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テレビドラマ歴代上位功労者の飯島敏宏と時代劇革命的名作たち




今回はテレビドラマ歴代上位功労者の飯島敏宏と時代劇革命的名作たちと題してスタートします。





前回記事⇒松竹テレビ時代劇の曰く付き名作「風」に大巨匠ぷらす視聴率70パーセント俳優





日本のテレビドラマを代表するプロデューサー飯島敏宏の意外な初期活動








飯島敏宏は日本のテレビドラマを代表するプロデューサーの一人です。前回記事でも取り上げている『風(1967)』では監督の一人に過ぎませんでしたが、その後、プロデューサーと演出としてTBSのドラマを中心に活躍していきます。

TBSの演出家を経て、全体的にプロデューサーの「木下恵介・人間の歌シリーズ」、プロデューサーと演出の「金曜日の妻たちへシリーズ」、企画は『毎度おさわがせします』などの代表作を残しています。





飯島敏宏は特に初期ですが、時代劇ドラマとも大きな関わりがありました。これはあまり知られていない部分かもしれません。作品が現存していないためがもっとも大きな部分ですが、彼ののちの現代劇ドラマの成功の裏には時代劇ドラマの経験が強くあったのではないでしょうか。

初期の1960年代までの主なものとして1959年から『鳴門秘帖』、『朝焼け富士』、東芝日曜劇場内の1961年『赤西蠣太』、1967年に『風(1967)』などを演出しています。






国民作家の吉川英治の世界的に知られる「宮本武蔵」に次ぐ代表作






鳴門秘帖」は国民的、さらに世界的に知られる有名小説「宮本武蔵」に次ぐ、国民作家の吉川英治の上位代表作の一つで戦前から市川右太衛門、嵐寛寿郎(前芸名の嵐長三郎名義も含む)、長谷川一夫など時代劇映画を代表する俳優たちで映画は21作が作られた有名小説です。『朝焼け富士』は市川右太衛門の主演で東映の1953年に前後作が映画公開され、監督は松田定次です。偶然です。

飯島敏宏がのちの『風(1967)』で同作品に監督として参加する、あの巨匠松田定次の映画監督時代の作品をテレビドラマで演出していたことになり、『風(1967)』の監督同士で関与することはこの時点で必然でした。


鳴門秘帖 DVDBOX

NHKのBS時代劇で全10話放送された『鳴門秘帖(2018)』のテレビドラマです。数多くの映画スターが演じてきた主人公の法月弦之丞を2004年のNHK大河ドラマ『新選組!』の土方歳三役の印象が強い山本耕史が演じました。1955年代からこのドラマの2018年時点で63年を越す、時代劇歴長期間の大ベテラン中村嘉葎雄も出演しています。






時代劇革命を巻き起こした『赤西蠣太』の映画とテレビドラマ






赤西蠣太』は1936年に映画主演350作級の歴代大スター片岡千恵蔵(赤西蛎太と原田甲斐の2役)と巨匠の伊丹万作の名コンビで千恵プロ時代に映画化された代表作の一つのドラマ版で、原作は文豪の志賀直哉、3度のドラマ化されています。

最初がTBS系東芝日曜劇場の228話、映画主演100作の名優の水島道太郎が主演の1961年版、石井ふく子がプロデユーサーで演出が飯島敏宏、脚本はオリジナルの伊丹万作、2度目がANNことテレビ朝日系のMBS、「テレビ文学館-名作に見る日本人-」の第3回として放送され、名古屋章が赤西蠣太を演じたと考えられ、脚本の茂木草介と演出の信太正行はほぼ一般的に無名な人物です。

3度目が巨匠の市川崑と名優の北大路欣也のコンビで1999年にテレビ東京系で2時間枠の長編ドラマが作られています。脚本はオリジナルの伊丹万作赤西蠣太(赤西蛎太の表記もあり)、戦後直後から大映映画の全盛期に美術で活躍、その後は美術の活動も継続しながら映画プロデューサーとしても5作強の代表作を残し、日本映画界の功労者の西岡善信がプロデユーサーと美術で参加、

