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チワワドラのテレビドラマ愛好世界

「おはよう~こんにちわ~こんばんわ~おやすなさい~」のチワワドラがドラマや映画の明るい未来のために愛好世界の精神で盛り立てる新世界ブログ

伝説力士の雷電為右衛門から関八州のスーパーヒーロー国定忠治 名製作者と重なる父子鷹




親子は血のつながりだけがすべてではありません。養子も親子ですし、師弟のつながりもある意味で親子かもしれません。また、中島貞夫のように映画監督として映画人としての尊敬から、歴代巨匠マキノ雅弘のことをオヤジと慕う人物がいます。これも血のつながりに縛られない親子の形かもしれません。


前回の記事を踏襲した「伝説力士の雷電為右衛門から関八州のスーパーヒーロー国定忠治 名製作者と重なる父子鷹」のスタートです。





前回記事⇒四方向活躍クロニクル 大プロデューサー飯島敏宏のテレビドラマ代表的作品群





のちの名プロデューサーの一次的弟子入り志願 演出補佐の意味






飯島敏宏は、子母澤寛(子母沢寛)原作のテレビドラマ版の国際放映とTBSの時代劇ドラマ『父子鷹(1964)』(全15話)に参加しています。後の勝海舟となる息子の麟太郎を育てた、豪傑な父の勝小吉(中村竹弥=TBSテレビ専属の時代劇スターで多くの人気時代劇で主演、好評を博した)を主人公に周囲の人々の交流などを交えて描いた時代劇です。

勝海舟の誕生には父親の存在が大きいという解釈を交えた作品で、個人的にも視聴しています。以前にCS放送のホームドラマチャンネル(松竹のCSチャンネの一つ)で放送されましたが、最近はモノクロ作品が放送されず残念で、自宅のVHSに録画が残されています。

地味ながら主演をきちんと使って見せ場を作るなどの実に基本的な作りで見ごたえがある話数がありました。豪傑ながら芯があり優しい中村竹弥の好演が随所に光ります。妻役は小山明子です。


飯島敏宏はこの『父子鷹(1964)』に演出ではなく、演出補佐という形で参加しています。これには大きな意味があったのではないかと考察しています。何故なら『父子鷹(1964)』の時点、現代劇と時代劇のテレビドラマで演出経験が20作に迫るそこそこの履歴でありながら、演出補佐で参加することは比較的珍しいことであり、”事実上の一級の映画監督への一時的な弟子入り志願”ともいえるでしょう。

戦前の時代劇黄金期を経験している時代劇のベテランの滝沢英輔(重要な1、2話担当)や中川信夫から時代劇、時代劇映画、時代劇ドラマや現代劇の制作につながるの多くの要素を学んだことが考えられます。のちのプロデューサーと演出の代表作の一つ『俄-浪華遊侠伝-』(1970年の時代劇ドラマ)にも影響や経験があるものかと考えられます。






テレビドラマスター中村竹弥と歴代丹下左膳







飯島敏宏の『父子鷹(1964)』の演出補佐のときの主演俳優の中村竹弥は、いわゆる日本のアウトローヒーロー的位置づけの丹下左膳も演じています。日本の実写歴代10位に入るレべルに位置する有名な主演の役柄です。


丹下左膳(3巻組) [DVD]
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中村竹弥が主演した丹下左膳の1966年放送のテレビドラマ版、放送期間は2クールの30分枠で放送されました。

丹下左膳は1920年代から多くの大スターや名優が演じてきました。主演150作強で日本映画の歴代上位ベスト5級の活躍をした大河内傳次郎は1928~1954年までの26年18度演じ、主演代表作は少ないが現代劇と時代劇を合わせてどうにか主演数100を越した苦難の映画スター水島道太郎は、恩人のマキノ雅弘とのコンビで3度、

大河内傳次郎以来の好評を得た東映の上位の映画スターの大友柳太朗は1958~1961年の日本映画の最大の黄金期に5度演じ、観客動員もそこそこの数字を残したと考えられます。1960年代に丹波哲郎、中村錦之助も映画で1度のみ演じました。映画は大河内傳次郎、次いで大友柳太朗が基本的な評価順です。

テレビドラマでは丹波哲郎が1958年から30分枠で半年間、丹波版の映画は1963年のため、テレビの後に映画でも丹下左膳を演じたことになります。辰巳柳太郎、松山英太郎、緒形拳、若山富三郎、高橋幸治、藤田まこと、最近は中村獅童が2004年に単発で演じています。個人的にはテレビは高橋幸治版が市川崑が関与したという面においても印象に残ります。1965年の大河ドラマ『太閤記』の織田信長役の印象が強いころに演じたということも大きな理由です。





飯島敏宏につながる2巨匠の滝沢英輔中川信夫A 滝沢英輔





滝沢英輔マキノ雅弘(当時マキノ正博)の「浪人街シリーズ」の3作や「崇禅寺馬場」(1928)などの名作の助監督を経て、マキノプロダクションの映画監督デビュー、『パイプの三吉』(1929)は高評価、前進座とP.C.L.(現東宝)の「戦国群盗伝」の前後編(1937)、東宝の『忠臣蔵 前篇』(1939)や年間上位の大ヒット『伊那の勘太郎』(1943)、名作時代劇の日活『国定忠治』(1954)、『白夜の妖女』(1957)、裕次郎映画の年間上位の大ヒット『世界を賭ける恋』(1959)、『しろばんば』(1962)、「男の紋章シリーズ」の4作(1964~1965)などを時代劇や現代劇と多くの代表作を残した80作強の映画監督、事実上の巨匠です。

