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有名ドラマ「大久保彦左衛門」に下敷きされた世界記録 親子揃って映画300本大名優の「ありがとう」御大



有名ドラマ「大久保彦左衛門」に下敷きされた世界記録 親子揃って映画300本大名優の「ありがとう」御大




前々回の流れに戻ります。宝蔵院流から天下三本槍を駆け巡る児童名作『あばれはっちゃく』につながる歴代通り名愛憎劇


時代劇でも多くの人気人気を博した大久保彦左衛門や一心太助に迫ります。この両名は映画も数十ありますが、主演や助演を通じて、数十のテレビドラマ時代劇にも多く登場します。大久保彦左衛門のテレビドラマに直接つながる、知られざる未知に部分にも踏み込んでいます。そこにはやはり御大の影と世界的、世界記録の300本映画出演親子大名俳優が登場します。






大久保彦左衛門 一心太助 300本映画出演親子大名俳優




前回記事⇒「鬼滅の刃」 の鬼たち『あばれはっちゃく』『半沢直樹』 『SUITS/スーツ』3国製作から垣間見る日ドラ崩壊と再生一手








一心太助と大久保彦左衛門 超絶大名優の上位当たり役








一心太助の映像作品は片岡千恵蔵が1930年代に初めて明確なヒットをさせ、戦後の直属の後輩で、時代劇を代表する俳優の一人の中村錦之助(のちの萬屋錦之介)が5本主演で演じています。千恵蔵自身としては多数の当たり役があり、上位10選にも含まれませんが、錦之助としては宮本武蔵に次ぐ、映画の2大当たり役の一つとなり、先輩と後輩の代表的な役柄の一つになッています。


錦之助の一心太助は、日本映画歴代を代表する助演系大名優の月形龍之介(主演110強、助演410強、メインキャストが500近く、メインキャストのみの世界歴代最多多数、上位10以上の映画会社で活躍、100本以上のヒット作や名作に幅広く出演)が大久保彦左衛門を5本中4本で演じ、当時に高評価を得ました。他にも10以上の理由がありますが、個人的には日本映画史上の助演系のナンバーワン俳優が月形だと評価しています。



月形が出演していない錦之助の一心太助の残りの1本は、大助演名優の進藤英太郎(顔芸の名手、東映中心に名作100本以上に出演、ほぼ大手のみで映画320以上、ナンバーワン俳優の両御大こと千恵蔵、右太衛門の多数相手や敵役でも大貢献)が演じています。通産では大名優も公開当時は苦戦、錦之助の一心太助の4本目の進藤英太郎の彦左役の評判がイマイチで、月形が再登板で彦左を演じました。これは日本歴代において前例が少ない出来事です。




この評判から月形はテレビドラマでも大久保彦左衛門を主演で演じ、映画からテレビドラマへの大きなつながりがありました。歴代の月形的の当たり役としては、主演14本で大当たりした水戸黄門(水戸光圀)に次ぐ当たり役とも言われています。ちなみに3番目は演じた当たり役は2本で演じ、戦後の黄金期に3500万人近くの観客動員した忠臣蔵映画の吉良上野介です。戦前の1937『浅野内匠頭『1937)』(千恵蔵主演)を含めると3本で吉良を演じています。他にも代表的な役柄が多数ありますが、別の機会です。