市川崑伊丹万作を深く尊敬し、大きな代表作の「赤西蠣太」と「国士無双」に自分の映画監督感の影響を受けたのは有名な話です。のちの千恵蔵が初代の「金田一耕助シリーズ」の石坂版をいくつか監督しているので事実上の片岡千恵蔵の影響も同時に深く受けています。


「赤西蠣太」と「国士無双」の幅広い影響は、その後の日本映画に多大な影響を与え、喜劇俳優の榎本健一や古川ロッパなどの東宝の喜劇時代劇映画やわたしも彼の名前ばかり出すのは大嫌なのですが、戦後の黒澤明の西部劇と時代劇を掛け合わせた『七人の侍』、『用心棒』のありえない血しぶきなどの斬新な時代劇映画や現在のアニメにつながるまで構想、発想にも大きな影響を与えています。





赤西蠣太(赤西蛎太)の主な映像化作品
1936年の映画   主演=片岡千恵蔵 監督と脚本=伊丹万作
1961年のドラマ  主演=水島道太郎 演出=飯島敏宏  脚本=オリジナルの伊丹万作
1968年のドラマ  主演=名古屋章 演出=信太正行  脚本=茂木草介
1999年のドラマ  主演=北大路欣也 監督=市川崑  脚本=オリジナルの伊丹万作





市川崑は以前から敬愛する先輩監督の赤西蠣太を自分が監督してみたい作品だったことでしょうし、本当は映画で赤西蠣太をやりたかったでしょうが、残念ながら映画ではなくテレビドラマになってしまいました。

ですが再び赤西蠣太を映像化することに成功、その伊丹版の主演の千恵蔵と縁がある北大路の主演を実現させました。北大路欣也は大スター市川右太衛門の実子ですが、俳優としては父のライバルの一人だった片岡千恵蔵のほうが大きいと考えています。

影響、例えば忠臣蔵映画1959「忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻」で千恵蔵が演じる大石内蔵助の息子役の大石主税を演じているなどもありますが、この作品で赤西蠣太を演じているだけではなく、テレビドラマを含めた通産で演じた役柄もありますが、時代劇だけでなく現代劇にも強く進出し、両方で大きな功績をあげるなど、多彩に活躍した片岡千恵蔵の影響のほうが大きく、市川右太衛門は多彩な挑戦を控えて、時代劇の一方向の演技や同方向性を最後まで貫いた系の俳優でもあるからです。

ユーチューブなどにあるかもしれませんが、北大路欣也はまだ全員だったときのTOKIOのフジテレビの深夜バラエティ番組に出た際に片岡千恵蔵市川右太衛門の両御大ことや影響、偉大過ぎる先輩への尊敬の想いに関しても少し話しています。






赤西蠣太の映画3バージョンと北大路欣也×市川崑のドラマバージョンの商品化?






赤西蠣太の映画は3バージョンが存在しています。

赤西蠣太は公開時のオリジナル88分版(制作=片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ、配給=日活)と現存78分版、現存77分版の3作があります。現在も残っているのは後者の2バージョンです。



片岡千恵蔵×伊丹万作の「赤西蠣太」 映画の3バージョン
1.赤西蠣太 公開時のオリジナル88分版
2.赤西蠣太 現存78分版
3.赤西蠣太 現存77分版(商品化版)




赤西蠣太 [VHS]
赤西蠣太 [VHS]
千恵プロの著作権を持つ日活が1995に発売したVHS版です。1936年に眉毛を異様にぶっとくしたことも斬新、現代なら売れていない若手俳優や脇役、B級俳優、アングラ系俳優ならまだわかる演出部分ですが、しかもそれを一級の国民的映画大スターが当時に演じたところにも大きな意味がありました。このことも大きな革命でした。

