作的なテレビ時代劇『軍兵衛目安箱』(1971)で黒田軍兵衛の部下役を演じ、共演しています。千恵蔵の演じた黒田軍兵衛は脚本の結束信二が軍師の黒田官兵衛(黒田孝高)をデフォルメしたキャラクターだと考えられます。結束信二は片岡千恵蔵の映画時代に多くの縁がある名脚本家の一人です。「凶悪の望郷」では千恵蔵演じる役柄の過去の事件と関与しており、師と後輩の2人の共演シーンが作られています。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 今井健二 加藤嘉 再び左とん平パート





真中=加藤嘉は大映から東映で作られた「千恵蔵のギャングシリーズ」や「多羅尾伴内シリーズ」に多数助演し、個人的にも視聴していますが、刑事役を多く演じているなど、千恵蔵にかなり世話になった人物の一人です。大女優の山田五十鈴の最後の夫で映画の名優です。今井健二(今井俊二)は片岡千恵蔵治世、天下の東映映画の後輩として、同期に高倉健、丘さとみなどの東映ニューフェイス第2期生としてデビュー、この時点で影響を受けていたということが言えるでしょう。千恵蔵の代表作だと「千恵蔵のギャングシリーズ」の名作『最後の顔役(1963)』と1963『ギャング忠臣蔵』に脇役で出演。



左とん平は関係ないと書きましたが、間接影響に関与しています。それは1969年の松竹映画『七つの顔の女』(岩下志麻主演)に出演しています。 『七つの顔の女』は片岡千恵蔵の現代劇映画の代表作シリーズの一つ「多羅尾伴内シリーズ」(別名「七つの顔の男シリーズ」の影響作の一つです。また、40話「凶悪の望郷」劇中のある場面で左とん平演ずる竜巻太郎が多羅尾伴内のことを話す場面が存在しており、印象に残る場面の一つといえるでしょう。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 由利徹パート





由利徹は東宝の喜劇時代劇映画でも存在感を残した全般は喜劇俳優ですが、東宝喜劇時代劇は片岡千恵蔵が1930年代に旋風を起こしたナンセンス時代劇映画の影響受けています。


片岡千恵蔵の特に伊丹万作とのコンビ(当時のキネマ旬報ベストテンランクインや他のベストテン賞に多くがランクインするなどの高い評価や大影響)で1930年代中心に大当たりしたナンセンス時代劇、ナンセンス時代劇映画がありましたが、1938年にピー・シー・エル映画製作所(=略称はP.C.L.)を経て創立した東宝では、喜劇三大俳優の榎本健一や古川録波(古川ロッパ)、柳家金語楼が千恵蔵のナンセンス時代劇映画の影響を受けた東宝は喜劇時代劇、喜劇時代劇映画を形成、


戦後からは森繁久彌なども東宝喜劇時代劇で活躍、由利徹も助演でいくつかの東宝喜劇時代劇映画に出演、森繁久彌も千恵蔵の影響(千恵蔵が形成したナンセンス時代劇の影響を受けた当方の喜劇時代劇映画でも活躍)を本人や自分の演技を見出したマキノ雅弘(千恵蔵とマキノ雅弘の特に戦前の名コンビの恩恵、そのマキノ雅弘の力で東宝「次郎長三国志シリーズ」の助演の森の石松が映画最初の当たり役、しかも森の石松は千恵蔵もハマリ役の一つにしている役)を通じて幅広く影響を受けています。由利徹もこの頃にいくつかの東宝喜劇時代劇に出演を果たしている間接的な恩恵を受けています。


また、由利徹の東映出演作では千恵蔵の直属後輩の高倉健が主演した「網走番外地シリーズ」に多数助演し、間接的な影響を受けていたことになります。

ちなみに上記部分で登場させた伊丹万作つながりで少し逸れますが、千恵蔵がいなければ現在もマスコミが誇張して取り上げる伊丹十三もいませんでした。その影響は父の実積(千恵蔵×万作のコンビの大成功)が自分の映画製作と活動の路線に大きな影響を与えているからです。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演 開いた扉(=まとめ)






最後に前回、前々回の関連記事でも取り上げていますが、主演の会田刑事役の天知茂も自分の活動や路線に影響を受けています。

そんなことで40話「凶悪の望郷」はゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演していますし、表上はゲスト扱いですが、事実上の主演としても描かれています。これが凄く面白い部分です。2018年の最後の記事、平成最後の12月、やはり大トリにふさわしく、映画だけではなく、テレビドラマにも大きな影響を現代も数多く与えている超大俳優の片岡千恵蔵になりました。


映画ブログはマキノ雅弘であり、わたくしチワワドラとしてはふさわしい記事の最後だと感じています。




裏記事の公開 2019.1.8 ↓
刑事ドラマにつながるGメン映画のキズナアイの理由




姉妹の映画ブログの新記事 やはり最後の最後はこのドラマ記事は千恵蔵、下記の映画はマキノ雅弘の両大巨搭がお出ましだ
生誕110年天下大巨匠マキノ雅弘伝 浪人旋風影響に黒澤明 近衛十四郎 三船敏郎 阪東妻三郎






「多羅尾伴内」の七つの顔の男と「名探偵コナン」の安室透のトリプルフェイス まさかのパクリ疑惑





多羅尾伴内―七つの顔の男
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片岡千恵蔵は時代劇中心映画俳優だからできる身のこなしと独自な整い美、製作者としての自己や映画のプロデュース力、突き抜けた個性を魅力的に見せるため複数要素をふんだんに詰め込んだ多彩さ、世界中の他の誰にも真似できない独自な映画、”千恵蔵映画”が「多羅尾伴内シリーズ」でした。



アニメ映画「名探偵コナン」の安室透(声・古谷徹)=トリプルフェイスの異名のキャラクター(役柄)は多羅尾伴内(俳優・片岡千恵蔵)=七つの顔の男(戦後直後から大ヒットした大映と東映の映画シリーズ)の異名から来ています。名探偵コナンはほかにも数多くの元ネタがあるキャラクターが登場します。これまでも銭形平次やシャーロックホームズ、明智小五郎など多数の元ネタを持つキャラクターが登場、

そして今回は安室透のトリプルフェイス(三つの顔の男)、元ネタは名探偵の多羅尾伴内=「七つの顔の男」なのです。これは「名探偵コナン」の原作者の青山剛昌の良い意味でのリスペクトであれば良いのですが、悪く言えば青山剛昌、日本テレビ、映画配給の東宝のパクリとも考えられてしまいます。



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関連記事
[ 2018/12/24 23:42 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(2)

国民的2大探偵 金田一耕助俳優&明智小五郎俳優の秘蔵師弟関係










横溝正史の金田一耕助の初映像化である初代「金田一耕助シリーズ」(1947~1957、6作から総集編や改修版など含めると11作説)で金田一耕助役を映画で演じて、原作有の探偵概念を初めて日本の映像史に定着された片岡千恵蔵、当時概念の観客動員もそこそこの数字を記録して、千恵蔵の十八番の一つとも記録が残さされています。その後、多くの俳優で映画やテレビドラマ化、現在も(2018年はNHKで70年以上にわたって)映像化されています。