片岡千恵蔵 中村錦之助 萬屋錦之介 宮本武蔵








月形龍之介の大久保彦左衛門の映画 全て東映、東映京都映画 8本の全て主要、上位3選圏内







月形龍之介は映画でも大久保彦左衛門で高い評価を得ました。それが下記の通産8度のメインキャスト、上位3選圏内で、彦左役を演じた証拠、実積です。




月形龍之介の大久保彦左衛門の映画 全て東映、東映京都映画 8本の全て主要、上位3選圏内

1953『風雲八萬騎:』 主演  
一心太助=河津清三郎 笹尾喜内=杉狂児 お仲=三浦光子 監督=佐々木康
1955『彦佐と太助 俺は天下の御意見番』 =片岡とダブル主演 
一心太助=片岡栄二郎 お千代=長谷川裕見子 将軍家光=沢田清 笹尾喜内=杉狂児 監督=内出好吉
1955『彦佐と太助 殴り込み吉田御殿』 =片岡とダブル主演  
一心太助=片岡栄二郎 将軍家光=沢田清 笹尾喜内=杉狂児 千姫=喜多川千鶴 お加代=宇治みさ子  監督=内出好吉
1958『江戸の名物男 一心太助』  2番手 
錦之助の一心太助1作目 一心太助と将軍家光=中村錦之助 お仲=中原ひとみ 笹尾喜内=堺駿二  松平伊豆守=山形勲 監督=沢島忠  
1958『一心太助 天下の一大事』  2番手 
錦之助の一心太助2作目  一心太助と将軍家光=中村錦之助 お仲=中原ひとみ 笹尾喜内=堺駿二  松平伊豆守=山形勲 監督=沢島忠  
1959『一心太助 男の中の男一匹』  2番手 
錦之助の一心太助3作目  一心太助と将軍家光=中村錦之助 お仲=中原ひとみ 笹尾喜内=堺駿二 松平伊豆守=山形勲 監督=沢島忠  
1962『天下の御意見番(1962)』  主演 
30名近い名優の東映オールスターキャスト 監督=松田定次 松平伊豆守=片岡千恵蔵 水戸頼房=市川右太衛門 一心太助=松方弘樹 徳川家光=北大路欣也 笹尾喜内=薄田研二 お仲=桜京美 お遊=丘さとみ 監督=松田定次
1963『一心太助 男一匹道中記』 2番手 
錦之助の一心太助5作目 一心太助と将軍家光=中村錦之助 松平伊豆守=山形勲 お仲=渡辺美佐子 笹尾喜内=登場せず




笹尾喜内は大久保彦左衛門の大久保家の家臣です。両名の掛け合いは多くの映画やドラマで、ひとつの見せ場として描かれています。

上記8本に表記していない映画にも触れます。ヒットした錦之助の一心太助の4作目の大久保彦左衛門は、進藤英太郎であり、松平伊豆守は登場しません、月形の大久保が評判がよく、3本目1959『一心太助 男の中の男一匹』以来の4年ぶり、5作目1963『一心太助 男一匹道中記』で再登板しています。これも俳優の評価です。


笹尾喜内は戦前からの名優の杉狂児が3度演じ、堺正章の実父でもある東映メインの喜劇系映画名優の堺駿二も3度という2名優の痛み分けです。

1953『風雲八萬騎:』はCS放送で放映されていない異色レア作品です。一心太助=河津清三郎とお仲=三浦光子は意外です。互いに名優です。


テレビドラマでも多くの名演技でも知られる、東映映画を代表する名助演俳優の一人の山形勲は、一心太助以外も含め、松平伊豆守を歴代最多8本の映画で演じました。彼の映画最大の代表的な役柄といます。


太助の妻のお仲を3度演じた中原ひとみは東映の現代劇メインの俳優でしたが、時代劇にも出演し、時代劇映画出演の代表的3本となっています。自身の東映チャンネルのインタビューでも出演時のエピソードを語っています。


1962『天下の御意見番(1962)』 は、一心太助の出番を控えめにして、残念ながら2名とも映画時代の主演ではほぼ当たりませんでしたが、松方弘樹、北大路欣也の若手を立てつつも、

両御大の千恵蔵と右太衛門と月形の事実上の大物俳優の上位3選を実現させました。非常に意味がある8本の月形の大久保彦左衛門の映画で唯一のオールスター映画&主演作です。






大久保彦左衛門はどんな人?家康にも諫言!天下のご意見番が行く!


徳川家康の家臣時代からの彦左に触れ、程よく分数を搾って踏み込んでいる動画です。






風雲八萬騎 河津清三郎 三浦光子 佐々木康 

彦佐と太助 俺は天下の御意見番 長谷川裕見子 彦佐と太助 殴り込み吉田御殿 

沢田清 杉狂児 千姫 喜多川千鶴 宇治みさ子 内出好吉 徳川家康

江戸の名物男 一心太助 一心太助 天下の一大事 一心太助 男の中の男一匹 お仲 中原ひとみ 

堺駿二 沢島忠  天下の御意見番(1962) 東映オールスターキャスト 水戸頼房 市川右太衛門 松方弘樹 徳川家光 堺正章

北大路欣也 薄田研二 桜京美 丘さとみ 松田定次 一心太助 男一匹道中記 将軍家光 松平伊豆守 山形勲 渡辺美佐子




名作多数千恵蔵映画100本の名優 映画300本俳優の片岡栄二郎と知られざる改名秘話







片岡栄二郎(かたおかえいじろう)は1950年代から1960年代に掛けて、東映が大手6社時代の7年連続1位を驀進していた時の東映映画の青年系の役を得意とした助演、脇役の名優です。東映を代表する名脇役に一人です。いわゆる歴代最多の数十名存在した主演350本俳優の片岡千恵蔵の千恵蔵映画の大名優の一人、最低でも約100本の映画共演があります。