外れればただの滑稽(こっけい)な失敗作の可能性があった中で、千恵蔵以外の他のスター俳優なら断固拒否していたことでしょうが、上司でもあり主宰の千恵蔵は革新的、斬新な万作の映画案を驚異的ともいえる柔軟な考え方で受け容れ、この映画の個性の数々が実現しました。


主演=北大路欣也 監督=市川崑の1999年のドラマ「赤西蛎太」は商品化はされていませんが、CS放送の時代劇専門チャンネルでハイビジョン版として放送され、個人的に録画しています。そちらで視聴可能です。




姉妹ブログの新記事⇒新神風は吹かなかった 戦地消失した日本制作インド映画IN将来名優
新神風とは、日本制作インド映画?? 将来名優とはいかに・・



裏記事は来週から再来週中を予定しています。
場所⇒偽者Gメンたちが本物Gメンたちを救う極瞬間 Gメン70周年と未来






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[ 2019/06/27 00:02 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(3)

テレビドラマで実現した通産43年の終着駅 主演俳優の苦悩苦闘の前に欧米人





今回は『旗本退屈男(1973)』 連続テレビドラマ史希少の4巨匠1名匠の豪華布陣集結の「2大巨匠の稲垣浩渡辺邦男」部分で取り上げた稲垣浩渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の内、稲垣浩に関しては稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群稲垣浩パート2 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群などで取り上げていましたが、他の部分はまだでした、そのため今回はその続きに迫ります。





歴代大スターだからこそ実現す。稲垣浩、渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣






渡辺邦男に関しては以前に取り上げています。天皇の渡辺邦男と松本常保 映画とドラマと 時代と運命と【大進撃】映画界の天皇 渡辺邦男が参加した主なテレビドラマたちを公開で取り上げていましたが、新しく書いてしまったので別なものを投稿します。






その前に改めてテレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』に関する続きです。テレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』は稲垣浩、渡辺邦男、佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣で制作されました。そこに至るには長い、実に苦しい流れがありました。43年です。


当時の平均寿命が70歳ほどのときの43年はほんと長期間です。しかも映画時代は映画会社の専属制度なので負担も現代のような気軽さはなく、倍の締め付けがあり、10年のレべルで長期間活躍するだけでも、現在でいう30年以上に相当すると考えています。現在はある程度でも地位があれば長くやれてしまう時代ですが、当時は結果を出さないと常に切られる要素が今以上に激しく強い時代でした。改めてこの43年が今回のキーワードです。





事実上の世界歴代3位の映画スター





旗本退屈男市川右太衛門の最大の当たり役で、数多くの役を演じた中でも突き抜けたイメージが定着した役柄(今で言うキャラクター)でした。市川右太衛門の主演映画300作強、この数字はサイレントのみで活躍した日本最初の映像大スター尾上松之助、市川右太衛門のライバルの一人でもあり、戦後は映画会社東映の重役兼同僚の時期もあった最大のライバルの片岡千恵蔵に次ぐ、世界歴代3位です。現代や過去のハリウッドスターやそれ以外の地域俳優が一生懸命にやっても圧倒的に及ぶことがない異次元の金字塔に到達、彼や彼らはまさに世界を代表する映画界や映画スターを代表する一人といえるでしょう。


市川右太衛門の自分の映画会社の通称・右太プロで『旗本退屈男(1930)』として製作がスタートし、舞踊をモチーフにしたとされる独自に追求したといわれる華やかな立ち回りや独自なしゃべりと言い回し(スタート時はサイレント映画)、キメ台詞、知識に問わず分かりやすい内容などで大きく評判になりましたが、右太プロを畳んで松竹傘下の新興映画に移籍したときの通算9作目の1938年『宝の山に入る退屈男』で製作がストップしてしまいます。







佐々木味津三 イッパツ屋じゃない真実の大原作者に迫れ



旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男
小説家の佐々木味津三(ささきみつぞう)は旗本退屈男の原作者です。