そのライバルともいえる有名な探偵の明智小五郎役を「江戸川乱歩の美女シリーズ」(テレビドラマ長編が全25本、1977~1985)を映像化で定着させた天知茂、明智小五郎役は映画でもそれまでも映像化されていましたが、具体的にヒットさせたという面では天知茂が大きな存在でした。その後、テレビドラマでも多く映像化、明智小五郎は映画だとカルト路線として作られています。


互いが実積の一部に探偵概念の縁や共通点のある俳優同士であり、刑事や探偵、時代劇で関わりがあった大先輩と後輩です。今回はさらにもう数歩は片岡千恵蔵天知茂の関係に迫れたらと考えています。「国民的2大探偵 金田一耕助俳優&明智小五郎俳優の秘蔵師弟関係」スタートです。






この記事の前記事(事実上の1)⇒国民的テレビ時代劇「大岡越前」がつないだ歴代大先輩と次世代を担う後輩と45年間の共同キセキ



千恵蔵と天知に関する前回の正当な前記事(事実上の2)⇒国民的テレビ時代劇「大岡越前」がつないだ歴代大先輩と次世代を担う後輩と45年間の共同キセキ

*下記の今回が3つめ




片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演 縁がある後輩俳優の3つのテレビドラマ





さらにもう一つ、決め手とも言える大先輩と後輩の親交のつながりを示す大きな証拠が存在しています。それが刑事ドラマの名作の『非情のライセンス』です。片岡千恵蔵はテレビドラマに多数出演しましたが、。ほとんどがテレビ時代劇であり、現代劇にはほとんど出演しませんでした。






片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演

非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」 主演 天知茂 1973年12月に放映
『桃太郎侍』(高橋英樹版) 221回 「どうぞお縄を………」 主演 高橋英樹 1981年1月に放映
『銭形平次』(大川橋蔵版) 768回 「平次 潜入大作戦」  主演 大川橋蔵 1981年6月に放映




片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演は上記の3つのみ、個人的に3つとも視聴済みです。時代劇は『桃太郎侍』と『銭形平次』の2つ、現代劇はなんと『非情のライセンス』のただ1度だけであり、2人には何かに通じた部分があったのでしょう。片岡千恵蔵は戦前から時代劇概念の形成と牽引に尽力した国民的映画スターであり、戦前から日本の芸能界を牽引してきた大人物、なんの関わりもない人物のテレビドラマ作品にはほぼ出演していません。





片岡千恵蔵 著作権配慮

*上記写真は片岡千恵蔵が『非情のライセンス』の40話「凶悪の望郷」で演じた松井良作役のクレジットが登場したシーン、最近の俳優は韓国や日本にも多いが、少し活動したクラスの実積の俳優が軽く特別出演の扱いされることがありますが、彼は正真正銘の超大俳優であり、(特別出演)は事実で当然でした。著作権侵害の配慮のため、顔は隠しています。








後輩の3スター天知茂高橋英樹大川橋蔵と共演の意図と関わり





非情のライセンス』の天知茂、『桃太郎侍』の高橋英樹、『銭形平次』の大川橋蔵の3名はそれぞれに何らかの縁があった人物です。『銭形平次』の大川橋蔵は東映映画時代の直属の後輩の大物スター俳優、映画共演数も数十作にのぼりますし、高橋英樹とは映画を含めると日活映画の後輩や時代劇そのものの後輩ですし、テレビ時代劇の秀作『編笠十兵衛』(1974~75、東映とフジテレビ系)と『十手無用-九丁堀事件帳-』(1975~76、東映と日本テレビ系)で高橋は主演、両方とも千恵蔵は準レギュラーで全話(特別出演)の関係で多く共演しています。もちろん互いに全話視聴済みですが、両方とも素晴らしい作品でした。千恵蔵はその流れで『桃太郎侍』に出演していました。


天知茂とも何の関わりもないと出演はしないクラスの大俳優ですから、大岡越前(第1~3部)の共演があったことが大きく影響していると考えるべきでしょうし、それが縁で出演したということが現実だと考えることが普通でしょう。


今回、この記事のこともありますが、『非情のライセンス』の40話「凶悪の望郷」を15年以上ぶりに視聴しました。上記”片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演”からもわかりますが、テレビドラマ現代劇のゲスト出演はこの『非情のライセンス』の第1シリーズの40話のみで、天知茂との共演は凄く貴重なものだったことがわかります。二人が初めて共演した「大岡越前」第1部~第3部(1970~1973)の第3部は1973年1月に終了、その後、11ヶ月ほどを経て、『非情のライセンス』の40話(1973年12月に放映)に出演したことになり、このことからも天知茂の片岡千恵蔵への大きな尊敬が伺える部分です。






「非情のライセンス」は「太陽にほえろ!」よりもハードボイルド路線 そして対話や対面劇の要素





そもそも『非情のライセンス』の第1シリーズは1973年4月から1974年3月の毎週木曜日22時台に1年間の全52話が放送され、全体は刑事ドラマジャンル、『太陽にほえろ!』(1972~)などに反して、比較的に多く描かれる刑事同士の人間関係や人情要素というよりは殺人事件やヤクザや拳銃、盗難、政治家の汚職などの題材をアクションや銃撃を交え刺激的、過激的に動を描いて、ハードボイルド刑事ドラマとも題されていましたが、それに反して静の部分的に対話や対面劇の要素も存在しており、特に大物ゲストが参加した場合はこのような対話や対面劇の要素が強くなることがあります。



千恵蔵がゲスト出演した40話「凶悪の望郷」は1973年の12月13日(大安)に放送され、ちなみに当時のカレンダーを捜して確認しています。この話数もゲストとの共演ぶりを描きながら捜査を行いつつ、ゲストの出番と事件の一端を解決させる内容です。




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天知茂の当たり役の明智小五郎役は、1985年の死後以降の「江戸川乱歩の美女シリーズ」の流れだと、北大路欣也や西郷輝彦が演じていますが、彼ほどの評判を呼ぶことはできませんでしたし、こわもてながら芯のある紳士さと心根の温かさを秘めた彼の明智小五郎は定着していました。25本13つの大量のDISCは本当のドラマファンに価値があるものです。





今回の記事の裏道記事
2018-12-04 刑事ドラマに連結するGメン映画 忘れてはならない特撮テレビドラマ超貢献の名脚本家



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月形龍之介の助演代表作と「雄呂血」名匠 知られざる多数代表作から不思議な悲運


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[ 2018/11/24 22:09 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(6)

『遠山の金さん』と『宮本武蔵』で再浮上 時代劇形成千両役者と長年続く奇妙因縁





テレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』に参加した稲垣浩、渡辺邦男、佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の中から今回は佐伯清監督に迫りたいと思います。彼の実積を知ることで低迷しているテレビドラマ界の再起や飛躍のヒントが隠されているかもしれません。

今回は『遠山の金さん』と『宮本武蔵』で再浮上 時代劇形成千両役者と長年続く奇妙因縁ち題して独自列車が走ります。




前回記事⇒テレビドラマで実現した通産43年の終着駅 主演俳優の苦悩苦闘の前に欧米人



名音楽家の牧野由多可とテレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』






東映チャンネルは2018年6月から7月にかけてテレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』をハイビジョン版で再放送をしています。チワワドラマはアニメも好きですが、特に東映時代劇のファンでもあり、東映チャンネルに長年加入しています。『旗本退屈男(1973)』は以前に時代劇専門チャンネルでCS初放送されたときにハイビジョン版で初めて録画していますが、今回も新たに2018録画版として再録画しています。