戦後の日活映画は裕次郎映画の舛田利雄など、ほとんどが若手監督中心のため、数少ないベテランである彼が監督として、上手なバランスの役割を果たした貢献も存在します。


現在視聴できない作品もありますが、個人的には何度か見返している名作時代劇の『国定忠治』(1954)がもっとも一番好きです。基本的ながら実にきちんとしている内容で、丁寧さの中にも上手なメリハリ、展開、演技などバランスが良く上手で、テーマに忠実な実に正当派、総合的に映画としても優れています。

主演の名舞台俳優の辰巳柳太郎が新国劇で当たり役に一つにした国定忠治の映画、国定忠治が賭場で負けて捕まり、子分になったまま親分の下で大喧嘩へ参加した際、相手の親分の首を偶然ながら斬り取ってしまう場面が序盤にありますが、驚きと充実の「とったぞー」の叫び演技と合わせて場面の流れのスリリングさと噛み合いが記憶に残ります。



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貴重な辰巳柳太郎主演の『国定忠治』の舞台新国劇 極付 国定忠治 [DVD]

上記写真は、国定忠治が大文字の英語で表示されていますし、同時に販売元のNHKが海外に発信したい意味も込められています。NHKとといえば海外へ都合よく逃げているとよく言われることが多いわけですが、これは非常に良いことなのでじゃんじゃんやるべきです。海外舞台が好きなスタンダードではない、日本の独自な伝統舞台の良さがあるからです。

日本舞台の主演男優のある意味ナンバーワンの大名優といわれた、辰巳柳太郎の円熟の演技が冴えています。共演の長年の盟友の島田正吾と新国劇後輩の緒形拳の役回りにも注目です。





飯島敏宏につながる2巨匠の滝沢英輔中川信夫B 中川信夫




中川信夫=市川右太衛門の右太プロ(=市川右太衛門のプロダクション)で1934年に映画デビュー、初期は地味ながらの活動、東宝で榎本健一の喜劇時代劇の『エノケンの森の石松』(1939)や『エノケンの誉れの土俵入』(1940)などを手掛け、『東海道四谷怪談』(1959)、『地獄』(1960)が有名な怪談映画は特に大きく、「怪談累が渕」、「亡霊怪猫屋敷」などの怪談、怪猫物も手掛けました。有名題材の「右門捕物帖」2作、「旗本退屈男」2作、大スター嵐寛寿郎のほぼ主演の映画出演300本記念『影法師捕物帖』(1959)の意味がある作品や遺作のATG作品『怪異談 生きてゐる小平次』(1982)も一定の評価を得ました。100作近い映画を残し、彼も巨匠といわれています。


個人的に最近の中川信夫の視聴映画作は、原作の尾崎士郎、主演の宇津井健の新東宝映画『雷電』(1959)、『続 雷電』(1959)が印象に残ります。いわゆる伝説の相撲取り、勝率9.5割強の雷電為右衛門(らいでんためえもん)を恋や力士道、激動を描く文芸要素を交えて描く時代劇映画です。ヒロインの北沢典子の出番も多め、前編は激動の少年期からの青年期に至る部分の流れは河川の集団喧嘩シーンなども良く、後編は兄弟子の谷風を演じた事実上劇中3番手の坂東好太郎(戦前に活躍した時代スター)が名演が光りました。後半は無理にまとめようまとめようの展開のわずらわしい部分に難があり、個人的には前半のほうが好きです。


映画『雷電』は『続 雷電』も同様の同様のオープニングが流れますが、オープニングがもっとも印象に残ります。出だしに「雷電、雷電・・・」と相撲を見ている観客を連想させる掛け声から始まる良い味、良いオープニング曲となっています。音楽は特撮曲の印象が強く、映画も多数の音楽を手掛けた渡辺宙明です。




中川信夫傑作撰DVD-BOX (初回限定生産)
中川信夫傑作撰DVD-BOX (初回限定生産)

中川信夫の怪談『東海道四谷怪談』、『亡霊怪猫屋敷』、『女吸血鬼』、『地獄』、『怪談かさねが渕』の映画5作とドキュメンタリー番組の「映画と酒と豆腐と ~中川信夫、監督として 人間として~」と予告編3本の収録は貴重です。







飯島敏宏の時代劇代表作に草間の影から両名の顔!?