佐々木味津三の代表作は「旗本退屈男シリーズ」だけでなく、「右門捕物帖シリーズ」の原作者としても知られています。この二つは死後も数多く作られ、生涯の2大代表作となりましたし、両方のシリーズが戦前から戦後にかけて同時期に国民的な作品となりました。つまり現代も漫画などで原作者が一つのシリーズだけが突き抜けている人は数多くいますが、それは最低限、佐々木味津三はそれを余裕で上回る二つの国民的作品の原作者だったわけです。

同時期に国民的な作品になったこともものすごいことなのですが、二つの国民的作品の原作者として高く評価すべき点でしょう。所詮一つくらいの代表作は他にも大勢いるある程度レベルなのです。今後も日本でも海外でも一つくらいの国民的作品を生み出す人物は数多く出てくることでしょうが、二つは極端に人数が減少します。突き抜けた代表作が一つだけではなく二つあることの凄さ、これぞ本物です。


テレビドラマでも1950年代後半から2000年代前半にかけて「右門捕物帖」は6度の機会、「旗本退屈男」は5度の機会で何度も映像化されました。つまり二つをあわせると映画とドラマで1920年代後半から2000年代まで70年強にわたって「右門捕物帖」と「旗本退屈男」の2大代表作は繰り返し映像化されているのです。これは嘘ではなく真実です。これも十分に世界レベルの大記録でしょう。







主演俳優の試練 変貌を求められた苦闘の日々





戦後の1950年まで約13年を待つことなり、最低でも2000万人以上、個人的には最低でも3000万人は動員したと考えています。1950『旗本退屈男捕物控 七人の花嫁』で再スタートしたものに、まだアメリカに敗戦後の日本はGHQ統制下であり、自由な作品が作れない状況でした。まさに予期せぬとおせんぼ、欧米人の圧力というどうしようもない到来の嵐に屈するしかない状況が初演俳優を襲ったのです。



正確にはただ娯楽映画を作りたいだけだったわけですが、アメリカ側の勘違いですが、過激や反抗を煽ると考えられていた剣戟シーンまでも封じられ、剣戟を取り入れ成敗を魅力とする部分が集団劇、裁きや捕物要素を持つ作品へ一時的に変貌、しかし1952年にGHQ統制が解除され、本来の旗本退屈男の魅力が戦後風に戻っていくこことなりました。



その中でも1956年の年間観客動員第5位に『旗本退屈男 謎の幽霊船』(監督は巨匠・松田定次)がランクインしました。この『旗本退屈男 謎の幽霊船』は通算20作目&カラー1作目です。カラーを魅力を活かし、色彩の華やかさを全面に作品に押し出し、当時に話題を呼んで観客動員がシリーズ最多を記録したのだと考えられます。これまでにない新しい旗本退屈男を観客に提示したわけです。





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GHQの日本洗脳を説いた書籍 表上は開放されたことになっていますが、何代をふてもその呪縛はとかれることがなく、今喪何らかの支配が続いているのかもしれません、



テレビドラマというよりも映画が多めですがさらに裏側に続く
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当たり役と時代の荒波の飲み込まれてから10年後の奇跡


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「嘘と誠」西城秀樹の死真実 マスコミ報道がまたやらかした嘘




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[ 2018/05/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(9)

【2大衛門劇場】中村吉右衛門と市川右太衛門のターニングポイントドラマに肉迫






【2大衛門劇場】中村吉右衛門市川右太衛門のターニングポイントドラマに肉迫と題して展開させていただきます。


前回記事の【大進撃】映画界の天皇 渡辺邦男が参加した主なテレビドラマたちを公開に登場した中村吉右衛門(2代目、2017年時点で存命)が主演したテレビドラマ『右門捕物帖(1969)』と、戦前と戦後で活躍した長期の映画スター市川右太衛門が主演したテレビドラマ『旗本退屈男(1973)』(映画で戦前と戦後を通じて30作に主演した旗本退屈男シリーズのテレビ版)は現在も全話が残されていますし、ファミリー劇場や時代劇専門チャンネルなどのCS放送で何度か再放送されています。