部分的に少し見直しましたが、『旗本退屈男(1973)』の牧野由多可は現在聴いても曲が良いですよね。彼は作曲を山田耕筰に師事して邦楽合奏も得意としており、手がけたテレビドラマ音楽にも独特な個性を残しています。ですが、テレビドラマの音楽の数がすごく少ない部分が難点です。


牧野由多可は『旗本退屈男(1973)』のほかに刑事ドラマの大ヒット作『特別機動捜査隊』の1961~1966年まで初代の音楽やテレビ時代劇『お命頂戴!』(1981)は印象的です。『特別機動捜査隊』も独特でセンスが良いわけですが、片岡孝夫(現在の片岡仁左衛門)が主演した秀作時代劇『お命頂戴!』のテーマ曲だけでなく、劇中曲の数々が作品の中で異彩な光を放っており、個人的に名曲です。邦楽の要素を映像音楽としてかみ合うように上手に仕上げ取り入れています。彼なりの和の表現が感じられ、ドラマの中で曲が聞けますが劇中曲のサントラがないのが非常に残念です。


現在の日本の音楽家も欧米音楽だけではなく、この邦楽の要素を映像音楽をぜひ行ってほしいものです。


牧野由多可 作曲 尺八譜 三曲 落葉松 (送料など込)
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テレビドラマ『旗本退屈男(1973)』に行き着くまで 佐伯清の存在





『旗本退屈男(1973)』の参加話数
佐伯清 9、10、22話



チワワドラは下記の内容をドラマブログで全面に出していいのか、正直悩みましたが、彼もテレビドラマでも監督を担当したため、映画のことも登場させています。佐伯清はテレビドラマの監督としても活動しましたが、9割が映画で活躍した人物だからです。

この『旗本退屈男(1973)』を独自な形で取り上げるためには重要なことだと考えて今回も挑戦させていただいています。





佐伯清 離れても引きつく磁石を白日の下に晒す 歴代超大物スターと長年続いた奇妙な因縁





佐伯清は片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ(時代劇形成貢献と戦後の黄金期を牽引した歴代映画スター片岡千恵蔵の映画製作会社、全体は戦前の時代劇映画の最王手の日活映画が配給)で、伊丹万作の代表作の2本、1935『戦国気譚 気まぐれ冠者』、1936『赤西蠣太』の助監督デビュー、その後、伊丹万作は東宝に引き抜かれてしまい、移籍に伴って佐伯清も東宝へ移籍、1938年『巨人伝』などの東宝の製作担当を経て、1940年代後半に監督デビュー、長谷川一夫の好評価の現代劇『ぼんぼん』を手がけ、同俳優の「銭形平次捕物控シリーズ」の事実上の1作目の1949年『銭形平次捕物控 平次八百八町』(配給・新東宝)を監督、のちの10作以上となるシリーズの形成に大きく貢献します。


その後は新東宝時代に1951年に片岡千恵蔵がトップスターとしてスタートの映画会社の東映の創立直後の千恵蔵の「ギャングシリーズ」&「にっぽんGメン」の3作目1951『にっぽんGメン 不敵なる逆襲』を手がけるも東映へ移籍せず、新東宝映画中心に、東宝で大河内傳次郎の最後の主演・大石内藏助の『四十八人目の男』(1952)を手掛け、ようやく1953年に東映へ正式移籍、東映映画1作目は山田五十鈴と大友柳太朗による1953『加賀騒動』でした。


赤西蠣太 [VHS]
赤西蠣太 [VHS]

MANSAKU ITAMIの英大文字が印象的、実は赤西蠣太や国士無双は近年に欧州で上映されて評価されています。当時、これを製作したことが凄い事です。


上記の画像の通りにっかつ名作映画館の扱いでリリースされていますが、製作は千恵プロ、配給は日活なので日活作品にも該当します。原作の文豪・志賀直哉が名作映画「赤西蠣太」の撮影中に片岡千恵蔵伊丹万作のエスコートとを受けて、千恵プロの撮影所を接対、案内されたというエピソードが残されています。「赤西蠣太」の助監督だった佐伯清もそこにいたのかも知れません。

志賀直哉は撮影所の経験が生涯嬉しかったようで、チワワドラはこの音源を聞いていますが、志賀直哉が存命中に出演したNHKのラジオ番組でこのエピソードを嬉しそうに語っています。志賀直哉の映画化作品はたとえば、映画200作の吉川英治などと大衆大作家などと比べると極端に少なく、この「赤西蠣太」だけ映画化作品の中でも”突き抜けて当たった”ことも本人が嬉しいがる部分に大きく影響していることでしょう。







『遠山の金さん』と『宮本武蔵』 時代劇形成千両役者との再びの再縁に恵まれる






佐伯清の東映時代は再び片岡千恵蔵との奇妙な因縁が再開します。千恵蔵の当たり役の一つ「遠山の金さんシリーズ」とオールスター要素の1955『勢ぞろい喧嘩若衆』を監督、東千代之介の初の現代劇映画主演作の1956『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』、東千代之介(佐々木小次郎役)と千恵蔵(宮本武蔵役)の2大スターによる1957『佐々木小次郎(1957)』、『佐々木小次郎 後篇』も実積、ここからさらに流れに乗っていきます。


片岡千恵蔵とは1935年に佐伯清が助監督時代に知り合い、1950年代からの移籍や東映時代の活躍の流れに導いたわけであり、監督の師匠の伊丹万作だけでなく、ある種の影の恩師だったともいえるかもしれません。片岡千恵蔵は歴代主演映画俳優の中で戦前からもっとも数多くの映画監督に幅広い良い影響を直接与えています。前回記事の丸根賛太郎も同様ですが、佐伯清も数多くの一人といえるでしょう。



夕日と拳銃 上巻 (角川文庫)
夕日と拳銃 上巻 (角川文庫)

1950年代を代表する時代劇映画スターの一人の東千代之介が現代劇の主演を務め、檀一雄の原作の「夕日と拳銃」を佐伯清が『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』として映画化しました。『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』はCS放送で再放送されており、個人的にも録画しています。




*今回の裏通り記事  ↓    ↓
名匠の霧の小次郎と昭和残侠伝 高倉健が片岡千恵蔵から引き受けた大影響

ウラの前回記事⇒当たり役と時代の荒波の飲み込まれてから10年後の奇跡


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[ 2018/06/28 07:25 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(7)

テレビドラマで実現した通産43年の終着駅 主演俳優の苦悩苦闘の前に欧米人





今回は『旗本退屈男(1973)』 連続テレビドラマ史希少の4巨匠1名匠の豪華布陣集結の「2大巨匠の稲垣浩渡辺邦男」部分で取り上げた稲垣浩渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の内、稲垣浩に関しては稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群稲垣浩パート2 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群などで取り上げていましたが、他の部分はまだでした、そのため今回はその続きに迫ります。