時代劇というものは現代でいうと実写版のアニメの要素が強く、現代劇以上に創作する能力を求められます。現代劇はリアルさに行きがちですが、時代劇は作品によって異常なリアルさもありながらも、同時に非リアルな部分のメリハリも求められます。演出であれ、演技であれ、脚本の展開であれ、照明であれ、撮影であれ、設定であれ、現代劇だとおかしくなる要素を上手に描ける魅力があります。

飯島敏宏のプロデューサーや演出、実積の、縁の下、陰の立役者には『父子鷹(1964)』の演出補佐の経験が何処かの制作に備わっていたことでしょう。中川信夫と滝沢英輔との関わりの経験は特に時代劇作品ということがありますが、『俄-浪華遊侠伝-』(1970)へ影響をもたらしているはずです。




*姉妹ブログも更新いたしました。
映画概念 時代劇六大スター&七剣聖&日活三大スター&大映四大スター&両御大体制の禁断






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関連タグ : 飯島敏宏, 中村竹弥, 中川信夫, 滝沢英輔, 父子鷹, 辰巳柳太郎, 緒形拳, 雷電為右衛門, 大河内傳次郎, マキノ雅弘,

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[ 2019/08/29 19:39 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(2)

「凶悪の望郷」の鍵と扉 平成最後はテレビドラマに多大影響を与えているアノ男が大トリを飾る



平成最後の冬、最後の年末、日本人にとってはかけがえなく大きく大切なものだとわたくしチワワドラは考えています。この時代に生きている、存在している、存在したことの証なのですから、そんな最後の12月の最後の記事、やはり日本の映画やテレビドラマにもっとも幅広く、深く数多く貢献した”あの男で大トリを飾る”ことになりました。



15年ぶりに視聴した『非情のライセンス』第1シリーズの40話「凶悪の望郷」は15年ぶりくらいに視聴しまたが実に素晴らしい回でした。ゲストの個性を最大限に活かし、見せたい部分をきちんと見せ、展開が読めても楽しめる、よけるからこそよい、清清しさ、今や展開の見えない視聴者への煽りやハラハラばかりで描くことのほうが安易で安っぽいからです。展開の引っぱり芸中心などアメリカの真似程度にほかなりません。



テレビドラマ1話分の44分ほどの内容(『非情のライセンス』第1シリーズ40話「凶悪の望郷」の劇中分数)で描けることには限度があります。だから多くの深みや重複製はこの短時間、1時間弱の劇中分数の中で大きな鍵となります。ドラマファンでなければただ視聴しただけ、一時的な娯楽として特色や重要な部分を見逃しがちだからです。

40話「凶悪の望郷」もやはりテレビドラマの黄金期の1970年代、テレビドラマ全体に名優がもっとも多く存在したコトが大きな鍵となっています。



<「凶悪の望郷」の鍵と扉 平成最後はテレビドラマに多大影響を与えているアノ男が大トリを飾る>の開店です。




前回記事⇒国民的2大探偵 金田一耕助俳優&明智小五郎俳優の秘蔵師弟関係






非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」 主演 天知茂





40 「凶悪の望郷」 
脚本=今村文人 監督=永野靖忠



<「凶悪の望郷」の全キャストクレジット表記順>

会田刑事=天知茂 竜巻太郎=左とん平 木村秋子、松井洋子=大川栄子 戸塚修=今井健二 沼本平吉=由利徹 歌手=内田あかり 上野=山岡徹也 桂=長谷川弘 岩田刑事=岩城力也 組員A=団厳 幹部=五野上力 大月優子 木村弓美 佐々木順子 今村昭信 松沢勇 松下昌司 鈴木義紀 擬斗=加賀麟太郎 マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 真中=加藤嘉 マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 真中=加藤嘉     松井良作=片岡千恵蔵(特別出演)





<「凶悪の望郷」の全キャストクレジット表記順と内訳>


会田刑事=天知茂(主演)

竜巻太郎=左とん平(準レギュラー)

木村秋子、松井洋子(二役)=大川栄子(この話の事実上のヒロイン的扱い)

戸塚修=今井健二 沼本平吉=由利徹 歌手=内田あかり 上野=山岡徹也 桂=長谷川弘 
岩田刑事=岩城力也(準レギュラー) 組員A=団厳 幹部=五野上力 

大月優子 木村弓美 佐々木順子 今村昭信 松沢勇 松下昌司 鈴木義紀(役名の表記なし) 

擬斗=加賀麟太郎(現在だと擬闘表記が多い、もちろん擬斗なので出演はしていない)

マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 

真中=加藤嘉(かなりの名優のため単独表記)


松井良作=片岡千恵蔵(特別出演) もちろん単独表記、中央画面に主演の会田刑事=天知茂よりも画面に大きく表示の大トリ





非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」はゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演しています。この部分がこの話数の大きな特色です。



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ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 左とん平岩城力也パート






竜巻太郎=左とん平 岩田刑事=岩城力也の両名は『非情のライセンス』第1シリーズの準レギュラーです。この2人はあまり関係はありません。岩田刑事役の岩城力也は脇役俳優として活動し、俳優人生でほぼ目立つ作品がない人物でしたが、この『非情のライセンス』はセリフや出番が明確に認識できる準レギュラーとして存在感を部分的に放ち、最大の代表作としています。この40話でも一場面を任せられている箇所があります。


左とん平は主に喜劇俳優として活動し、1970年に映画やドラマに多く出演の自身の全盛期、いくつかのヒット作に助演、ほぼ脇役で出演、この『非情のライセンス』シリーズにおける出演も彼の代表的な出演の一つで、作中の扱いや役割は喜劇要因、第2シリーズでは刑事役で登場します。




ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 星美智子と倉岡伸太朗パート





星美智子は戦前から片岡千恵蔵の”千恵蔵映画”の大ファンだったことを明かし、東映時代劇中心の1950年代から1960年代にかけてに活躍した東映中心のヒロインや助演の女優です。実姉の星玲子は戦前の1930年代に日活現代劇中心に活躍したスター女優で、日活時代劇映画1939年『自来也』、別題『忍術三妖傳』(時代劇特撮と妖術=忍術的、仇討ち、明朗の要素を組み合わせた千恵蔵とマキノ雅弘のコンビの数多くある代表作の一つ)で片岡千恵蔵のヒロインを務めたことがあり、星美智子はこの頃からのファンのようです。


*”千恵蔵映画”=実際に千恵プロ時代の膨大な映画群にこのクレジットあり


片岡千恵蔵を恩師の一人としている2018年に死去した名女優の赤木春恵は、NHKのラジオインタビューの中でお通(千恵蔵の宮本武蔵のヒロイン、戦中版宮本武蔵の監督は時代劇映画の大巨匠の伊藤大輔)との別れのことを話していましたが、この別れのシーンは戦中の戦地へ死ににゆく男性を見送る女性の悲しみと連つけて、男女の別れが描かれました。片岡千恵蔵は戦前と戦中の大ヒット映画「宮本武蔵シリーズ」でも多くのファンを生んだようで、星美智子も視聴していたことでしょう。『非情のライセンス』第1シリーズ40話「凶悪の望郷」の星美智子の出演は、とあるバーのマダム役で千恵蔵の特に序盤のシーンに登場しています。


倉岡伸太朗(別名義・倉丘伸太朗)は片岡千恵蔵が目にかけていた俳優の一人とも言われています。彼は千恵蔵のテレビドラマ主演の代表作的なテレビ時代劇『軍兵衛目安箱』(1971)で黒田軍兵衛の部下役を演じ、共演しています。千恵蔵の演じた黒田軍兵衛は脚本の結束信二が軍師の黒田官兵衛(黒田孝高)をデフォルメしたキャラクターだと考えられます。結束信二は片岡千恵蔵の映画時代に多くの縁がある名脚本家の一人です。「凶悪の望郷」では千恵蔵演じる役柄の過去の事件と関与しており、師と後輩の2人の共演シーンが作られています。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 今井健二 加藤嘉 再び左とん平パート





真中=加藤嘉は大映から東映で作られた「千恵蔵のギャングシリーズ」や「多羅尾伴内シリーズ」に多数助演し、個人的にも視聴していますが、刑事役を多く演じているなど、千恵蔵にかなり世話になった人物の一人です。大女優の山田五十鈴の最後の夫で映画の名優です。今井健二(今井俊二)は片岡千恵蔵治世、天下の東映映画の後輩として、同期に高倉健、丘さとみなどの東映ニューフェイス第2期生としてデビュー、この時点で影響を受けていたということが言えるでしょう。千恵蔵の代表作だと「千恵蔵のギャングシリーズ」の名作『最後の顔役(1963)』と1963『ギャング忠臣蔵』に脇役で出演。



左とん平は関係ないと書きましたが、間接影響に関与しています。それは1969年の松竹映画『七つの顔の女』(岩下志麻主演)に出演しています。 『七つの顔の女』は片岡千恵蔵の現代劇映画の代表作シリーズの一つ「多羅尾伴内シリーズ」(別名「七つの顔の男シリーズ」の影響作の一つです。また、40話「凶悪の望郷」劇中のある場面で左とん平演ずる竜巻太郎が多羅尾伴内のことを話す場面が存在しており、印象に残る場面の一つといえるでしょう。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 由利徹パート





由利徹は東宝の喜劇時代劇映画でも存在感を残した全般は喜劇俳優ですが、東宝喜劇時代劇は片岡千恵蔵が1930年代に旋風を起こしたナンセンス時代劇映画の影響受けています。


片岡千恵蔵の特に伊丹万作とのコンビ(当時のキネマ旬報ベストテンランクインや他のベストテン賞に多くがランクインするなどの高い評価や大影響)で1930年代中心に大当たりしたナンセンス時代劇、ナンセンス時代劇映画がありましたが、1938年にピー・シー・エル映画製作所(=略称はP.C.L.)を経て創立した東宝では、喜劇三大俳優の榎本健一や古川録波(古川ロッパ)、柳家金語楼が千恵蔵のナンセンス時代劇映画の影響を受けた東宝は喜劇時代劇、喜劇時代劇映画を形成、


戦後からは森繁久彌なども東宝喜劇時代劇で活躍、由利徹も助演でいくつかの東宝喜劇時代劇映画に出演、森繁久彌も千恵蔵の影響(千恵蔵が形成したナンセンス時代劇の影響を受けた当方の喜劇時代劇映画でも活躍)を本人や自分の演技を見出したマキノ雅弘(千恵蔵とマキノ雅弘の特に戦前の名コンビの恩恵、そのマキノ雅弘の力で東宝「次郎長三国志シリーズ」の助演の森の石松が映画最初の当たり役、しかも森の石松は千恵蔵もハマリ役の一つにしている役)を通じて幅広く影響を受けています。由利徹もこの頃にいくつかの東宝喜劇時代劇に出演を果たしている間接的な恩恵を受けています。