中村~門と市川~門の2大衛門劇場






中村吉右衛門のテレビドラマにおける活動に流れ




テレビドラマの当たり役の鬼平犯科帳の長谷川平蔵などを演じた中村吉右衛門(2代目)は、連続のテレビドラマ時代劇の主演はこの『右門捕物帖(1969)』が確認できる限りでは最初です。


中村萬之助の名義時代の1956年からテレビドラマに出演していますが、父の初代・鬼平犯科帳の長谷川平蔵を演じた父の松本幸四郎(最晩年の1981年に初代の松本白鸚を襲名、歌舞伎の名優、松竹映画でオールスターものに多く出演、長谷川平蔵を当たり役としてテレビドラマでも活躍)や2017時点で存命の実兄の現在の松本幸四郎(テレビドラマで多数の共演あった1950年代の中村萬之助の名義時代は市川染五郎の名義)との共演が多くありました。


その多くは単発の時代劇や現代劇のテレビドラマでした。この時期が1960年代の後半まで続いていきます。その後、中村吉右衛門は現代劇の代表作の『ながい坂』(全20話、1969年3月から7月にかけて放送)に主演して、続いて主演したのが『右門捕物帖(1969)』でした。


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山本周五郎による原作のながい坂 (上巻) (新潮文庫)




中村吉右衛門のテレビドラマ『右門捕物帖(1969)』と映画の嵐寛寿郎版シリーズの流れ


右門捕物帖(1969)』の元となる映画「右門捕物帖シリーズ」は1930年代から1950年代にかけて製作され、戦前は評論家に支持を受けた作品がいくつか作られました。のちに数多く作られる捕物ジャンルの時代劇の源流ともいわれる右門捕物帖映画の大きくは嵐寛寿郎からの映像化の歴史があり、嵐寛寿郎の「右門捕物帖シリーズ」は「鞍馬天狗シリーズ」に次ぐ自身の最大の当たり役の一つでした。この流れや影響を大きく受けたのが中村吉右衛門の『右門捕物帖(1969)』となります。


ドラは数多くの俳優バージョンの右門捕物帖を視聴していますが、基本的には主人公の近藤右門が無口だが正義感に熱く、信頼できる上司、個性的なライバルの同心や配下などと、十手と柔術を駆使して犯人を追い詰めるシンプルだが奥が深い作品が右門捕物帖でした。


『右門捕物帖(1969)』はCS放送で2000年代前半に放送されていましたが、そのときは現存する映像を尊重した標準画質でしたが、2010年代にハイビジョンマスター化の作業が行われました。下記部分の『旗本退屈男(1973)』と同様にハイビジョン画質版が放送され、ドラは録画、標準画質を中心に視聴しています。歌舞伎や時代劇のテレビドラマの名優、中村吉右衛門に関してもいずれ機会があれば詳しく迫れたらと感じています。


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残念ながら中村吉右衛門版は商品化されていません。これは杉良太郎版の右門捕物帖(1974~1975年の東映製作版)です。

杉良太郎版の第2シリーズがテレビ番組制作会社のユニオン映画と杉良太郎の制作会社・杉友プロダクションなどにより、1982~1983年に作られましたが、ドラは東映版のほうが圧倒的に好きです。主演は同様の杉良太郎でも、やはり時代劇の名門の東映の制作が娯楽、演技の型、バランス、システム、テンポ、音楽など総合的に群を抜いて上手かったです。いくら俳優が魅力が高くあってもある程度は周囲の制作のレベルは大切だと痛感させられました。