歴代大スターだからこそ実現す。稲垣浩、渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣






渡辺邦男に関しては以前に取り上げています。天皇の渡辺邦男と松本常保 映画とドラマと 時代と運命と【大進撃】映画界の天皇 渡辺邦男が参加した主なテレビドラマたちを公開で取り上げていましたが、新しく書いてしまったので別なものを投稿します。






その前に改めてテレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』に関する続きです。テレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』は稲垣浩、渡辺邦男、佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣で制作されました。そこに至るには長い、実に苦しい流れがありました。43年です。


当時の平均寿命が70歳ほどのときの43年はほんと長期間です。しかも映画時代は映画会社の専属制度なので負担も現代のような気軽さはなく、倍の締め付けがあり、10年のレべルで長期間活躍するだけでも、現在でいう30年以上に相当すると考えています。現在はある程度でも地位があれば長くやれてしまう時代ですが、当時は結果を出さないと常に切られる要素が今以上に激しく強い時代でした。改めてこの43年が今回のキーワードです。





事実上の世界歴代3位の映画スター





旗本退屈男市川右太衛門の最大の当たり役で、数多くの役を演じた中でも突き抜けたイメージが定着した役柄(今で言うキャラクター)でした。市川右太衛門の主演映画300作強、この数字はサイレントのみで活躍した日本最初の映像大スター尾上松之助、市川右太衛門のライバルの一人でもあり、戦後は映画会社東映の重役兼同僚の時期もあった最大のライバルの片岡千恵蔵に次ぐ、世界歴代3位です。現代や過去のハリウッドスターやそれ以外の地域俳優が一生懸命にやっても圧倒的に及ぶことがない異次元の金字塔に到達、彼や彼らはまさに世界を代表する映画界や映画スターを代表する一人といえるでしょう。


市川右太衛門の自分の映画会社の通称・右太プロで『旗本退屈男(1930)』として製作がスタートし、舞踊をモチーフにしたとされる独自に追求したといわれる華やかな立ち回りや独自なしゃべりと言い回し(スタート時はサイレント映画)、キメ台詞、知識に問わず分かりやすい内容などで大きく評判になりましたが、右太プロを畳んで松竹傘下の新興映画に移籍したときの通算9作目の1938年『宝の山に入る退屈男』で製作がストップしてしまいます。







佐々木味津三 イッパツ屋じゃない真実の大原作者に迫れ



旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男
小説家の佐々木味津三(ささきみつぞう)は旗本退屈男の原作者です。

佐々木味津三の代表作は「旗本退屈男シリーズ」だけでなく、「右門捕物帖シリーズ」の原作者としても知られています。この二つは死後も数多く作られ、生涯の2大代表作となりましたし、両方のシリーズが戦前から戦後にかけて同時期に国民的な作品となりました。つまり現代も漫画などで原作者が一つのシリーズだけが突き抜けている人は数多くいますが、それは最低限、佐々木味津三はそれを余裕で上回る二つの国民的作品の原作者だったわけです。

同時期に国民的な作品になったこともものすごいことなのですが、二つの国民的作品の原作者として高く評価すべき点でしょう。所詮一つくらいの代表作は他にも大勢いるある程度レベルなのです。今後も日本でも海外でも一つくらいの国民的作品を生み出す人物は数多く出てくることでしょうが、二つは極端に人数が減少します。突き抜けた代表作が一つだけではなく二つあることの凄さ、これぞ本物です。


テレビドラマでも1950年代後半から2000年代前半にかけて「右門捕物帖」は6度の機会、「旗本退屈男」は5度の機会で何度も映像化されました。つまり二つをあわせると映画とドラマで1920年代後半から2000年代まで70年強にわたって「右門捕物帖」と「旗本退屈男」の2大代表作は繰り返し映像化されているのです。これは嘘ではなく真実です。これも十分に世界レベルの大記録でしょう。







主演俳優の試練 変貌を求められた苦闘の日々





戦後の1950年まで約13年を待つことなり、最低でも2000万人以上、個人的には最低でも3000万人は動員したと考えています。1950『旗本退屈男捕物控 七人の花嫁』で再スタートしたものに、まだアメリカに敗戦後の日本はGHQ統制下であり、自由な作品が作れない状況でした。まさに予期せぬとおせんぼ、欧米人の圧力というどうしようもない到来の嵐に屈するしかない状況が初演俳優を襲ったのです。



正確にはただ娯楽映画を作りたいだけだったわけですが、アメリカ側の勘違いですが、過激や反抗を煽ると考えられていた剣戟シーンまでも封じられ、剣戟を取り入れ成敗を魅力とする部分が集団劇、裁きや捕物要素を持つ作品へ一時的に変貌、しかし1952年にGHQ統制が解除され、本来の旗本退屈男の魅力が戦後風に戻っていくこことなりました。



その中でも1956年の年間観客動員第5位に『旗本退屈男 謎の幽霊船』(監督は巨匠・松田定次)がランクインしました。この『旗本退屈男 謎の幽霊船』は通算20作目&カラー1作目です。カラーを魅力を活かし、色彩の華やかさを全面に作品に押し出し、当時に話題を呼んで観客動員がシリーズ最多を記録したのだと考えられます。これまでにない新しい旗本退屈男を観客に提示したわけです。





GHQの日本洗脳 70年続いた「支配システム」の呪縛から日本を解放せよ!
GHQの日本洗脳を説いた書籍 表上は開放されたことになっていますが、何代をふてもその呪縛はとかれることがなく、今喪何らかの支配が続いているのかもしれません、



テレビドラマというよりも映画が多めですがさらに裏側に続く
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当たり役と時代の荒波の飲み込まれてから10年後の奇跡


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「嘘と誠」西城秀樹の死真実 マスコミ報道がまたやらかした嘘




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テレビドラマ界のシークレット厳守 東宝と東映の公武合体の証拠を紐解く



1960年代のテレビドラマに形成や確立にはライバル会社同士の交わりが存在していました。今回はその部分にもスポットを当てていこうと考えています。「テレビドラマ界のシークレット厳守 東宝と東映の公武合体の証拠を紐解く」スタートです。



前々回⇒【三船プロ秘録】金の種亡き父親にすがる息子 野武士に稲垣ドラマの全真相の3見出し目の「野武士とこの製作プロダクション 今も金の種の亡き父親にすがる息子の姿」の部分に関連した記事です。




五人の野武士』に秘められた東宝と東映の公武合体 その証拠を暴く





三船プロダクションが製作に関与したテレビ時代劇『五人の野武士』の監督は、東映の時代劇映画の黄金期に貢献した映像化の名手の萩原遼(A)内出好吉(B)が事実上のチーフ的役割を果たしている作品でした。この二人の参加担当話数は通算14回であり、二人だけで全26話の半分を越しています。萩原遼はもっとも重要な基礎となる1、2話などを担当し、内出好吉は最終回を含む10話を担当しました。さらに大映出身で東映やユニオン映画のテレビドラマに多く参加した西山正輝、東宝や三船プロ(配給は東宝)で助監督で東宝映画に参加した経験がある丸輝夫が中心で参加していました。全体は東映の印象です。



(A)萩原遼=特に戦後に活躍したほぼ娯楽時代劇映画の名匠の一人、名プログラムピクチャーでもあり、数多くのヒット作を量産した。特に映画俳優は片岡千恵蔵との16作、中村錦之助との19作、東千代之介と11作の名コンビで知られる。