1955年『彦佐と太助 俺は天下の御意見番』の東映初主演の時に、島田照夫から片岡栄二郎へ改名しています。改名時に片岡千恵蔵から片岡姓を貰ったと考えられ、親分肌としても知られる御大千恵蔵に非常に世話になった俳優の一人です。




また、片岡栄二郎は千恵蔵映画の戦前1930年代から晩年の長年の名脇役、日本映画を代表する脇役俳優の一人の尾上華丈(おのえかじょう)の実の息子で、1924年に日活で子役デビュー、日活が日本最初の大映画スター尾上松之助の天下だったため、父同様に尾上姓を貰い、最初の芸名は尾上助三郎、1937年からの島田照夫(本名の姓の嶋田をいじくった芸名)の名義でも知られていますし、最後の芸名が1955年からの片岡栄二郎としても知られています。

某映画データベースには出演本数150ほどとありますが、これは脇役がほぼ確認できない嘘で、主な尾上助三郎、島田照夫、片岡栄二郎3名義で最低でも260本以上の映画に出演しました。個人的には300本ほどの出演だと考えています。


父の尾上華丈は最低でも310本以上の映画に出演している記録が残され、350本ほど出演の可能性が考えられます。親子揃って300本は世界唯一の大記録です。互いにほぼ助演と脇役でしたが、親子揃って映画出演本数300本は世界記録です。



片岡栄二郎に戻りますが、1940年の千恵蔵映画『宮本武蔵 第一部 草分の人々 第二部 栄達の門:』(2時間以上のオリジナルや100分ほどの現存版、大ヒットの名作、オールスター映画で40名ほどの名優が出演、稲垣浩監督作品)などには、有名な役柄の三沢伊織(島田照夫名義時代)で出演しています。これも数多い出演代表作のオリジナル、現存で2本です。ちなみに某映画データベースには脇役のために名前が存在していません。ですが、確実に出演しています。

一応書きますが、通産15本ある千恵蔵の宮本武蔵が長期で当たってこそ、明確に当たって、数多くの名優が演じ、のちの映画やテレビドラマが数十作られています。



親子だけではなく、千恵蔵の功績の一つにもなりますが、父の尾上華丈とともに親子2代で千恵蔵映画の名優です。親子2代に付き名優は世界の映画界にも珍しい例です。さらに親子揃って、大名優、助演俳優歴代上位の100本以上のヒット映画に出演しました。




片岡栄二郎 尾上華丈

尾上松之助 尾上助三郎 千恵蔵映画 宮本武蔵 第一部 草分の人々 第二部 栄達の門: 稲垣浩 三沢伊織 島田照夫






天下のご意見番』  月形龍之介のテレビドラマの大久保彦左衛門







天下のご意見番』 テレビ朝日系 関西のMBSこと毎日放送製作と日本電映の製作 1966~1967 全43話 30分枠

大久保彦左衛門=月形龍之介、一心太助=山田吾一、妻のお仲=藤景子




主題歌は、水前寺清子「俺は天下のご意見番」とあります。放送当時に、大久保彦左衛門=月形龍之介は高く評価されていたと文章が残されています。山田吾一はこの太助だけではなく、1960~1970年代前半の若い頃は良い役を多数演じており、売り出されて、非常に将来を期待されていた俳優でした。



MBS 毎日放送 日本電映 山田吾一 藤景子






ありがとう水前寺清子「俺は天下のご意見番」と民放ドラマ史上最高視聴率の56.3%ドラマ






俺は天下の御意見番 (MEG-CD)

レコードやカセット版などが当時販売されたと考えられますが、この「俺は天下のご意見番」はのちに再リリースされたと考えられるCD版です。テレビドラマ時代劇『天下のご意見番』の主題歌の「俺は天下のご意見番」は1966年のリリースです。