また、由利徹の東映出演作では千恵蔵の直属後輩の高倉健が主演した「網走番外地シリーズ」に多数助演し、間接的な影響を受けていたことになります。

ちなみに上記部分で登場させた伊丹万作つながりで少し逸れますが、千恵蔵がいなければ現在もマスコミが誇張して取り上げる伊丹十三もいませんでした。その影響は父の実積(千恵蔵×万作のコンビの大成功)が自分の映画製作と活動の路線に大きな影響を与えているからです。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演 開いた扉(=まとめ)






最後に前回、前々回の関連記事でも取り上げていますが、主演の会田刑事役の天知茂も自分の活動や路線に影響を受けています。

そんなことで40話「凶悪の望郷」はゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演していますし、表上はゲスト扱いですが、事実上の主演としても描かれています。これが凄く面白い部分です。2018年の最後の記事、平成最後の12月、やはり大トリにふさわしく、映画だけではなく、テレビドラマにも大きな影響を現代も数多く与えている超大俳優の片岡千恵蔵になりました。


映画ブログはマキノ雅弘であり、わたくしチワワドラとしてはふさわしい記事の最後だと感じています。




裏記事の公開 2019.1.8 ↓
刑事ドラマにつながるGメン映画のキズナアイの理由




姉妹の映画ブログの新記事 やはり最後の最後はこのドラマ記事は千恵蔵、下記の映画はマキノ雅弘の両大巨搭がお出ましだ
生誕110年天下大巨匠マキノ雅弘伝 浪人旋風影響に黒澤明 近衛十四郎 三船敏郎 阪東妻三郎






「多羅尾伴内」の七つの顔の男と「名探偵コナン」の安室透のトリプルフェイス まさかのパクリ疑惑





多羅尾伴内―七つの顔の男
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片岡千恵蔵は時代劇中心映画俳優だからできる身のこなしと独自な整い美、製作者としての自己や映画のプロデュース力、突き抜けた個性を魅力的に見せるため複数要素をふんだんに詰め込んだ多彩さ、世界中の他の誰にも真似できない独自な映画、”千恵蔵映画”が「多羅尾伴内シリーズ」でした。



アニメ映画「名探偵コナン」の安室透(声・古谷徹)=トリプルフェイスの異名のキャラクター(役柄)は多羅尾伴内(俳優・片岡千恵蔵)=七つの顔の男(戦後直後から大ヒットした大映と東映の映画シリーズ)の異名から来ています。名探偵コナンはほかにも数多くの元ネタがあるキャラクターが登場します。これまでも銭形平次やシャーロックホームズ、明智小五郎など多数の元ネタを持つキャラクターが登場、

そして今回は安室透のトリプルフェイス(三つの顔の男)、元ネタは名探偵の多羅尾伴内=「七つの顔の男」なのです。これは「名探偵コナン」の原作者の青山剛昌の良い意味でのリスペクトであれば良いのですが、悪く言えば青山剛昌、日本テレビ、映画配給の東宝のパクリとも考えられてしまいます。



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[ 2018/12/24 23:42 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(2)

佐伯清と戦後最大級の映画主演俳優のテレビドラマ連結歴をスッパ抜け





日本映画で歴代40名ほど存在する映画100作以上を監督した、名映画監督の佐伯清(監督数は100作強)、1950年代の数名の巨匠の中で揉まれ、日本映画でもっとも高い競争力の中で地味ながらこつこつと実積を積み上げ、黄金期から遠ざかった日本映画界の1960年代にシリーズ作で大きく開花、1960年代やそれ以前も評価される存在となりました。彼のテレビドラマ時代は我々に何を語りかけてくれるのでしょうか。「佐伯清と戦後最大級の映画主演俳優のテレビドラマ連結歴をスッパ抜け」開演です。





佐伯清とテレビ時代劇「旗本退屈男(1973)






佐伯清は1972年に『昭和残侠伝 破れ傘』(昭和残侠伝シリーズ最終8作目)を最後に映画監督を引退し、テレビドラマに活動の場を移しました。その直後の参加作の一つがこの1973年の「旗本退屈男(1973)」の9、10、22話の監督参加でした。

佐伯清は片岡千恵蔵との縁は長年ありましたが、同じ東映に居ながら市川右太衛門と映画時代のコンビ作は1度もありませんでした。市川右太衛門を撮ってみたいという意見があったのかはわかりませんが、佐伯清は時代劇と現代劇の両方で活躍した娯楽監督であり、東映も高く評価していたことが、「旗本退屈男(1973)」の市川右太衛門と最初で最後のコンビに結びついています。


佐伯清はテレビドラマにも多く参加しています。1962~1974年の期間ですから、映画監督の合間にテレビドラマの監督を行っていました。確認できるだけでも17のテレビドラマに監督として参加しており、全般は映画時代の専属監督として活躍した東映のテレビ時代劇でした。