さらに萩原遼に関しては長くなるのでコチラのウラブログ ↓  ↓
超豪華製作陣営 東宝関連のテレビドラマに東映の2名匠が困窮




(B)内出好吉=時代劇の大巨匠の伊藤大輔のヒット作『おぼろ駕籠』(1951)で助監督を経て、松竹で監督デビューするが大きな成果は挙げられず、数年で東映へ移籍、その後の上位から数番手扱いの映像化監督として定着


更なる内出好吉に関してウラブログ  ↓   ↓
超豪華製作陣営 東宝関連のテレビドラマに東映の2名匠が困窮




新諸国物語 「笛吹童子」 [DVD]
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映画監督やテレビドラマ監督の萩原遼は上記の『新諸国物語 笛吹童子』3部作(映画)も代表作です。



金正日 隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く (文春文庫)
金正日 隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く (文春文庫)
この↑の萩原遼とは別人です。この人は映画監督やテレビドラマ監督のではなく作家であり、同姓同名なだけです。




五人の野武士』 脚本の全体は東宝関連





脚本も全体は東宝関連でした。1950年代の東宝映画の最大の黄金期を支えた大脚本家の笠原良三(C)が1,2話を含む、3回を担当、東宝を中心に東映でも活躍した娯楽脚本家の松浦健郎(D)が最終話を含んだ4話、今回全体で取り上げている藤木弓(稲垣浩の脚本家の名義)が3回、さらに名映画監督の岡本喜八、大脚本家の八住利雄(E)も東宝で活動した人物です。脚本牡中心は完全に東宝メンバーで彩られています。



(C)笠原良三=「社長シリーズ」、「サザエさんシリーズ」、「大番シリーズ」、映画版「お父さんはお人好しシリーズ」など多数のシリーズ代表作、東宝の戦後の娯楽路線の映画黄金期を支えた大脚本家、1950年代中盤から1960年代にかけての東宝の東映に次ぐ全体の2位に大きく貢献 大ヒットよりはスマッシュヒットが多く、脚本数は日本映画の長編映画で歴代2位の260作ほど、現在でも知る人は知る人物です。長編映画の脚本数で世界歴代1位は時代劇映画のトップ脚本家の八尋不二です。

*「お父さんはお人好し」はラジオが爆発的にヒットしたことで有名であり、ラジオの大ヒットを受けて、映画化されました。



(D)松浦健郎=日本映画黄金期の1950年代から1960年代を中心に東宝、東映、日活を中心に名作、大ヒット作を現代劇と時代劇を問わずに多く手掛け、短期間に大活躍した娯楽脚本家の大名手です。通産映画脚本数150強。

松浦健郎は、片岡千恵蔵の『無法街の野郎ども』や『ギャング忠臣蔵』などの通称「千恵蔵のギャングシリーズ」、『地獄の底までつき合うぜ』の「千恵蔵のギャングシリーズ」の内部編ともいえる「地獄シリーズ」、「千恵蔵の遠山の金さんシリーズ」の『さいころ奉行』、鶴田浩二の『弥太郎笠 前後篇』や『ハワイの夜』、マキノ雅弘監督の東宝の「次郎長三国志シリーズ」の1~7作目、稲垣浩監督の『佐々木小次郎』の3部作と『佐々木小次郎(総集編)』、石原裕次郎の『風速40米』、『天下を取る』、『喧嘩太郎』、高倉健の初期の代表的「大学の石松シリーズ」、三船敏郎の『新選組(1969)』が主な代表作です。


松浦健郎の名前は当時の大活躍ほど現代に知られていないため、今回は多めに取り上げました。


新選組[東宝DVD名作セレクション]
新選組[東宝DVD名作セレクション]
豪華キャストか集結した三船敏郎の『新選組(1969)』。監督の沢島忠はとある大俳優などの起用などを巡って東映と揉めて飛び出したとも言われますが、本人は東映のレジェンドトークという番組でこのことを否定していました。どちらにしても東映をフリーとなり、東宝で監督したことは事実です。その沢島忠監督は2018年に入って91歳で永眠されました。また沢島忠に関してもどこかで取り上げたいと思います。




東宝歴代トップの大脚本家の八住利雄 文芸映画と娯楽映画の無双の活躍





(E)八住利雄=映画脚本数通産240強、東宝の1930年代の初期から戦後の1960年代前半までの最大の黄金期にかけて大活躍、戦後は笠原良三とともに東宝の2大脚本家として知られる。


*(E)は見出し「『五人の野武士』 脚本の全体は東宝関連」の部分からです。



さらに続きはキーワードが多すぎるため続きはこちらへ移動公開
   ↓   ↓ 4月5日公開
映画240作の歴代大脚本家の八住利雄の知られざる扉を取り払う



五人の野武士』の監督と脚本家たちは現代では考えられない俳優以上に豪華メンバー






五人の野武士』の監督と脚本家たちは現代では考えられないレベルの実積の持ち主たちでであり、俳優以上に豪華メンバーが揃ったことがわかります。


『五人の野武士』の豪華監督と脚本家たち
監督 萩原遼、内出好吉
脚本 笠原良三松浦健郎、藤木弓(巨匠・稲垣浩の脚本家の名義)、岡本喜八、八住利雄


俳優と脚本家は東宝が中心、監督は東映の印象が強く、東宝強めの共同制作のような印象を残します。『五人の野武士』は貧しい人々を描いたあらくれものたちにスポットを当てたテレビ時代劇でもあり、映画『七人の侍』(黒澤明)のデフォルメや映画『戦国無頼』、『戦国群盗伝』(両方とも監督は稲垣浩)などの要素を感じさせてくれます。聞こえが悪いですが三船プロによる真似の要素もあります。この辺の作品からヒントを得たことでしょう。稲垣浩が脚本で『五人の野武士』に参加したのは以前の自分の監督作品の要素が存在しているからかもしれません。


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取り上げているドラマがあまり商品化されていないので、多くは映画関連になってしまうのは致し方ないとして、最後はテレビドラマ『五人の野武士』です。これでようやく結び目が締まりました。



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[ 2018/03/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群



今回は「稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群」と題して進んでいきます。

前回の裏通りで「テレビドラマに4大巨匠と1名匠の超豪華布陣が集結 『旗本退屈男(1973)』の謎」を公開しました。この関連を今回は掘り下げて取り上げていきます。もちろんドラマブログなので、テレビドラマに関連した部分も登場させる予定です。


前回記事⇒【2大衛門劇場】中村吉右衛門と市川右太衛門のターニングポイントドラマに肉迫




比較的に簡単に説明できる履歴の時点であまりたいしたことない人物





テレビドラマ『旗本退屈男(1973)』は2クールのつまり、半年間放送されたドラマとしては異例ともいえる豪華な監督陣でした。その証拠の一端をお届けいたします。


稲垣浩と渡辺邦男、佐々木康は実積が数多くある巨匠なのでおおまかな部分が中心になります。テレビなどは一分の人間だけを優遇するやり方が中心で、きちんと取り上げないので名前さえも知らない方がいるかと思います。ですが、テレビなどが優遇している人間よりも実積が上回る部分が数多く存在しています。