俺は天下のご意見番、タイトルも素晴らしい

水前寺清子は1966~1967年の月形ドラマ『天下のご意見番』の主題歌当時は若手でした。1964年に股旅演歌『涙を抱いた渡り鳥』でデビューし、このドラマ終了後の翌年の1968年 『三百六十五歩のマーチ』が100万枚の大ヒットを記録、またいくつかの名曲、さらに1970年から1975年の全4シリーズ187話も続いた超大ヒットドラマ『ありがとう』(TBS系)の主演(水前寺は1~3の主演と主題歌)でも知られています。



テレビドラマを語る上で重要作品『ありがとう』シリーズは、個人的にも再放送で2周以上も観ています。若者たちやその家族、松竹の大きな出来事が登場しない点や生活要素などは映画の小津安二郎作品(戦後の小津調時代)などの一部の影響や、松竹系の1950年代から1960年代の若者映画(若者メインきちんとその家族も描く映画、トレンディドラマの様に完全メインではなく、恋愛要素は薄め)の流れを受けた生活明朗劇、家族明朗劇とも言えるかもしれません。基本的に汚さがなく常に明るいことが特徴で、

一概に言葉で言うのは難しい部分ですが、ひどく悲しい出来事や衝撃的な大きな出来事がなく、毎回毎回の登場人物のなにげない会話やちょっとした恋愛要素、兄弟、親子関係、助け合いなどの人間関係、暮らしや生活を描いている、そこに大きな共感性がありました。ある種の楽園です。これは同時に日本が一番良かった時代ともいえるでしょう。




俺は天下のご意見番 涙を抱いた渡り鳥 三百六十五歩のマーチ 小津安二郎 

水前寺清子 ありがとう 肝っ玉かあさん 文化勲章作家 平岩弓枝 長谷川伸 股旅演歌





水前寺清子は現在も現役ですが、1960年代から1970年代にかけてが最大ピークといえるでしょう。

ありがとう』シリーズは水前寺が出演していない第4シリーズが大不評で終了に追い込まれますが、水前寺主演の『ありがとう』第2シリーズは民放ドラマ史上最高視聴率の56.3%を記録、特に第2は全話平均も非常に高い視聴率を記録、多くはメインから遠ざかるため避けますが、個人的には第3シリーズが一番好きです。

『ありがとう』シリーズは『肝っ玉かあさん』シリーズと並び、文化勲章作家、脚本家の平岩弓枝(超大物の股旅概念の形成者の長谷川伸の弟子の一人)のテレビドラマの2大代表作です。日本のテレビドラマの黄金期を代表する部分に、月形彦左ドラマ『天下のご意見番』の主題歌歌手も大貢献しています。





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映画やマンガやアニメの過去ぶっこみぱっくんちょ王「鬼滅の刃」に概念の千恵蔵映画強大影響力






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[ 2020/11/25 19:41 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

名作テレビ時代劇「大岡越前」の形成に関与・世界映画界の大レジェンドとなった主演300作俳優と月形龍之介


日本には世界記録を持つ映画人が数多く存在していますが、この月形龍之介は戦前に230作以上、戦後に280作ほどの大偉業を達成し、戦前と戦後を通じて日本映画を支えた映画俳優でした。映画からドラマへその影響は引き継がれて今も空気的に存在しています。


テレビドラマでも知られている「大岡越前」は、月形龍之介によっても後世に引き継がれてきました。2016年にも放送されているNHKBSプレミアムのテレビ時代劇では、東山紀之大岡越前守を演じていました。父・大岡忠高役は津川雅彦、この役は国民的ヒットを遂げた主演・加藤剛の「大岡越前」のシリーズでは、世界の映画界でも歴代で3名のみが到達した、映画出演350作強、主演映画310作強の片岡千恵蔵が父・大岡忠高役を演じていました。


月形龍之介はTBSと東映などによって1970年代に大ヒットを記録した大岡越前の形成に影響を与えているのではないか。月形龍之介は「大岡政談」の主演だけではなく、助演でも大岡越前守役を演じています。つまり、主演と助演で大岡越前守を演じていました。


<東映制作による月形龍之介の大岡越前守役>
①1955「大岡政談 血煙り地蔵」
 (主演・大岡越前守 =月形龍之介
②1955「大岡政談 黄金夜叉」
 (主演・大岡越前守 月形龍之介)
③1956「魔像(1956) 」 
 (助演・大岡越前守 =月形龍之介  主演・神尾喬之助、茨右近=大友柳太朗
④1958「丹下左膳(1958)」 
 (助演・大岡越前守 =月形龍之介 主演・丹下左膳大友柳太朗
⑤1959「丹下左膳 怒濤篇」 
 (助演・大岡越前守 =月形龍之介 主演・丹下左膳大友柳太朗