とはいっても、初期は東映以外のドラマを監督をしています。9作目から17作目まで全て東映、確認できる17作中、製作の10作が東映、さらに放送局は10作がNET(現テレビ朝日)、4作がCX(フジテレビ)、2作がTBS、1作がNTV(日本テレビ)でした。さらに1~4、6以外の12作が時代劇です。








昭和残侠伝 破れ傘 [DVD]


ドラマが商品化されていないため、映画のことで失礼します。佐伯清つながりということでお許しください。

佐伯清の引退作となった1972年に『昭和残侠伝 破れ傘』(昭和残侠伝シリーズ最終8作目、高倉健、池部良、鶴田浩二、安藤昇、北島三郎、水島道太郎、星由里子、待田京介、山城新伍、檀ふみ、鮎川いづみなどが出演、映画スターとして最低限以上の活躍したのは高倉健、池部良、鶴田浩二、安藤昇、北島三郎、水島道太郎、星由里子、山城新伍までといえるでしょう。オールスター概念にぎりぎり当てはまるのではないでしょうか。特に高倉健鶴田浩二、水島道太郎は映画主演数が通産100作を越していますし、北島三郎は歌手ですが、映画でも「兄弟仁義シリーズ」の代表作がありました。







佐伯清が監督参加した現時点で確認できるテレビドラマたち 全体編







佐伯清が監督参加した現時点で確認できるテレビドラマたち 全体編
NET 『銀の河』 1962 全25回に1回参加   北村和夫など  東映以外1 *A
東映とNTV 『ヘッドライト』 中山昭二など 1962 全13回中、1話を含む4回 *B
NET  『夫を成功させる法 実践恋愛心理学』 30分の単発  菅原謙二、中原早苗など 東映以外2
CX  『嫁ぐ日まで』 8回 山東昭子 30分のオムニバス 東映以外3
NET  『シオノギ 日本映画名作ドラマ』の16回「素浪人忠弥」  
  菅原謙二、中原早苗など 1963 映画のリメイク  東映以外4

NET  『シオノギ 日本映画名作ドラマ』22回の「花と竜」 
   辰巳柳太朗、島田正吾など、 1963 映画のリメイク   東映以外5
国際放映とTBS 『燃ゆる白虎隊』  中村竹弥など 全12回中、1話含む5回 30分   東映以外6
東映とNET  『日本剣客伝』 全10話構成中の第9話の全4回中の全4回を担当  梅宮辰夫、中村竹弥
東京映画とTBS 『仇討ち』 21話  1969  若林豪、御影京子など   東映以外7
東映とNET  『新・日本剣客伝』 4話前後編の2週分  1969 鶴田浩二、藤純子(冨司純子)など
10
東映とCX  『花と狼』  全12回中、単発参加か2回参加が有力 1969  伊吹吾郎など
東映とNET 『大坂城の女』 1970 全39回 最終回とその前の2回 オムニバス 藤純子、進藤英太郎など
東映とNET 『丹下左膳(1970)』 1970 14回 緒形拳など 1話と2話
東映とCX 『柳生十兵衛(1970)』 全31回 1970 ~ 1971 山口崇、片岡千恵蔵など 2回のみ
東映とCX 『新選組(1973)』  鶴田浩二、栗塚旭など 1973 全19回中2回に参加
15
東映とNET 『旗本退屈男(1973)】  1973~1974 全25回中、9、10、22話の3回
  市川右太衛門、加茂さくら、品川隆二など
東映とNET 『次郎長三国志(1974)』 1974 全23回中3回参加 鶴田浩二、松尾嘉代など



<17作の2つのパターンを紹介>
*A、上から最初の”NET 『銀の河』”は放送局のみは放送局側のみの製作
*B、上から2番目の東映とNTV 『ヘッドライト』は東映と放送局の共同製作
*東映以外は東映以外の製作のテレビドラマの意味




この中で視聴済みなのが名作、東映の大奥3部作の2作目『大坂城の女』、『柳生十兵衛(1970)』、『新選組(1973)』、『旗本退屈男(1973)』です。東映にフィルムが現存しそうもので気になるのは『丹下左膳(1970)』、『次郎長三国志(1974)』の2作でしょう。次郎長三国志、次郎長物題材はこの数年前に同じ東映、竹脇無我で1年間のドラマが作られています。「丹下左膳」もこの数年後に高橋幸治で作られている有名作ですから、どんな風に他と違いをつけていたのかなど、多くが気にかかります。






佐伯清と戦後最大級の映画主演俳優のテレビドラマ連結歴は映画とドラマ






次郎長三国志

残念ながらテレビ時代劇「次郎長三国志(1974)」は再放送も商品化もされていないため、鶴田浩二×マキノ雅弘の東映映画版「次郎長三国志シリーズ」の4作の1作目、鶴田浩二の写真はなぜこの写真を選んだのかほんと不明、ほかに良い表情の写真がいくらでもあるのに、あえて映りが微妙なものをチョイスしているように思われます。

鶴田浩二は映画とドラマの両方で村上元三原作の有名作「次郎長三国志」で侠客の清水の次郎長を主演で演じています。これも最低限の実積の一つといえるでしょう。映画は佐久間良子が次郎長の妻のお蝶を演じましたが、テレビ時代劇「次郎長三国志(1974)」は松尾嘉代が演じたと考えられます。