最初は稲垣浩です。彼と渡辺邦男がこの監督陣の中ではもっとも説明が困難な巨匠です。困難なことは基本的に実積が数多くあることを意味している場合が多いですし、俳優はこのブログでも常連の片岡千恵蔵や月形龍之介は多彩に数多くで実積があるため大変に困難です。それだけ現代への影響や貢献も最上級です。比較的に簡単に説明でき履歴の時点でそれほどたいした人物ではありません。これはどの分野でもある程度は通じています。


映画ポスター 監修:稲垣浩「大殺陣!大会」
映画ポスター 監修:稲垣浩「大殺陣!大会」

映画の上映のポスター。昭和51年6月21日(土)の渋谷公会堂とあり、昭和51は西暦で1976年です。さらに「キネマと舞台構成による 堂々六時間」と書かれており、これは映画と実演の殺陣を舞台上で披露したと考えられます。映画ポスターの監修が当時まだ存命だった稲垣浩だと残されており、色々と貴重な品です。




稲垣浩の映画界やテレビドラマ界 芸能界 現代への大きな貢献





・稲垣浩 13、15話  『旗本退屈男(1973)』の担当話数
時代劇4大巨匠に数えられ、時代劇の父の伊藤大輔に次ぐレベルで、時代劇や時代劇映画の形成に大きく貢献。通産の代表数では伊藤大輔を上回る。戦前から数十の代表作や後世への多大な影響力、1920年代後半から1930年代にかけて、主演330作以上の超大スター片岡千恵蔵と戦後の映画やテレビの娯楽時代劇や東映時代劇の基本となる”明朗時代劇の形成と牽引”、その後も多くの有名題材(宮本武蔵など)や股旅映画でも大成功。


片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ(*1)を日本のアート監督=映画作家の草分けの巨匠の伊丹万作と共に映画スター会社のトップの大成功に導く、戦前の日本映画界に旋風を起こし、当時の映画の最大の評価の一つ、数多くのベストテン賞に千恵プロ作品のみで20作近くがランクイン(*2)、通産の千恵蔵との名コンビは主に30作の代表作とコンビ数は現存版を含めれば50作近くに及びます。



(*1)千恵プロ=片岡千恵蔵プロダクション=映画スター片岡千恵蔵の映画製作会社、伝説の映画会社、映画スターの映画会社として1920年代の終盤から1930年代にもっとも成功し、もっとも多くの代表作を残した。ライバルの阪東妻三郎や嵐寛寿郎、市川右太衛門などの映画会社の受賞数や評価においては少なくても圧倒しました。ですが、観客動員においては余り差がなかったことが考えられます。


(*2)現在の映画界でいうとこの数倍以上の映画賞の受賞数に該当します。


千恵プロ時代―片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント (映画読本)
千恵プロは大スターの片岡千恵蔵、伊丹万作、稲垣浩の3人ばかりはクローズアップされがちですが、時代劇映画を代表する大撮影者の石本秀雄の大ブレイクに導き、助監督で戦後に大活躍する名匠の佐伯清の発掘、長谷川一夫ともっともコンビを組んだ巨匠の衣笠貞之助の弟の衣笠十四三(きぬがさとしぞう)がデビュー、さらに千恵プロの映画製作などの数々の資金管理の役割の会計係を果たしたことなど、有名な曾我正史の存在も忘れてはなりません。千恵プロを主に影で支えていた人物です。




テレビドラマの製作にもつながるチームワークの形成と稲垣浩 そして正史





曾我正史(監督名義は振津嵐峡の読み=ふりつらんきょう、曾我は別字で曽我)は、千恵プロの伊丹万作や稲垣浩の代理監督や千恵プロの資金管理で大きく貢献した後、のちに日活の撮影所製作部長、大映京都撮影所の取締役所長などいくつかを経て、戦後にニッポンシネマコーポレーションの取締役会長などによる映画界に多くの貢献や発展に尽力しました。曾我正史の実積でもありますが、これも大人物の片岡千恵蔵がいなければ無かったことであり、彼の実積の一部にもなります。


千恵蔵はただの大映画スターではありませんでしたが、大河内傳次郎(別字で大河内伝次郎)は自分が会社を持つことがなく、自信なかったのか、才能がないと承知していたのか、タイミングを逃したのか、生涯自分の映画会社は持ちませんでした。
長谷川一夫は片岡千恵蔵などの影響を受けて戦後直後に自分の映画会社を作りましたが、成功できずに残念ながら失敗してしまいました。東宝も良い部分もあるのはあることはあるのですが、長谷川一夫が東宝の関係者だからでしょうか、マスコミはこれを都合良く無視します。今では映画会社の失敗事実が無かったことになっています。

しかし片岡千恵蔵は大成功、俳優だけではなく、リーダーやトップとしての才覚を持ち、千恵プロを真の伝説の映画会社に導きました。



曾我正史(監督名義は振津嵐峡)は千恵プロの伊丹万作や稲垣浩の代理の監督と書きましたが、伊丹万作や稲垣浩は体が強くなかったことでも有名です。なので片岡千恵蔵は二人の脚本や原作は使用しながら、映像化してくれる代理の監督を立てることがありました。体が弱い監督とわかりながらあえて自分の映画会社にこの二人を採用と起用し、しかもメイン監督として維持させたことも一つの驚異驚愕です。それだけこの二人の才能を買っていたし、人を見る能力にも優れていました。

あえて才能を秘めた毒を起用し、毒を上手く制することで他にはない花が開くわけです。1920年代の後半からこんなことができる人物は他にほぼ誰もいませんでした。当時ならなおさらですが、自分の大事な映画会社に体が弱い監督は才能があってもなかなか起用や採用は困難です。チワワドラは片岡千恵蔵の価値観にとらわれない所も高く評価しています。




稲垣浩のテレビドラマへの影響と超大スター片岡千恵蔵の存在の大きな貢献の一つ





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上記写真の片岡千恵蔵 時代劇に合うほんと良い表情をしています。


この『鴛鴦旅日記』(1929)も稲垣浩と片岡千恵蔵の現存版含むと50作を越す、日本映画で歴代上位の名コンビの数多い代表作の一つと考えられています。『鴛鴦旅日記』は残念ながら部分的に場面が欠落しているため、オリジナル版ではありません。オリジナルと現存版の2作があります。

鴛鴦旅日記』は大当たりした時代劇のジャンルの股旅時代劇映画です。男女の恋愛要素と千恵蔵の大きな魅力である明朗要素、さらに股旅要素を散りばめています。今でいうとアニメに近い部分もこの頃の時代劇映画の魅力です。

稲垣浩と片岡千恵蔵はこの股旅時代劇映画の形成の大きな貢献とその黄金期を支え、、戦後は映画界全体の数多くのスターの後輩による股旅時代劇映画、さらにのちの股旅要素のテレビ時代劇にも大きな影響を与えました。


なんとなく承知していましたが、大巨匠の稲垣浩の大まかなすごさでさえ、一記事では取り上げられませんでした。さらに最後はちょっと反れてしまいましたが、こうした千恵プロの脅威のチームワークものちのテレビ時代劇やテレビドラマのお手本になっていたことも事実なので取り上げてみました。映画は自主なら一人で作れても、基本のテレビドラマは一人では作れないからです。




この続き↓ まさかのあのハンフリー・ボガート、早川雪洲、三船敏郎の有名俳優の夢の共演のその真相は↓
稲垣浩パート2 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群


映画愛子の愛ある新ブログが始動 一直線女子の映画向上会↓ ↓
あの森繁久彌も片岡千恵蔵を大きく下回る現実を暴露投下 
                       最初はやはり歴代№1映像俳優千恵蔵なのか?