右太衛門と映画「旗本~」とテレビドラマ『旗本~(1973)』





旗本退屈男は映画とテレビドラマの基本は同様であり、旗本の主人公の早乙女主水之介が周囲のさまざまな個性の人々と協力して、闇にはびこる悪を成敗する明朗快活な雰囲気と誰でも理解できるあらすじで、視聴者の教養の有無に関係なく、子供からお年寄りまで世代を問わずに誰でも理解できる時代劇映画として人気を博しました。


旗本退屈男の映画の観客動員は戦後の東映中心シリーズだけでも最低2000万人以上、1度の年間観客動員ベスト10入りを果たし、個人的には3000万人ほどは記録していた可能性を指摘しておきます。実は当時の日本映画の観客動員はベスト10ももちろん重要ですが、ベスト10以下も大変に重要です。何故なら今よりも何倍も観客を動員している時代ですから、500万人級の大ヒットを記録してもベスト10にランクインしない時代が、7年連続8億人のときを最大黄金期でした。





市川右太衛門の映画出演300作記念として作られたシリーズ23作目の『旗本退屈男(1958)』の映画版、東映の映画黄金期を形成に導き、支えた左下に片岡千恵蔵、右下に市川右太衛門の両御大の顔が見られます。



裏通りはさらに深く深く掘り進めたい
      ↓     ↓
『旗本退屈男(1973)』 連続テレビドラマ史希少の4巨匠1名匠の豪華布陣集結




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[ 2017/11/28 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(1)

名作テレビ時代劇「大岡越前」の形成に関与・世界映画界の大レジェンドとなった主演300作俳優と月形龍之介


日本には世界記録を持つ映画人が数多く存在していますが、この月形龍之介は戦前に230作以上、戦後に280作ほどの大偉業を達成し、戦前と戦後を通じて日本映画を支えた映画俳優でした。映画からドラマへその影響は引き継がれて今も空気的に存在しています。


テレビドラマでも知られている「大岡越前」は、月形龍之介によっても後世に引き継がれてきました。2016年にも放送されているNHKBSプレミアムのテレビ時代劇では、東山紀之大岡越前守を演じていました。父・大岡忠高役は津川雅彦、この役は国民的ヒットを遂げた主演・加藤剛の「大岡越前」のシリーズでは、世界の映画界でも歴代で3名のみが到達した、映画出演350作強、主演映画310作強の片岡千恵蔵が父・大岡忠高役を演じていました。


月形龍之介はTBSと東映などによって1970年代に大ヒットを記録した大岡越前の形成に影響を与えているのではないか。月形龍之介は「大岡政談」の主演だけではなく、助演でも大岡越前守役を演じています。つまり、主演と助演で大岡越前守を演じていました。


<東映制作による月形龍之介の大岡越前守役>
①1955「大岡政談 血煙り地蔵」
 (主演・大岡越前守 =月形龍之介
②1955「大岡政談 黄金夜叉」
 (主演・大岡越前守 月形龍之介)
③1956「魔像(1956) 」 
 (助演・大岡越前守 =月形龍之介  主演・神尾喬之助、茨右近=大友柳太朗
④1958「丹下左膳(1958)」 
 (助演・大岡越前守 =月形龍之介 主演・丹下左膳大友柳太朗
⑤1959「丹下左膳 怒濤篇」 
 (助演・大岡越前守 =月形龍之介 主演・丹下左膳大友柳太朗


丹下左膳(1958)」と「丹下左膳 怒濤篇」は巨匠・松田定次と時代劇メインの映画スター・大友柳太朗のコンビによる”大友柳太朗版の丹下左膳シリーズの全5作”の1作目と2作目です。


月形龍之介は東映時代だけでも5度も大岡越前守を演じています。主演2、助演縁3で5度にわたって映画で演じるということはある程度の評判があったのだと考えられます。ある程度の俳優の評価や俳優の貫禄、威厳が求められる役である部分も影響していると思われます。月形龍之介が大きな名優だと認められた理由は、映画で大岡越前役を5度にわたって演じている部分にも見つけられます。