丹下左膳(1958)」と「丹下左膳 怒濤篇」は巨匠・松田定次と時代劇メインの映画スター・大友柳太朗のコンビによる”大友柳太朗版の丹下左膳シリーズの全5作”の1作目と2作目です。


月形龍之介は東映時代だけでも5度も大岡越前守を演じています。主演2、助演縁3で5度にわたって映画で演じるということはある程度の評判があったのだと考えられます。ある程度の俳優の評価や俳優の貫禄、威厳が求められる役である部分も影響していると思われます。月形龍之介が大きな名優だと認められた理由は、映画で大岡越前役を5度にわたって演じている部分にも見つけられます。

こちらにも月形さんが出演中⇒映画スター・伏見扇太郎と活躍と転落と映画芸能の衰退の平行線に、月形龍之介と吉永小百合が緊急参戦

月形龍之介は戦前から戦後の映画において、今回の大岡越前、水戸黄門はもちろんですが、近藤勇、織田信長、佐々木小次郎、大久保彦左衛門、吉良上野介など、数多くの有名な役柄を主演や脇役を問わずに演じてきていますが、この大岡越前守に関しても、テレビドラマの大岡越前の形成には映画時代の月形龍之介の功績や存在も影響はしていた可能性があります。・


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正確には実積差が別格にありすぎて、上記表記の6大スターは疑問です。日本映画界の両御大・ダブルで主演300作に到達した映画スター・片岡千恵蔵市川右太衛門、そして映画出演500作・月形龍之介の”歴代の時代劇映画を代表する3大スター”、”映画界の3大レジェンド俳優”をメインにした時代劇映画「天下の御意見番」。主演と脇役で演じた大久保彦左衛門=月形龍之介の雄姿が今も甦る。

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[ 2016/07/26 19:30 ] 時代劇解釈 | TB(0) | CM(0)

映画出演500作の超・大名俳優と大岡越前の危険なカ・ン・ケ・イ


テレビドラマで1970年代には視聴率30パーセントを記録するなど、大ヒットを記録した時代劇の「大岡越前」は、さまざまな映画スターたちが戦前から戦後にかけて演じています。タイトルは「大岡政談」としても多く作られていますが、大岡もの、魔像ものなどとも呼ばれることがある題材も存在しています。けっこう複雑です。

テレビドラマの「大岡越前」は1970年にTBS系列でスタートしましたが、東映が制作に大きく関与していることでも知られています。大岡越前東映の映画時代に幾人かの映画スターが演じて、影響や題材の要素などがテレビ版に引き継がれた部分が考えられています。その可能性の一部分に触れてみましょう。


東映が映画化した後の大岡越前に影響したと考えられる「大岡政談」の映画
①1955年 「大岡政談 血煙り地蔵」主演・大岡越前守 月形龍之介
監督・伊賀山正徳 脚本・結束信二

②1955年 「大岡政談 黄金夜叉」主演・大岡越前守 月形龍之介
監督・伊賀山正徳 脚本・結束信二

③1958年 「大岡政談 幽霊八十八夜」主演・大岡越前守 大友柳太朗
監督・佐伯清 脚本・中田竜雄、佐伯清

④1959年 「大岡政談 千島の印篭」主演・大岡越前守 主役・片岡千恵蔵
監督・佐々木康 脚本・結束信二

⑤1960年 「大岡政談 魔像篇」 主演・大岡越前守・魚心堂(2役) 市川右太衛門
監督・河野寿一 脚本・高岩肇

東映の大岡政談の映画タイトルでは計5作が確認されています。この5作では月形龍之介大友柳太朗片岡千恵蔵市川右太衛門の順で演じている特徴がみられます。月形龍之介大友柳太朗は助演も多数ありますが、5名とも東映を代表する映画スターが演じていた歴史が存在しています。

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ドラマや映画に興味がなくても漫画から軽く読める大岡政談や大岡越前。まずは興味を持ってもらうことも大切です。

1、2作目の1955年「大岡政談 血煙り地蔵」と「大岡政談 黄金夜叉」は監督と脚本、製作者も同じことから同じことから関連作であることが伺えます。この2作はCS放送で何度か放送されています。監督の伊賀山正徳は伊賀山正光と改名して映画やテレビドラマの監督として活動を続けていきます。