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[ 2017/12/29 00:02 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

テレビドラマ黎明期列伝 徳川家斉を演じた大名優の暴かれる闘いの日々


テレビドラマ黎明期列伝 徳川家斉を演じた大名優の暴かれる闘いの日々


琴姫七変化』の部分をもう少し展開していきます。『琴姫七変化』で主人公の琴姫の父の徳川家斉を演じた海江田譲二は、映画の主演スターや助演、脇役で230作の映画に出演し、現在以上に激しい競い合いの中で長期間にわたって活躍しました。日本のテレビドラマの形成や発展には多くの映画俳優が関与していますが、彼もその1人でした。海江田譲二のテレビドラマへの出演数は少なかったわけですが、『琴姫七変化』の大ヒット作への出演はテレビドラマの唯一の代表作といえるでしょう。


現在では取上げられる機会が激減しましたが、海江田譲二は戦前から長期間にわたって活躍した映画ファンに有名な俳優です。テレビドラマの初期の貢献した人物でもあるため、映画時代のことを取上げてみようと思います。あくまでテレビドラマのブログであるが、反れていると考えられる部分もあると思いますが、あくまでテレビドラマの初期の功労者であるという面で目をつぶっていただければ幸いです。





国民的大作家の吉川英治やあの超大物作家の映画へ主演





1930年代前半から、日活の時代劇部門の俳優として活動をはじめ、15作以上の主演作を残し、中山安兵衛(のちの堀部安兵衛)役で『新釈高田の馬場』、長谷川伸の有名な原作の『沓掛時次郎(1932)』、時代劇スター・沢田清とダブル主演した吉川英治原作の代表作の一つの「隠密七生記」の映画作『隠密七生記 静中動篇』と『隠密七生記 動中静篇』へ主演しました。吉川英治は映画化が通産で1位の205を越した日本でもっとも大衆的な大作家、長谷川伸も日本の歴代上位の150作を越しています。

『隠密七生記』は戦後の最大の黄金期の東映で、東千代之介、中村錦之助、美空ひばりの主要キャスト、監督は巨匠の松田定次で再映画化されたことでも知られています。股旅もの作品の代名詞の一つ『沓掛時次郎』は、存命の平岩弓枝や故人の村上元三、山手樹一郎などの師匠としても知られる大作家の長谷川伸の作品群の中でも上位に含まれる代表作です。





歴代上位の大スター大河内と千恵蔵へ貢献 助演の活躍




また、1930年には大スター・大河内伝次郎が主演の名匠・辻吉郎によるオールスター『荒木又右衛門(1930)』にメインキャストの河合又五郎で出演、1931年は映画会社の片岡千恵蔵プロダクションと日活で、のちの巨匠・稲垣浩の『男達ばやり』で大スター・片岡千恵蔵の相手役を務め、1932年は大作家の子母澤寛のもっとも有名な股旅作『弥太郎笠 去来の巻』と『弥太郎笠 独歩の巻』では、片岡千恵蔵(主演の弥太郎役)の昔馴染みの友人の桑山盛助を演じました。デビューから3年ほどで全国的に相手役やメインキャスト、助演として存在感を示しました。


*『男達ばやり』=読み・だてばやり


昭和29年映画パンフレット 新選組鬼隊長 片岡千恵蔵 中村錦之助 月形龍之介
片岡千恵蔵の戦後の新撰組映画の主演7作のうちの1作
『新選組鬼隊長』の貴重なパンフレット



裏側リンク⇒海江田譲二の『平手造酒 新撰組 大岡政談』 そびえ立つ大都映画のトップスター・阿部九州男の影
リンク先は上の記事と下の記事との間を埋めています。







裕次郎や旭を生み出した人物と驚きのコラボレーション





1937年に東宝の関連会社の今井映画へ移籍し、『平手造酒(1937)』で『平手造酒 一刀流酒供養』(1933)以来の再び地獄の剣豪と称される平手造酒を主演で演じました。平手造酒は1910年代から数多くの映画スターが主演で演じてきた有名な役柄の一つです。


さらに清水次郎長にも登場する有名な役柄、吉良の仁吉役で『吉良の仁吉』へ主演、残念ながら清水次郎長を主演で演じることはありませんでした。この映画は後の日活の名映画プロデューサー、名企画者として知られる児井英生(こい えいせい)が監督を務めています。児井英生は監督から映画界へ飛び込んで、入江たか子と月形龍之介がダブル主演した東宝映画『白い壁画』から監督を退いて、現場以外の制作畑へ本格的に足を踏み入れました。


海江田譲二の『吉良の仁吉』の時の児井英生は映画プロデューサーや企画者の活動に向かう前であり、今井映画の監督でした。児井英生は戦後の日活で石原裕次郎小林旭の映画スターとしての活躍へ貢献した人物として知られています。


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石原裕次郎小林旭、吉永小百合、石原裕次郎の上、
全体の右上の人物は果たして誰??






海江田の『雲霧仁左衛門 鼠小僧次郎吉 坂本竜馬 銭形平次 大岡越前守 堀部安兵衛』





1937年『雲霧仁左衛門 前篇』、『雲霧仁左衛門 後篇』、庶民のヒーロー・鼠小僧次郎吉の題材の『鼠小僧初鰹』に主演しました。雲霧仁左衛門は作家の池波正太郎で1972年から『週刊新潮』で連載される30年以上前の題材作でした。海江田は1938年に今井映画が松竹に買収されたことで、配給元の東宝へ移籍しました。


東宝時代は岡本綺堂の有名題材『相馬の金さん』が有名作でした。その後は1年も経たずに松竹へ移籍し、海江田譲二が坂本竜馬を演じた『坂本竜馬の妻』、野村胡堂の有名原作の『銭形平次捕物控』(1939)の2作へ主演しました。銭形平次を映画で演じた俳優は関操、嵐寛寿郎、小金井勝に次いで4人目が海江田譲二でした。1939年から坂東好太郎や高田浩吉などの松竹の生え抜きの大スターの助演が増えていき、海江田譲二の主演映画は1940年が最後となってしまいます。


その後も松竹の出演作が続き、助演俳優としての活動が全体となります。その頃の有名作は坂東好太郎と高田浩吉のダブル主演作『権三と助十』の3番手的な役柄で大岡越前守を演じた部分といえるでしょう。さらに1941年の巨匠・溝口健二の歌舞伎の演目を基にした真山青果の原作『元禄忠臣蔵 前篇』、1942年『元禄忠臣蔵 後篇』には出番はかなり少ないながらも堀部安兵衛を演じていました。堀部安兵衛は助演であっても有名な役柄であり、これもこれまでの映画スターとしての実積の末の大役でした。