こちらにも月形さんが出演中⇒映画スター・伏見扇太郎と活躍と転落と映画芸能の衰退の平行線に、月形龍之介と吉永小百合が緊急参戦

月形龍之介は戦前から戦後の映画において、今回の大岡越前、水戸黄門はもちろんですが、近藤勇、織田信長、佐々木小次郎、大久保彦左衛門、吉良上野介など、数多くの有名な役柄を主演や脇役を問わずに演じてきていますが、この大岡越前守に関しても、テレビドラマの大岡越前の形成には映画時代の月形龍之介の功績や存在も影響はしていた可能性があります。・


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正確には実積差が別格にありすぎて、上記表記の6大スターは疑問です。日本映画界の両御大・ダブルで主演300作に到達した映画スター・片岡千恵蔵市川右太衛門、そして映画出演500作・月形龍之介の”歴代の時代劇映画を代表する3大スター”、”映画界の3大レジェンド俳優”をメインにした時代劇映画「天下の御意見番」。主演と脇役で演じた大久保彦左衛門=月形龍之介の雄姿が今も甦る。

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[ 2016/07/26 19:30 ] 時代劇解釈 | TB(0) | CM(0)

映画出演500作の超・大名俳優と大岡越前の危険なカ・ン・ケ・イ


テレビドラマで1970年代には視聴率30パーセントを記録するなど、大ヒットを記録した時代劇の「大岡越前」は、さまざまな映画スターたちが戦前から戦後にかけて演じています。タイトルは「大岡政談」としても多く作られていますが、大岡もの、魔像ものなどとも呼ばれることがある題材も存在しています。けっこう複雑です。

テレビドラマの「大岡越前」は1970年にTBS系列でスタートしましたが、東映が制作に大きく関与していることでも知られています。大岡越前東映の映画時代に幾人かの映画スターが演じて、影響や題材の要素などがテレビ版に引き継がれた部分が考えられています。その可能性の一部分に触れてみましょう。


東映が映画化した後の大岡越前に影響したと考えられる「大岡政談」の映画
①1955年 「大岡政談 血煙り地蔵」主演・大岡越前守 月形龍之介
監督・伊賀山正徳 脚本・結束信二

②1955年 「大岡政談 黄金夜叉」主演・大岡越前守 月形龍之介
監督・伊賀山正徳 脚本・結束信二

③1958年 「大岡政談 幽霊八十八夜」主演・大岡越前守 大友柳太朗
監督・佐伯清 脚本・中田竜雄、佐伯清

④1959年 「大岡政談 千島の印篭」主演・大岡越前守 主役・片岡千恵蔵
監督・佐々木康 脚本・結束信二

⑤1960年 「大岡政談 魔像篇」 主演・大岡越前守・魚心堂(2役) 市川右太衛門
監督・河野寿一 脚本・高岩肇

東映の大岡政談の映画タイトルでは計5作が確認されています。この5作では月形龍之介大友柳太朗片岡千恵蔵市川右太衛門の順で演じている特徴がみられます。月形龍之介大友柳太朗は助演も多数ありますが、5名とも東映を代表する映画スターが演じていた歴史が存在しています。

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ドラマや映画に興味がなくても漫画から軽く読める大岡政談や大岡越前。まずは興味を持ってもらうことも大切です。

1、2作目の1955年「大岡政談 血煙り地蔵」と「大岡政談 黄金夜叉」は監督と脚本、製作者も同じことから同じことから関連作であることが伺えます。この2作はCS放送で何度か放送されています。監督の伊賀山正徳は伊賀山正光と改名して映画やテレビドラマの監督として活動を続けていきます。

伊賀山正徳(=伊賀山正光)はテレビドラマでは、「特別機動捜査隊」や天知茂が主演した1970年代の東映の刑事ドラマ「非情のライセンス」などでも何度かクレジットが表記されているのを確認しています。1930年代の時代劇が中心の日活時代から、1980年頃までテレビドラマの現代劇、時代劇において監督を務めているため、約50年近い長期の活動です。