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【大進撃】映画界の天皇 渡辺邦男が参加した主なテレビドラマたちを公開





前回に引き続き、映画界とテレビドラマに大きな功績を残した渡辺邦男の功績の一端に迫っています。渡辺邦男は確認できるだけで、映画240作以上、17作のテレビドラマに参加しました。


前回記事リンク⇒天皇の渡辺邦男と松本常保 映画とドラマと 時代と運命と




渡辺の映画とテレビドラマ





渡辺邦男は映画とテレビドラマを合わせると戦前の映画黄金期からテレビドラマ黄金期の1928~1974で約47年間で実働があり、世界に誇る大巨匠のマキノ雅弘に次ぐレベルで上位の年数を記録しました。下記の渡辺邦男の”渡辺邦男の映画とテレビドラマ”に関しても触れていきます。




<渡辺邦男の映画とテレビドラマ>
 監督期間と総年数       参加数など

映画 1928~1970 約43年間 映画230作強、オリジナルと分数の異なる現存作を含むと240作強
ドラマ 1955~1974 約20年間 テレビドラマ17作以上、監督担当回数は220本以上




渡辺邦男の実働47年は1974年の最後のテレビドラマ参加作の時期としては、1926年から監督を続行中のマキノ雅弘に次ぐ年数でした。(映画とテレビドラマの参加監督の対象)つまり、渡辺邦男は映画とドラマで代表作を残した人物の事実上の最初であり、草分けでした。この時点だけでも大きく評価してよい部分だと考えられます。


テレビドラマ史―人と映像 (1978年)
テレビドラマ史―人と映像 (1978年)




渡辺邦男が参加した主なテレビドラマ





<渡辺邦男が参加した主なテレビドラマ>
『ドラマタイトル』 放送年数 放送期間 #渡辺の担当 ・その他

『エノケン ホームラン王』 1955 単発   #監督 ・脚本はサトウハチロー
姿三四郎(1963)』 1963~1964 半年間  #チーフ監督と脚本 ・全体的に参加
柔(1964)』 1964~1965 半年間  #チーフ監督と脚本 ・全体的に参加
『王将物語』 1965 1クール  #監修のみ ・監督は西山正輝ら 脚本は藤本義一ら
『人生劇場(1965)』 1965 1クール  #監修のみ 
  ・監督は内出好吉ら、脚本は映画とドラマの名脚本家の結束信二

『柔一筋』 1965 1クール  #監督と脚本で数回のみ参加、・監督は1話を担当していると考えられる。
『続 柔』 1965~1966 半年間  #監修のみ ・監督は西山正輝ら 脚本は真弓典正ら
『明治天皇(1966)』 1966~1967 半年間以上  #監督と脚本で参加と原作 ・全体的に参加、2期に分けて放送
『若さま侍捕物帖(1967)』 1967 4ヶ月  #監督で参加 ・全体は不明 脚本は津田幸夫(津田幸於)ら
遠山の金さん(1967)』 1967 1クール  #監督と脚本で参加 ・全体は不明
10
『愛の珊瑚礁』 1968 2ヶ月  #監督と脚本と原作 ・監督と脚本は重要な序盤に参加
『右門捕物帖(1969)』 1969~1970 半年間  #一人目の監督と脚本 ・監督を離れた途中の話数から監修表記
姿三四郎(1970)』 1970 話数は半年  #監督と脚本で参加  ・竹脇無我の主演版
『闘魂』 1970~1971 話数は18話だが5ヶ月  #監督と脚本で参加 
  ・全体は不明、昔に録画視聴したがチェックできず
『黒帯風雲録 柔』 1972 1クール  #監督と脚本で参加 ・全体は不明
15
『月形半平太(1973)』 1973 単発  #監督  ・脚本は東映や松竹の時代劇映画で活躍した鈴木兵吾
旗本退屈男(1973)』 1973~1974  半年間  #監督と脚本で中盤から参加  
  ・豪華な監督と脚本陣、全話数の視聴と録画済
17




*『ドラマタイトル』 放送年数 放送期間 #渡辺の担当 は確認、または確認できたもの
*1クール=約3ヶ月の放送回数の意味
*( )があるものはそのままのタイトルで他に複重があるもの、たとえば『柔(1964)』は年数を省くと同名の歌があります。
姿三四郎(1963)』は他にも同名でテレビドラマが作られていますし、『人生劇場(1965)』は1930年代から同名の映画も作られています。


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・2008年の12月に放送されたテレビドラマの『愛と青春のドラマスペシャル 姿三四郎
主演はジャニーズのNEWSの加藤シゲアキ(放送当時の芸名が加藤成亮)


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渡辺邦男が参加したテレビドラマの特色





渡辺邦男のテレビドラマの特色はやはり現代劇と時代劇の製作に参加した部分です。現代劇と時代劇の両方を起用に対応し、上手に仕上げられて、大きな実積を持っている人間は現代ではさらに困難ですが、当時でもなかなかいませんでした。