元禄忠臣蔵 前後編(全2巻セット)[VHS]
男装で赤穂浪士の特定の人物に別れを告げにやって来る、後半の鍵を握る”おみの役”は高峰三枝子です。右の写真の女性です。海江田譲二は堀部安兵衛で出演、商品化されているものが少なく悲しい現実があります。



こうした海江田譲二の映画時代の数々の有名な役柄や目上の大スターとの関わり、ライバルとの競い合いの長年の実積が、『琴姫七変化』で演じた徳川家斉役につながっていきました。



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テレビドラマの松田定次 海江田譲二 松山容子 豪華3競演録実現




230作の映画に出演した名俳優・海江田譲二と『琴姫七変化



琴姫七変化』(1960~1961)の主人公の琴姫の父である江戸幕府の第11代征夷大将軍の徳川家斉役は海江田譲二でした。海江田譲二(かいえだじょうじ)は時代劇映画を中心に230作以上の映画へ出演しています。テレビが取上げてるレベルの低い大物とは違い真の意味の大物俳優です。


海江田譲二は代表作が少ないながらも1930年代から1939年代後半をピークに約10年ほどで主演スターとしても活躍し、それ以降は助演、戦後になると脇役俳優として活動していました。主演数は戦前でも30位近辺の90作を越しています。戦前の事実上のトップ6である、時代劇六大スターが平均主演数が150作近辺であることから考えても、海江田譲二は代表作は少ないながらも主演本数的にそこそこなスターだったといえるでしょう。


琴姫七変化』では映画時代の実積を買われて徳川家斉であり、主人公の父親役の重要な役柄を演じていました。また、海江田譲二にとって『琴姫七変化』はテレビドラマの唯一といえる代表作だからです。


230作以上の映画出演は2017年時点で現役の仲代達矢が150作強、2010年代に亡くなった高倉健が200作強だったことからも、海江田譲二の230作以上の出演数は大きなものです。


海江田譲二は1939年から松竹の時代劇映画だけでも105作以上(東映10作以上)への出演を果たしており、松竹映画へ多数出演していた流れでテレビドラマの『琴姫七変化』へ出演したものと考えられます。琴姫七変化は松竹の関連俳優が他にも多く出演しており、メインキャストの松山容子と松本錦四郎も松竹映画から羽ばたいた俳優でした。また、松竹に縁がある名優・海江田譲二も出演していたことも必然といえば必然です。



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右の写真は男装で赤穂浪士の特定の人物に別れを告げにやって来る”おみの役の高峰三枝子”です。左は歌舞伎俳優で前進座のリーダーでもあった主演の河原崎長十郎??海江田譲二は『元禄忠臣蔵 前後編』(1941~42)で堀部安兵衛を演じていますが、残念ながら写真へ映り込んではいません。原作は歌舞伎で知られる真山青果、監督は巨匠・溝口健二がが手がけ、剣戟を省いたことも影響しているかもしれませんが堀部安兵衛の出番が極端に少ないことも特徴の忠臣蔵映画です。




現実に存在していた徳川家斉の娘 琴姫の悲劇




『琴姫七変化』へ登場する徳川家斉には現実に琴姫という娘が存在していました。ですが、生まれてまもなく亡くなったと記録が残されています。『琴姫七変化』の琴姫は、もしも琴姫が生きていたら、こんな活躍をしたのかもしれないという話であり、時代劇だからできる良きデフォルメ部分が存在しています。また、徳川家斉の娘の二十二女の琴姫は1815年生まれ~1816年に没と残されています。


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歴史好きでもあるのでいくつかは存じていますが、いろいろな面で逸話が残されている征夷大将軍でした。




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テレビドラマでも代表作を残した映画の巨匠・松田定次松山容子




松山容子といえば映画のことも少し触れておく必要があります。

主演映画の代表作である『めくらのお市』シリーズは東映映画を去った松田定次が監督を務めているものがあります。大映時代、東映の聡明記から黄金期を形成や牽引し、監督数は約170作、主な代表作は日本映画ナンバーワンの約100作,、『めくらのお市』は巨匠・松田定次の映画の遺作になりました。ちなみに黒澤明は監督数31作、代表作10ほどであり、数のみでは10倍の差が存在し、両名は監督として違うタイプにしても大きな実積差であることも事実です。


松山容子の主演映画「めくらのお市シリーズ」
1969『めくらのお市物語 真っ赤な流れ鳥』 監督・松田定次
1969『めくらのお市 地獄肌』 監督・松田定次 *遺作
1969『めくらのお市 みだれ笠』 監督・市村泰一
1970『めくらのお市 命貰います』 監督・市村泰一



松田定次は戦前から数え方次第では忠臣蔵映画を10作以上を監督、ここはメインではないので大まかに済ませますが戦後は東映ナンバーワン俳優の片岡千恵蔵の多彩な代表作を30ほど監督しました。千恵蔵とのコンビ作のみだけでも軽く1億人以上の観客動員を記録し、今後も困難なゴールデンコンビを形成していました。一言や二言で済ませられる実積ではありません。

簡単に言ってしまえば松田定次と片岡千恵蔵のコンビは、山田洋次と渥美清よりも最低でも数千万人以上も客を呼んでいるわけです。しかも片岡千恵蔵の場合は松田定次を含めた数多くの巨匠とコンビ数は通産で150作近くです。


「めくらのお市シリーズ」の3.4作目の監督の市村泰一は歌謡映画を多く残した松竹の映像化監督(プログラムピクチャー)として知られている部分がありますが、監督数が約50のわりには代表作が少なめでした。「めくらのお市シリーズ」の3.4作目は松田の流れを受けた映像化の内容を任せられました。


その松田定次の遺作が松山容子の主演による1969年の『めくらのお市 地獄肌』です。松田定次は東映映画を離れて、1964年から、外部や松竹のいくつかのテレビドラマ時代劇を手がけていました。松田定次が監督で事実上のチーフを勤めた栗塚旭が主演した1967年『風(1967)』は高く評価され、ヒロイン役の土田早苗が1967年の京都映画祭の女優賞を受賞しています。



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1967年から1968年に放送されて好評を博した松竹時代劇の『風』、箱にプリントされているのは栗塚旭土田早苗です。




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「七剣聖の映画ポスター」リンク集
  • 世の中に多様な映像スターの概念を定着させ、映画だけではなくテレビドラマ、時代劇映画、時代劇のテレビドラマ、映像芸能の世界に大きな足跡と幅広い影響を賞賛して「七剣聖の出演映画のポスター」を作成

  • 7名の総主演映画数は最低でも1600作、総出演数は2400作に上り、これは世界歴代に前人未到の功績

  • 片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎 月形龍之介を歴代トップ7と称して『七剣聖』と呼ぶ(左から主演数順)
  • 七剣聖のほかに、片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎を『時代劇六大スター』(時代劇形成の戦前1920年代後半から1940年代かけてトップ6の意味と大きな活躍、その黄金期から戦後にかけて)と呼ぶこともあり
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  • 特に観客動員1位の東映は片岡千恵蔵と市川右太衛門のトップ、長谷川一夫は大映のトップとして戦後の映画黄金期(特に7年連続観客動員8億人の1955~1961)に多大な貢献と活躍、多くの後輩やテレビドラマにも大きく影響
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