伊賀山正徳(=伊賀山正光)はテレビドラマでは、「特別機動捜査隊」や天知茂が主演した1970年代の東映の刑事ドラマ「非情のライセンス」などでも何度かクレジットが表記されているのを確認しています。1930年代の時代劇が中心の日活時代から、1980年頃までテレビドラマの現代劇、時代劇において監督を務めているため、約50年近い長期の活動です。

脚本・結束信二という脚本家、このブログでも何度か取り上げていますが、戦後のデビューでは世界トップの数を誇るほど、東映の時代劇を支えた職人脚本家の名手でした。以前に書いていますが、テレビドラマでも東映・NETの「新選組血風録(1965)」や「用心棒シリーズ」など、いくつかの代表作を残しました。

「大岡政談 血煙り地蔵」と「大岡政談 黄金夜叉」で主演の月形龍之介は、日本の映画史にとって大きな貢献・痕跡を数多く残した俳優です。数多くの有名な役を脇役を中心で演じ、戦前と戦後を通すと500作以上の映画に出演し、戦後は少なめですが、主演数は通算で120作近くが確認されています。また、戦前からほんとに数多くの主演映画スターを支えてきました。その数は軽く書いても50名以上に到達します。戦前と戦後の両方を通して活躍して、500作以上の映画出演数は世界1位です。

戦前と戦後を通して、軽く数えても1920年代から1970年代前半まで、50年ほどで100作以上の数多くの有名・ヒット映画に出演した本当の銀幕の超大俳優でした。海外にはこんな名俳優は誰もいません。日本にこのような大記録を残した俳優がいたことを、名前さえも知らない若者に伝えることも大切です。

ドラはこの人のことを理解しているつもりですが、片岡千恵蔵と並ぶほどに詳しく話したらほんとに長くなる本当の俳優です。それだけ大俳優といえる要素が数多くあります。

林不忘 作品集左の著名な時代小説家・林不忘(はやしふぼう)のほかにも大岡政談の原作は多数存在しています。

ドラマでも「用心棒シリーズ」や「天を斬る」などで2度で出演しているのを確認しています。最近もチラっと観直ししましたが結束信二の脚本による「天を斬る」(1969)の悲劇の死を遂げた武士の父親役はよかったですね。生前には息子の将来を考えて、あえて突き放しながらも死んだ息子のために尽くしてくれた、主人公たちに感謝を述べる役柄を言葉少なめに演じています。

少ない言葉。最近まで生きていた俳優でいうと高倉健もそんな演技をしていましたが、セリフは多くしゃべらせればよいわけではありません。セリフを多くしゃべられると同時に安っぽく軽くなります。月形龍之介も晩年は高倉健のように自分なりの経験を活用した熟練の技を感じさせてくれました。

ドラマだとドラマ俳優の幅に当てはめられるため、映画とは違う風に定着してしまいがちですが、月形龍之介という唯一無二の俳優はドラマでも映画でも真に名俳優だと感じさせてくれます。
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[ 2016/06/25 19:36 ] 時代劇解釈 | TB(0) | CM(0)
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「七剣聖の映画ポスター」リンク集
  • 世の中に多様な映像スターの概念を定着させ、映画だけではなくテレビドラマ、時代劇映画、時代劇のテレビドラマ、映像芸能の世界に大きな足跡と幅広い影響を賞賛して「七剣聖の出演映画のポスター」を作成

  • 7名の総主演映画数は最低でも1600作、総出演数は2400作に上り、これは世界歴代に前人未到の功績

  • 片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎 月形龍之介を歴代トップ7と称して『七剣聖』と呼ぶ(左から主演数順)
  • 七剣聖のほかに、片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎を『時代劇六大スター』(時代劇形成の戦前1920年代後半から1940年代かけてトップ6の意味と大きな活躍、その黄金期から戦後にかけて)と呼ぶこともあり
  •  
  • 特に観客動員1位の東映は片岡千恵蔵と市川右太衛門のトップ、長谷川一夫は大映のトップとして戦後の映画黄金期(特に7年連続観客動員8億人の1955~1961)に多大な貢献と活躍、多くの後輩やテレビドラマにも大きく影響
  • これらは未来や海外に伝えるべき重要な事実
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