脚本・結束信二という脚本家、このブログでも何度か取り上げていますが、戦後のデビューでは世界トップの数を誇るほど、東映の時代劇を支えた職人脚本家の名手でした。以前に書いていますが、テレビドラマでも東映・NETの「新選組血風録(1965)」や「用心棒シリーズ」など、いくつかの代表作を残しました。

「大岡政談 血煙り地蔵」と「大岡政談 黄金夜叉」で主演の月形龍之介は、日本の映画史にとって大きな貢献・痕跡を数多く残した俳優です。数多くの有名な役を脇役を中心で演じ、戦前と戦後を通すと500作以上の映画に出演し、戦後は少なめですが、主演数は通算で120作近くが確認されています。また、戦前からほんとに数多くの主演映画スターを支えてきました。その数は軽く書いても50名以上に到達します。戦前と戦後の両方を通して活躍して、500作以上の映画出演数は世界1位です。

戦前と戦後を通して、軽く数えても1920年代から1970年代前半まで、50年ほどで100作以上の数多くの有名・ヒット映画に出演した本当の銀幕の超大俳優でした。海外にはこんな名俳優は誰もいません。日本にこのような大記録を残した俳優がいたことを、名前さえも知らない若者に伝えることも大切です。

ドラはこの人のことを理解しているつもりですが、片岡千恵蔵と並ぶほどに詳しく話したらほんとに長くなる本当の俳優です。それだけ大俳優といえる要素が数多くあります。

林不忘 作品集左の著名な時代小説家・林不忘(はやしふぼう)のほかにも大岡政談の原作は多数存在しています。

ドラマでも「用心棒シリーズ」や「天を斬る」などで2度で出演しているのを確認しています。最近もチラっと観直ししましたが結束信二の脚本による「天を斬る」(1969)の悲劇の死を遂げた武士の父親役はよかったですね。生前には息子の将来を考えて、あえて突き放しながらも死んだ息子のために尽くしてくれた、主人公たちに感謝を述べる役柄を言葉少なめに演じています。

少ない言葉。最近まで生きていた俳優でいうと高倉健もそんな演技をしていましたが、セリフは多くしゃべらせればよいわけではありません。セリフを多くしゃべられると同時に安っぽく軽くなります。月形龍之介も晩年は高倉健のように自分なりの経験を活用した熟練の技を感じさせてくれました。

ドラマだとドラマ俳優の幅に当てはめられるため、映画とは違う風に定着してしまいがちですが、月形龍之介という唯一無二の俳優はドラマでも映画でも真に名俳優だと感じさせてくれます。
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[ 2016/06/25 19:36 ] 時代劇解釈 | TB(0) | CM(0)
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  • 世の中に多様な映像スターの概念を定着させ、映画だけではなくテレビドラマ、時代劇映画、時代劇のテレビドラマ、映像芸能の世界に大きな足跡と幅広い影響を賞賛して「七剣聖の出演映画のポスター」を作成

  • 7名の総主演映画数は最低でも1600作、総出演数は2400作に上り、これは世界歴代に前人未到の功績

  • 片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎 月形龍之介を歴代トップ7と称して『七剣聖』と呼ぶ(左から主演数順)
  • 七剣聖のほかに、片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎を『時代劇六大スター』(時代劇形成の戦前1920年代後半から1940年代かけてトップ6の意味と大きな活躍、その黄金期から戦後にかけて)と呼ぶこともあり
  •  
  • 特に観客動員1位の東映は片岡千恵蔵と市川右太衛門のトップ、長谷川一夫は大映のトップとして戦後の映画黄金期(特に7年連続観客動員8億人の1955~1961)に多大な貢献と活躍、多くの後輩やテレビドラマにも大きく影響
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