渡辺邦男は現存作などを含めると240作以上の映画も同様に現代劇と時代劇を半数に近いほど残していますし、テレビドラマもその両方に通じていた器用な渡辺邦男らしさが残された作品に感じられます。





裏側の公開記事リンク
  ↓   ↓
永遠の最大ライバルがテレビドラマで終止符 渡辺邦男とマキノ雅弘の娯楽映画2大巨匠
冒頭で触れた2名の巨匠の激戦の一端と渡辺邦男のテレビドラマに迫りまります。


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4大巨匠へ襲いかかるテレビドラマの荒波と砂嵐



テレビVS映画の図式が招いた悲劇の始まり


かつて『柔』、『続柔』、『柔道水滸伝』、『姿三四郎」などの柔道を題材としたテレビドラマが1960年代から1970年代の前半を中心に存在していました。映画界の巨匠・渡辺邦男がテレビドラマで監督や監修で制作へ参加した作品たちです。渡辺邦男がテレにドラマに進出した理由には”やむを得ない”部分が存在していました。



1960年代はテレビドラマの形成に大きな役割を成した時期でした。テレビドラマ自体は1950年代からも作られていましたが、1960年代の中盤くらいまでは映画に劣る分野という認識が大きかったと多くの映画関係者の証言から判断できます。そのため映画関係者から敬遠させていました。また、石原裕次郎は1970年代の前半の『太陽にほえろ!』に出演するまでは、テレビドラマが”やりたいことができる場”だとは考えていなかったといいます。


テレビVS映画という図式が1960年代には当然のように展開されていました。現代のテレビと映画はWin-Winの関係として定着していますが、当時はまだ互いが客を取り合うためのライバル的な存在が強かったのです。東映も他の映画会社と同時期に映画の観客動員や興行収入の低迷を打開するためにテレビ製作を本格的にさせました。東映はいち早く1960年からの児童向け時代劇『風小僧』や1961年からの刑事もの『特別機動捜査隊』などのテレビドラマを制作していましたが、映画で大きな実積を残した俳優や監督などのテレビ進出は少数でした。


*Win-Winの関係=互いに弱いところを補って良い結果や勝ちが得られる円滑な関係



4大巨匠へ襲い掛かるテレビドラマの荒波と嵐


1960年代の中盤になると東映映画で80作近い主演数を誇る大スターの大川橋蔵が本格的にテレビドラマへの進出を果たしました。このテレビ時代劇『銭形平次』(1966~1984)は全般的に若いスタッフが中心でしたが、時折は巨匠・佐々木康(ささきやすし)などの大ベテランも参加していました。このように映画の巨匠がテレビドラマに参加した経緯には、テレビドラマの製作に乗り出した映画会社や監督たちの苦渋の決断がありました。


1965年からの東映のテレビドラマ製作の本格的な始動は、映画の巨匠たちにある決断を迫りました。4名共が160作以上~270作の映画監督本数、映画の代表作が50作以上のマキノ雅弘佐々木康松田定次渡辺邦男は東映の事実上の4大巨匠でした。


*ほかにも内田吐夢(うちだとむ)や田坂具隆(たさかともたか)などの監督も巨匠がいましたが、この記事では上記の4名を4大巨匠として進行します。




映画プレスシート 大川橋蔵「銭形平次」
アットワンダー
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佐々木康がのちに参加するテレビドラマ『銭形平次』の映画の情報が満載、レアものです。
橋蔵(大川橋蔵)、1960年代に青春スターとして人気を博した舟木(舟木一夫)の初顔合わせが目を引きます。



4大巨匠の明日の行方はどっちだ!


マキノ雅弘高倉健の『日本侠客伝』シリーズ(1964~)の200万人ほどのヒットなどによって、かろうじて監督として東映で映画を撮ることを許されました。1960年代になると観客動員とヒット作が減っていた佐々木康は東映のテレビドラマの製作への道を求められ、承諾したことで東映に残りました。一方、1950年代から1960年代にかけて1000万人ヒットを7作(日本歴代1位)も放った大巨匠の松田定次は、東映側と契約などのさまざまなことで揉めたと考えられますが、東映を離れて、最終的には外部の松竹などのドラマ制作の道へ向かうことになりました。松田定次佐々木康と同様に東映のテレドラマ制作を打診されていたのかもしれません。そして渡辺邦男の行方です。つづく



裏通りリンク⇒裏通り『4大巨匠へ襲い掛かるテレビドラマの荒波と砂嵐』
たった1年2年が運命を左右

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  • 世の中に多様な映像スターの概念を定着させ、映画だけではなくテレビドラマ、時代劇映画、時代劇のテレビドラマ、映像芸能の世界に大きな足跡と幅広い影響を賞賛して「七剣聖の出演映画のポスター」を作成

  • 7名の総主演映画数は最低でも1600作、総出演数は2400作に上り、これは世界歴代に前人未到の功績

  • 片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎 月形龍之介を歴代トップ7と称して『七剣聖』と呼ぶ(左から主演数順)
  • 七剣聖のほかに、片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎を『時代劇六大スター』(時代劇形成の戦前1920年代後半から1940年代かけてトップ6の意味と大きな活躍、その黄金期から戦後にかけて)と呼ぶこともあり
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